design thinkingとwicked problemを誰が結びつけたのか
論文を読んでいると、「〜という概念は、(研究者)が初めて提唱した」という趣旨の文章にしばしば出会う。この観点で、(理論寄りの)デザイン研究をしている方であれば一度は出会ったことがあるのは、「design (thinking) 研究に wicked problem を持ち込んだのは、Richard Buchanan である」ではないだろうか。たとえば、Interaction Design Foundationの記事でも以下の文章が確認できる。
Johansson-Sköldberg et al.(2013)によれば、design thinking という言葉をデザインの研究に初めて取り入れた研究者もBuchanan(1992)だという。しかし、“design thinking という言葉を誰が最初に使い始めたのか”には諸説あり、その一説として、たとえばLiedtka(2015)が挙げているのが、Peter G. Rowe 著『Design Thinking』である。原著は1987年に出版され、邦訳は1992年に鹿島出版会から出版されている。原著の出版年の通り、Buchanan(1992)よりも5年早いことになる。
このRowe(1987)を読んでいると、実は wicked problem も取り扱われている。主には、邦訳の50-52頁にかけて、「手に負えない問題」として訳されている箇所である(現在では「厄介な問題」あるいは「意地悪な問題」と訳されることが多いと認識している)。なお、wicked problemについては、Interaction Design Foundationの記事の通り、Rittel & Webber(1972)が参照されることが多く、Buchanan(1992)もRowe(1987)もこの論文を引用している。
冒頭に戻ると、「design (thinking) 研究に wicked problem を持ち込んだのは、Richard Buchanan である」は、上述の通り「Peter G.Roweである」と言うこともできそうだが、そのような記述を見かけたことはない。なぜだろうか。
以降は個人の浅い意見だが、Buchanan(1992)に対して、Rowe(1987)は建築・都市デザインにのみ焦点を置いてdesign (thinking)を論じていることに加えて、wicked problemとの関係性を主題としてはいないためではないか。これは、両者のタイトルを見れば明白である。
一方で、巨人の肩に乗ろうとする研究者は、(タイトルで判断せず、)内容を真摯に受け止める必要があるだろう。
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