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キャッチフレーズ(5)

「さっきも言ったけど、後付けなの。俺が馬場で、貴之が別所だから、どっちも『B』だろ?」
俺は、笑Bの由来についてもう一度確認していた。
「じゃあ、ワラビーは本当に関係ないんだな」「そう」
「貴之って何か趣味あったっけ?」「『お笑い研究』って言って、DVD観てるらしい」
「啓太は?」「俺も似たようなもん。あと、鉄道」
「そうだよ。啓太、鉄オタじゃん。鉄道関係で『B』といえば何?」
「俺の辞書に『B』は無いな」「何だよそれ」
話題を振って会話しても、なかなかイメージが膨らんでいかない。黒ヒゲ危機一髪をやっている気分だ。どこに挿し込めば、黒ヒゲはポーンと飛び出してくれるのか。
「あ」啓太が声を出す。「何か思い出した?」「うん・・」
返事はしたものの、思い出したものが、まだ形になっていないようだった。
頭の中で、咀嚼するような、粘土をこねているような。俺は待つしかなかった。
「昔の車でさ、『Bee』っていうのがあったの。beeって蜂っていう意味じゃん。その意味の車」「ほう・・」
確かに、このままでは話の膨らませ方が分からない。俺も粘土を渡されたようだ。その車について調べてみると、かなり古い車で、今ではもうほとんど残っていないらしかった。貴重な車、貴重な蜂。
啓太は、椅子の前足を浮かせては戻す。トントンと、前足が床を鳴らす。
椅子の背もたれは、後ろの席にぶつかり、こっちはコツコツ。トン、コツ、トン、コツ。
「あ・・」
啓太がこちらを向いたのを見て、俺は自分が声を出していたことに気付く。まだ考えはまとまっていなかったけれど、半分手探りでしゃべり始めた。
「あのさ、さっき言った『するどいツッコミと予測不能なボケ』みたいな感じなんだけど」「うん」
「『蝶のように舞い、蜂のように刺す』みたいな感じどう?」
「なるほど。bee からね」
「そうそう。『蝶のようにボケ、蜂のようにツッコむ』はどうかな」
「お、来たんじゃない?」啓太は、一瞬明るい声を出したが、すぐに元の声に戻す。
「いや、待てよ。Bから、bee で、そこから蜂だろ?ちょっと分かりづらくねえか」
「やっぱりそうだよな。そこでさ」俺は続ける。自分で手探りと分かっていた。
「『butterfly のようにボケ、bee のようにツッコむ』だとどうなんだろう」
啓太の意識の焦点が、ぐっと戻ってくる。そして、大きな声を出した。
「おー!ついに来たんじゃないか?」
ほんとにこれで良いのか。俺のほうがまだ、焦点が定まってなかった。
「じゃあさ、『B のようにボケ、B のようにツッコむ』だとどうなんだろう」
マイナーチェンジさせた案を出してみる。
「それじゃあさ、聞いてるほうは『蜂のようにボケ、蜂のようにツッコむ』だと思っちゃうぜ。それだったらさ、『BのようにB、BのようにT』のほうがまだマシだぜ」
「いやいや、何言ってるか分かんないだろ」
「んだんだ。じゃあさ、やっぱり『butterfly のようにボケ、bee のようにツッコめ』でいいよ」
「お、お前。いいこと言うじゃん。最後は『む』じゃなくて『め』のほうがいいな」
「だろーだろー」「さっきからお前の相槌、適当だな」「きゃはきゃは」・・・

やっと1つ、啓太たちのコンビのキャッチフレーズが決まった。あと19組。まだまだ先は長いけれど、少しだけ光が見えた気がした。

「あ、ブルートレイン」「何?」
「鉄道関係の『B』」「もういいわ」

(つづく)


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