<短編>コオロギが鳴きだしたから。
コオロギが鳴きだしたから、眠れなくなってしまった。
(もう寝よう。)
長い1日が終わり、僕はベッドに体を投げ出し、電気を消して、薄い布団を被った。
部屋が暗くなると、「キチキチキチキチ」という音が、部屋の片隅から聞こえてきたんだ。たぶんトースターだの電子レンジだのが置いてあるラックのあたりだ。
コオロギだ。そうに違いない。
縄張りを主張しているのだろうか?メスに求愛しているのだろうか?
言っておくけど、虫は嫌いじゃないんだ。コオロギの鳴き声だって、耳障りというわけではない。すぐコオロギだって判ったのだって、嫌いじゃないからだ。
でも、真っ暗な天井をみながら思ったんだ。いくら虫が嫌いでないと言っても、寝ている間に顔の上に跳ねてきたり、首筋に潜り込んできたりしたとして、僕は彼を許せるだろうか?
ちなみに、鳴くコオロギはオスだから、「彼」なんだ。ほら、虫が嫌いじゃないでしょう?
仕方がないから電気をつけて、彼を探すことにした。
虫が嫌いじゃないもんだから、仲間のいる部屋の外に逃してあげたいと思ったんだ。
ところが、電気をつけたら鳴かなくなっちゃった。
ちょうど、電気屋さんが来るタイミングで電化製品の故障が治って、故障箇所がわからなくなるみたいに、どこを探したらいいのかもわからなくなった。
コオロギには救出を図る僕の気持ちが通じなかったみたいだ。
仕方なく電気を消すと、また「キチキチキチキチ」。
でも、今回僕は耳を澄ませていた。暗闇で目も見張っていた。油断もしてなかった。
そう、やはりあのラックだ。ラックの陰から鳴き声がする。
パッと電気をつけると、やはり鳴き声は消えた。構わず僕はまっしぐらにラックへと向かう。
でも、コオロギを見つけることはできなかった。ラックを揺さぶったり、引きずったり、ひとしきりガタガタやってみたけど、出てこない。
(どっか、隅の方に隠れたのかな。)
諦めてまた電気を消した。
その時事件は起こった。
コオロギの声がしなくなったんだ。
だんだん心配になってきた。
もしかすると、ラックを動かした時に、コオロギは下敷きになったのかもしれない。
ただ楽しく鳴いていただけのコオロギを、僕は殺してしまったかもしれない。
虫が嫌いじゃないものだから、コオロギの身が案じられた。
それからまんじりともせず、コオロギのことを考えた。暗闇の中、たった一人で。僕が余計なことをしなければ、ありえたかもしれないコオロギの人生。いや虫生のことを。
恋をしただろうか。広い原っぱを跳ね回っただろうか。秋の夜長を楽しく仲間と合唱したろうか、、。
悔恨の念が僕を襲った。
どれくらい時間が経ったろう。
暗闇の中で、「キチキチキチキチ、、。」懐かしい声が響いた。ホッとした。眠気が不意に襲ってきた。
コオロギが鳴きだしたから、よく眠れた。
(了)
絵がどうしてもゴキブリになってしまい、コオロギ本人に「ゴキブリじゃないよ」と言わせる羽目になってしまいました。虫が嫌いな方、ごめんなさい、、、。
読んでいただけるだけで、丸儲けです。