4.2 二重窓の設置

 キッチンの壁と天井の排水管について、カナメはずっと色々と考えていたらしい。めっちゃくちゃ悩んだらしい。もう一度天井をつけてもらおうか、キッチンに壁をつけてもらおうかとか、悶々と考えていたらしい。

もとい。

ということを彼は延々と口に出していた.......(汗)。彼は大事なことを心に留めておくようなことはなく、脳内の言葉をそのまま口に出す。いわゆる日本人によく見られるような「心では怒っていても、表面上はそう見えないように大人の対応ができる」という人ではない。怒ってる時は脳内も怒ってるし、イケイケの時は脳内もイケイケである。

非常に分かりやすい。平常運転だ。

しかし。

いかんせん、私は人の話をあまり聞いていない。カナメが言っていることがすっごく脳内に入っている時は「カナメが言ってる」になるが、なんとなく馬耳東風で聞き流していることは、私にとっては「らしい」という表現になる。そして紛らわしいのだが、カナメが後になって「実はあの時はこう考えていた」ということをとうとうと語ることがあるが、そういう場合は、ほぼその時点でも口に出している。なんとなく聞いた記憶があるからだ。

だから、要するに、彼は明確にそう言っていた。

キッチンの壁はヤバイし、天井は最悪だし。あああ、もうどうしようどうしよう、と言っていたのだ。

いかんせん彼がめちゃくちゃ気になることが、私には一切気にならない。こういう場合は、気になる人が対応しないといけないと思う。だって私は気にならないもん。

ちなみに、カナメはめちゃくちゃ音に敏感で(自称)、物音がすると全く寝られないらしい(自称)。屋外の音が気になって仕方がないから絶対に二重窓にしないと寝られないと思う、と彼は言う。ウソばっかり。私は人生でキミほど寝つきの良い人を知らない。会話の途中で寝落ちしてることなんてしょっちゅうだ。何が音が気になるだ!とは思うが、二重窓(*2)の件は私も賛成だった。

韓国暮らしが長くて、寒い寒い冬も二重窓とオンドル(床暖房)に囲まれて幸せなぬくぬくの温室生活に慣れた私には、日本の冬の寒さが恐ろしくて仕方がない。世界で最も冬の室温が低い国という話もネットで読んだ。恐怖感が先に立ちすぎて他の事が考えられない。二重窓はマストだ。

動機は違うが目的は同じ。こんなにキレイにコンセンサスがとれたことなどないから、二重窓の工事だけは早々に開始した。っていうか、ミズキさんによると、元々そういう順序らしい。

 先日、チャキチャキと測量をしてくれた若いイケメンくんがスッとやってきて黙々と作業を始めた。えっ、あのでかい窓のサッシの取り付けを一人でできるのだろうか?と心配になりながらも、プロにそんな心配は無用ね、と思い直した。

二重窓にするというのは、一から窓枠を外して総入れ替えするわけではなく、今ある窓の内側にもう一枚の窓を追加するだけらしい。しかも内側のガラスそのものが2枚構造になっているので、実質的には三重窓だ。

 その日は、私も離れた場所で壁の掃除をしていた。壁紙を剥がした後に、壁を固く絞った濡れ雑巾で拭いて細かい汚れを取る。微妙に残っている壁紙の裏紙を見つけたら、それもこそげ取る。淡々と作業する音だけが響き渡る。普段から話好きな私も、若いイケメンくんが淡々と作業しているところを大阪のオバチャンが邪魔しちゃいけないと思って話しかけずにいた。っていうか、そういう「話しかけても良いですよ」オーラが一切出ていないように見えた。作業がかなり進んで、あともう少しで終わりそうだという頃だったと思う。

彼は突然に、本当に唐突に話しかけてきた。

「なんか、あるじゃないですか。」

え???え?何が?何があるの?

「知らなかったらやらないけど、なんか知っていたら、そういう選択肢があったのか、って思うことってあるじゃないですか。」

話が見えなさすぎるーっ!!!!

キミよりも10歳くらい下の世代なら、うちの子供達と同じくらいだから、話は分かるかもしれないけれど、いかんせんおばちゃんには、キミの世代の知り合いがいない。きっと二十代後半から三十代前半だよね........。

どう反応していいか誰か教えてーっ!

