【手をあげて発表する意味ってある?】
小学校で感じたこと。
先生にとっては手挙げてくれる子はとにかく助かる。それはそう。
分からない子は恥かくのも怖いだろうからもちろん全然いいんだけど、
そうじゃなくて、座ってるだけの方が楽だなー、ぼーっ 、みたいな子に対しては手を挙げたくなる授業をつくりたい。
分からない子には分かるところで手を挙げて欲しいなぁ。
でも、それが一周まわって、発表ってなんか意味あるの?なんのために手挙げて立って発表するの?ってめちゃ疑問になる。
あれって結局、できるできないの指標でしかなくて。
なんとなく、発表の回数とクラス全体の上下感覚が一致していることは誰でも感じたことがあると思う。
だとしたら私は学校の授業を「全員で創りあげる授業」にしたい。
もはや一種のプロジェクトみたいな熱量で。
みんながチームで同じ船に乗ってて、一緒に学びを掴み取る仲間。みたいなね
お互いの発表が純粋にお互いを刺激しあい、食い入るように耳を傾けるような。
そんな仲間としての授業をつくりたいなぁ
そしてその場のファシリテーターとして影は薄く、でも場を確実に導きたい。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?