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第十一回:相互繁栄的なウェルビーイング社会構造の設計

こんにちは、ウェル・ラボラトリーズの金子迪大です。
 
第九回では、相互繁栄的なウェルビーイングを目指す際に利己的なウェルビーイングを選択する動機が存在することについて述べました。続く第十回では人類が進化のプロセスで協力し合うことを学んだと説明しました。周りの人に親切にすることは、巡り巡って後日自分のウェルビーイングを上げるだけではなく、直接的にその場でのウェルビーイングも上げてくれる妙薬なのです。
 
私は個人的にはひとりひとりがこのように思いやりに満ちた優しい社会を作ることを心がけることが重要だと思いますが、社会や組織の中の人間は制度やシステムの影響を受けます。私が専門としている社会心理学では、人は社会の影響を強く受けるということを様々な研究から明らかにしてきました。
 
そのため、社会や組織を設計する立場の人は個々人の努力や心がけに期待するのではなく、クールな頭で相互繁栄的なウェルビーイングを築けるような設計者でなくてはならないのです。
 
今回は囚人のジレンマゲームを例にとり、相互繁栄的なウェルビーイングを目指す上でクールな頭で社会構造を設計することの重要性を説明したいと思います。


囚人のジレンマゲームに陥ると相互繁栄の道が閉ざされる

心理学や経済学では、人々の間の協力を分析する際にゲーム理論を用いて説明することがあります。ゲーム理論とは、人々がお互いに影響を与える状況で、どのように行動するのが最も自己利益を高めるかを考えるためのルールや原則のことです。
 
ここではゲーム理論の中でもっとも有名な囚人のジレンマゲームを使って説明しましょう。囚人のジレンマは、警察に捕まった犯罪者が別室で自白を促された時にどのように行動するかを説明する理論なのですが、ここの読者は現在留置所にいる訳では無いですので、ビジネス場面のウェルビーイングのお話に応用して説明します。
 
まず、次のような状況を想像してみてください。二人の同僚、AさんとBさんが一緒にプロジェクトを進めています。このプロジェクトは、手間はかかるのですがそこまで上司に評価されるものではありません。二人は協力してプロジェクトを完成させるか(協力)、それとも自分だけ最小限の労力を費やしてもうひとりに全ての仕事を押し付けるか(裏切り)を選択することが出来ます。二人は別の場所にいてオンラインで仕事をしていて、相手に影響されることなく自分だけで協力か裏切りを決定できます。ここで、以下のような3通りの状況を考えてみましょう。
 
 
両者が協力する場合:
AさんとBさんが互いに協力すれば、プロジェクトのために労力を払わなくてはならず心身の疲労はたまりますが、プロジェクトは時間内に効率的に完成し、ふたりとも達成の喜びを感じることが出来ます。さらに、お互いの信頼関係も強化されます。協力することで、仕事のストレスが軽減され、職場での満足感が高まるのです。相互繁栄的なウェルビーイングと言えるでしょう。
 
 
一方が裏切る場合:
例えば、AさんがBさんを裏切って仕事をサボった場合、Bさんは過度のストレスと不公平感の中、ひとりでプロジェクトを遂行しなくてはなりません。Bさんの負荷は大変で、体調を崩してしまいました。それでも、徹夜で何とか仕上げ、質はあまり高くないもののプロジェクトは達成することが出来ました。一方、Aさんはプロジェクトをサボっていたので心身ともに疲労も全くなく、成果だけ得られました。Aさんのウェルビーイングは最高で、Bさんのウェルビーイングは最悪です。
 
 
両者が裏切る場合:
AさんもBさんも互いに裏切った場合、プロジェクトは未完成に終わり、職場の信頼関係は損なわれます。さらに、プロジェクトの失敗によるストレスや不満が蓄積します。両者にとって良い結果にはなりませんが、相手に裏切られて体調を犠牲にしてまで自分だけが死に物狂いでプロジェクトを遂行するよりはマシです。
 
この場合、皆さんならどうしますか?優しい心の持ち主なら、相手がどうであろうと協力の姿勢を見せ、たとえ相手が何もしなくてもプロジェクトに全力を注ぐでしょう。このような人は利他的なウェルビーイング観の持ち主なのでしょう。一方、利己的なウェルビーイング観を持っている人もいます。そのような人は裏切りをして、相手に全て押し付けるでしょう。
 
囚人のジレンマゲームで重要なのは、各個人がどのようなウェルビーイング観を持っているかではありません。利己的なウェルビーイング観に基づく行動、つまり自分はサボって相手に押し付ける方が結果として自分のウェルビーイングが高くなってしまう、ということです。例えば相手が協力の姿勢を示しプロジェクトを遂行してくれる場合、自分はサボっていても成果は上がります。手間がかかるプロジェクトなので真面目に取り組めばそれなりに疲れます。次に相手が裏切りの姿勢を示しプロジェクトをサボる場合、自分だけ体調を犠牲にしてでも仕上げなくてはならず、自分のウェルビーイングは非常に下がってしまいます。それならば、どうせ上司もそこまで重視していないのでプロジェクト未完で乗り切ったほうがまだ自分のウェルビーイングは高く保てます。したがって、相手が協力するか裏切るかに関係なく、得るものと失うものがこのような構造の時はプロジェクトをサボるという裏切りが、自分にとっての高いウェルビーイング達成のために必要なのです。

