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歩行訓練 初回 2023\7\10

今年に入って、人やものにぶつかる回数が増えて、階段やエスカレーターで転倒するということが増えたので、いつもお世話になっている眼科を受診した。
視野が左が2度、右が5度になっていた。近くは引き寄せれば、なんとか見えていたのに、見える部分が自分の人差し指の先で隠れるほどになってしまった。
もちろん、遠くは視野が少しは広がるものの、ピント調整ができないので、ほぼ景色と同化して、グレーに色が少し混ざる三毛猫の世界。
老眼なのかと思いきや、眼科で合わせてもらったら、むしろメガネない方が、まだマシだった。あわせられるメガネがなくなってしまった。
医師は、もう、ものを見るのは諦めて、日常的に白杖を使って危険を防ぐように言われたが、ロービジョンケアがある病院への紹介も訓練センターへの紹介もなかった。現在石川県の眼科では、治すことのほうは頑張るけど、残存視力をどう使うかとかの指導はもらえない。
僕は納得が行かなかったので、メガネやさんで度を強くしたら見えるかもしれないと思い試してみたが、さらに画像が歪んでクラクラしてしまい、よけい何も見えなくなった。メガネ屋さん曰く、強くすればいいってわけじゃないんですよと言われ撃沈した。

大好きだった曼荼羅アートも、こうなるとやる気が起こらない。
好きだったことは全部視覚が必要だった。

石川県視覚障害者センターに困っていることを相談した。
盲学校で鍼灸マッサージの資格をとるのはロービジョンの職業訓練だったけど、実際には僕の年齢では求人も仕事もない。
この領域は健常者が学校を卒業し、柔整や鍼灸の領域で活躍し、マッサージは無資格の健常者が整体師やリラグゼーションのサロンを経営しているからだ。
お客さんも、どっちを選ぶかというと、健常者の方を選んでいるのが現状。
唯一守られているのが企業で働くヘルスキーパー。
これも、50を過ぎた男性の中途失明者はほぼ求職がない。
若い新卒の女性がもとめられる。
こうなると、学歴も、資格も、関係ない、現存視力と年齢の壁に阻まれる。
こういう状態になると、人にお世話にならないと生きていけない、世の中で社会のお荷物、役に立てない人になってしまったと感じた。
急に孤独が襲ってくる。
相談できる同じ状態を経験してる人も知らないし、こういうこと話せてわかってくれる視覚障害者の友達もいない。
もし、住職でなかったら、僕は社会的アイデンティティを完全に失ってただろう。これから自然死するまで、
生きる意味も希望も持てなかっただろう。
しかし、こういう状態になると、住職という仕事をこなす世界からも脱落していくことになりそうだ。
集団でする法要も、行事も、手伝うどころか、介助者が必要になってくる。

僕にできることは何か?
色々考えてみた。
真言宗には勤行や専門書、次第が点訳されていない。音声もだ。
点字ディスプレイがあれば、阿闍梨が入力さえできれば提供できるようになる。
僕はそう考えて、この道を整える為にここにいるのかも知れないと思った。
誰一人取り残さない世界。全てが救われるまで奥の院で祈っておられる弘法大師空海。お祖師さま。
それが僕の行くべき道なのかも知れない。
そう、勝手に動機づけすることにした。

色々考えて、まず自立しなければと思い、色んな視覚障害者のセンターに相談してみた。石川県の視覚障害者センターは同じような経験をもっている職員がいないからだ。ぴあカウンセリングの大切さを知った。
よそのセンターの障害をもつ職員聞いてもらって、同じだった、わかるわかる、そう言われるたびに気持ちが楽になっていった。

これからは視覚障害者も鍼灸マッサージより、ITの時代。
なぜかというと、アクセシビリティの世界で当事者の求めていることが、まだ実現されていないことがたくさんあるから、その分野では仕事がたくさんあるということ。プログラミングもそうだし、と、本職で生きてる盲学校に行かず、7年で全盲になってしまった男性ユーチューバーのまるさんが言ってた。
見えない人は見えない世界でやれることは沢山ある、だから諦めるな。
そう言ってた。若い人はいいな〜と、アラカンの僕は思う。
最近は点字も紙を使わないディスプレイと音声の時代になってきている。
これからは、これが常識になっていくだろう。

僕は今まで助ける側だった、今は何をするにも誰かの助けを借りてる。
病院の受付のタブレットタイプのディスプレイの操作。院内での移動。
タクシーやバスの乗り降り、食事の準備、食べ方、時間や天気、災害情報など。視覚障害者は情報不足。得られる情報の90%は視覚情報から入り、調整しているから。仕事も生き甲斐も趣味も、これに依存される。
そのことに気づきがあってよかった。

歩行訓練1日目は自分が少し見えていた時に使っていた白杖歩行を捨てることになった。白杖は目そのものになる。そういう訓練だった。
まっすぐ歩く歩行、介助されて歩く方法、弱視とほぼ全盲では全く違った。
白杖の持ち方、長く持ち過ぎていた。腹の中心に持ってきて、指を添えて左右に軽く振る。自分の幅がカバーできる程度。僕の白杖はローラータイプなので、コロコロ転がってくれるから、水たまり以外は便利。
エスカレーターや階段昇降もできなくなっていたが、今回アイマスクをしても、介助されながらも、まだ怖いけど階段昇降できるようになった。
今までみたいに早く動けないけど。笑

というところで、僕の白杖歩行訓練は終わった。
これから定期的に歩行訓練と、点字、IT機器の訓練をしていくように石川県視覚障害者情報センターの訓練士、相談員のかたと計画を立てて訓練を進めて行く予定。

【訓練体験メモ】
白杖の握りかたは、人差し指と面に添えて、へその前あたりで構える。
しっかり握るが手首は柔らかく、左右に振れるように。今までみたいに押さえつけて地面の様子を見るのでなく、軽く浮かす感じで振ると、点字ブロックや溝やへこみにはまらなくなる。
顔をあげて背筋を伸ばして、見えてない地面は見ない。
階段は白杖でまず昇降する階段のふちを探す。縦で距離、横スライドで向いてる方向を確認。昇降する段差の高さ、幅を確認して足を下ろす。その繰り返し。
階段の初めと終わりは警告の点ブロで必ず一旦止まって確認。
手すりがある時は手すり、ない時は壁をガイドにしてゆっくりおりる。
介助者がいても、一緒に降りてもいいし、不安なら手すりや壁につかまって降りてもよい。それであってるか危なくないか言葉をかけてもらってもいい。
歩く時もそう。腕につかまっていても、今までのようにシンボルケーンみたいにしてもいいし、白杖で探ってもよい。白杖で探り、介助者が脇をしめてくれていれば身体が安定して固定され、宇宙にいるような、ふわふわしためまい感覚が減る。脇が開いていると方向が不安定になる。
自分の左手がもつところは、介助者肘の少し上、肩、背中など、自分がわかりやすい場所長時間持っていても苦痛のない所をお願いしてみる。
自分からお願いして指示出しすることが大切。
どのようにしたいのか、お願いできる勇気を出すこと。
これは甘えてるのではなく、できない情報をもらったり、カバーしてもらっていることなので、相手が察してくれるというのは大間違い。


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