脳内バタバタの私の方に一瞥もくれず黙々と窓に向かって話を続けるイケメンくん。それって私に話しかけてるの?もしかしてティンカーベルとお話してたら、私が割って入っちゃいけないよね。

彼はおもむろに作業の手を止めて、私の方を見た。彼が話を続けた。

「どうとって頂いてもいいんですが、後からじゃできないことを、その時に知っていれば良かったのに、って思うことってありますよね。で、僕からのおすすめなんですけど。」

そこから彼の話を聞いている途中に、6階からカナメが降りてきた。話しながらイケメンくんはカナメに会釈をした。カナメも興味深そうに一緒に話を聞いて、最後に「なるほどねー」とかなり感銘を受けたようだ。彼の話を要約すると、

- 彼は既婚で、奥様もお仕事をされている。
- 共働きゆえ、それぞれが家事を分担しないといけないが、そのストレスがすごかった。
- 特に洗濯を干すのが手間だったので、衣類乾燥機を検討し始めた。
- 電気にしようかと思ったが、初期投資は高いが、ガスの衣類乾燥機を導入した
- ガスの衣類乾燥機のパワーは絶大で、50分で完璧に乾く

「50分!?」私は声を上げた。彼は続けた。

「そう。本当に気持ちよくフワッフワに仕上がって。電気だともちょっと時間かかるじゃないですか。」

「かかりますかかります。2時間くらい延々と回したりするんですよね。すんごい湿気を周囲にまき散らしながら!」と、私。

「え、そうなの?」とカナメ。知らんのかい.......

ニコニコのイケメンくんは、後で分かったのだが、彼は地元のサッシの会社の三代目さんで、若き跡取りであり次期社長さんである。イケメンくんと呼ぶのは失礼かも、だが実に若い。

「で、問題は、電気と違って、洗面所に普通はガスは来てないじゃないですか。まぁ後から工事すればいいんですが。なので、今リノベをされていて、今ではなくても将来、ガス乾燥機をつける予定があるんだったら、今のうちにガスを引いておいてもいいんじゃないかと思うんですよ。後になってからよりもダンゼン楽ですしね。僕からの超絶おすすめでした。」

こういう出会いってあるよね。ある人にとって何気なく口にした言葉が、ヒトを動かすことがある。その後、彼のアイデアは採用されて、ガス栓を洗濯機の上のあたりに設置することとなった。

そうそう。聞きたかったことが。この際、聞いちゃえ。

「あの......すごくお若くて、一人でご立派にお仕事されていて.....。その、このお仕事をしようと思われたのって、いつ頃だったんですか?お父様のお仕事を継がれたんだと思うのですが、他の仕事をしてみたいと思われたりしなかったんですか?」

個人的に、私は、人間の職業選択のプロセスにとても興味がある。そして、親の跡を継ぎたくないという若者も多い昨今、彼がどうして素直にその選択をしたのか、はたまた紆余曲折があったのか、話したくないなら無理には聞かないけれど。彼はとても自信に満ち満ちて答えてくれた。

かなり早い段階からこの仕事をしたいと思って、自ら他のサッシ会社に就職して営業をやっていた。その営業の仕事も楽しくて、今でも同期と連絡を取り合っている、営業の経験は生きていると言う。そして予定通り親御さんの会社に入って、一から施工技術を勉強して今に至る、そうだ。

なんという前向きで向上心のある若者。

と同時に少し見えたことがある。かなりいいビジネスなんだってことが。

大阪人、お金の流れには敏感でっせ。

作業が終わって、彼から一つだけ注文が。

元々あった外側の窓だけを閉めて内側を開けるのは良いけれど、逆は避けたほうがいいとのことだった。外側を開けて内側の窓だけを閉めるのは良くないそうだ。

 若き次期社長が帰られた後、カナメは家中の二重窓を閉めてみた。さすがに外の音がほとんど聞こえない。カナメは「思ったよりもいいね」と喜んだ。古い窓の内側に一枚ガラスを追加しただけなのに、ぐっと窓が引き締まって見えた。私の望む防寒効果はまだ測れないが、とりあえず一歩進んだ。

(*2)二重窓に関して、私たちが決めることは多くはない。どの窓を二重窓にするのか、窓枠の色、ガラスの素材や色などを決めるだけだ。元々あった窓枠そのものや、その位置によっては別途追加の作業が必要になることもあるが、その場合も私たちにソリューションがあるわけではないから、工務店のミズキさんと若き次期社長の彼とで打ち合わせしていた様だった。

ちなみに、寝室は裏のビルからの距離も比較的近く、誰も住んではいないように見えたが、念のためにすりガラスにして、リビング側は透明だがUVカット機能の入っているものを選んだ。

部屋ごとにテーマを変えてそれぞれの色を変えるのも良いのだろうが、私たちは「ビンテージウッドまたはダークブラウン」という色味に統一すると決めたので、窓枠もその通りにした。こだわらないのであれば、最初に色テーマを決めて揃えておくと、それなりに統一感が出るようだ。

二重窓については、「二重窓にしなかったらどうなっていたかと思うと怖い」と思うほど、「あって当たり前」の設備なので、リノベで無条件にオススメしたい。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?