構造を変えて相互繁栄的なウェルビーイングを目指す

このような事実はなかなか受け入れにくいかもしれません。「会社員なら協力して仕事をするのは当たり前だ!」「お前はサボることを推奨しているのか!」というかもしれません。私が言いたいのはそうではありません。「○○するべき/するべきではない」という倫理的な話ではなく、事実の問題として特定の状況下では相手を裏切ることが高いウェルビーイングに繋がってしまう構造が存在することを理解して欲しいのです。
 
では、どうすればよいのか。これが今回の本題です。答えは簡単で、「クールな頭でウェルビーイングな組織を設計しろ」、です。囚人のジレンマゲームが面白いのは、裏切りをした方が高いウェルビーイングを享受できる状況があるということです。あなたの職場や組織、家族、友人関係でそのような状況になっているケースはありませんか?そのような状況では残念ながら相手の優しさに根拠なく期待をすることになります。そうではなく、協力することが最大のウェルビーイングを達成できるように関係性の構造を変えるのです。
 
いくつかの例を挙げましょう。まずはコミュニケーションを十分に行うことです。上記のような囚人のジレンマは「別室で自白を促された時」という状況設定が元になっています。今回のAさんとBさんの例ではオンラインで別々のところにいるため相手に影響されることなく自分だけで協力か裏切りを決定できるという設定にしました。このような場合、コミュニケーションが生じません。今回のような特殊ケースでは無くても、皆さんも日常的にコミュニケーションが不足していると感じることがあるのではないでしょうか。コミュニケーションが不足していると、何故協力しなくてはならないかの理解や、信頼関係の形成が上手くできないことが多いです。特に通常人間は複数のタスクを同時並行で行っています。今回与えられたプロジェクトの他にも複数のプロジェクトに関与していたり、家庭でするべきことなどもあるかもしれません。協力しない理由は様々あります。そんな中、コミュニケーションを十分に取っておくことで、このプロジェクトにどのように向き合うべきかの合意を形成することが出来ます。
 
続いて重要なのが長期的な関係の構築です。囚人のジレンマゲームの興味深いところは、このゲームを一回だけ行うときと繰り返し何度も行うときで、最も利益を得られる行動が変わることです。このゲームを何度も何度も繰り返す場合、つまり繰り返し囚人のジレンマゲームを行う場合、最初は協力し、その後は相手の行動と同じ行動をする、というのが最適解であると知られています。つまり、自分は最初協力をし、相手が協力をするのであれば自分も再度協力、もし相手が裏切ったら次は自分も裏切り。もし相手がまた協力する姿勢を見せたら自分も協力する。このように、相手に合わせて協力と裏切りを行います。そして重要なことですが、何度も繰り返すと、相手も自分も両方とも協力し続けることが最も利益が大きくなる、つまりウェルビーイングが高くなるのです。だからこそ長期的な関係の下でプロジェクトを行うことは重要です。人間は目先のウェルビーイングを重視しがちであるというのは第七回で説明した通りです。だからこそ、敢えて長期的な視野に立つことが必要になるのです。
 
あるいは、協力した時の報酬を増やし、裏切りをした時のペナルティを増やすことも効果的です。元の囚人のジレンマゲームでは、犯罪に対する刑期というのが報酬や罰として使われていますが、ウェルビーイングに関しては他のものも有用でしょう。例えば、今回のプロジェクトについて上司がしっかりと評価をするとか、達成した場合にその功績をしっかりと認めて報酬を出すことが重要です。また、サボった場合にはそのサボりをしっかりと認識してネガティブな評価をすることも重要です。なお、現代社会では罰でコントロールするのではなく報酬でコントロールすることが推奨されていますので、報酬を使う技術を向上させると良いでしょう。
 
そして、情報の透明性の確保も重要です。誰が協力してエフォートを割いたのか、誰が裏切りをしてサボったのか、意思決定プロセスの透明性を高め、互いの意図や選択が明確になるようにしましょう。
 
このようにして、誰かの優しさに期待するのではなく、相互繁栄的なウェルビーイング構造を作っていくことが組織を運営するうえでは重要です。

まとめ

今回は囚人のジレンマゲームという良く知られたテーマを例にとり、状況によっては相互繁栄的なウェルビーイングになりにくいこと、そしてそのような状況を変えることで相互繁栄的なウェルビーイングを達成できることを説明しました。このような例は枚挙にいとまがありません。近年ウェルビーイング経営という用語が流行っています。経営にウェルビーイングをつけるとキラキラしていて暖かな雰囲気がありますが、それは現場だけで十分です。上に立って組織をマネジメントする立場なら、ホットな心で部下のウェルビーイングを高めることを目指しながらも、クールな頭で組織の構造を変化させることを忘れてはならないのです。

 
 
あなたがウェルビーイングな人生を送れることを心から願っています。
 
 
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ウェル・ラボラトリーズHP:https://well-laboratories.com/
 
 
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