見出し画像

『渡れない海』


目の前には美しい海が広がり、その先に陸地が見えます。
私は、大きな船に乗ることができず、自力で漕ぐ小舟もなく、泳ぐこともできません。
海岸沿いに暮らし、日がな美しい海を眺めているだけです。

こちらの人々はみんな、なんらかの方法で向こう岸に行きます。
時々連絡船が来て、葉書をよこしてまた帰っていきます。
向こうは豊かなのだそうです。
私はここに残り続けています。今はそのようにするしかないのです。

私の選べなかった人生の先であなたは無理に輝かなくてもいい。
生きていてください。


__

海の日。短いピアノ曲です。

情報__これまでを生きてきてこれからを生きることに関する「一般的な」__が不意に私を苦しめるとき、私は、向こうに渡ることもできない、足を踏み入れることさえできない、そんな、海の前に立っているようだなと思います。ただ海を渡る人々を見ています。

海は好きですが震えるほど怖いです。
(ほんとうの海も。ここでの比喩としての“海”も。)
私がいくら怖くて渡れないと言っても「向こうの街に行って新しい暮らしを始めよう」だとか「泳いで海を渡ろう」だとか、例えるならそのように無茶な提案をしてくる人は絶えません。私の恐怖はどこからやってくるのかさっぱりわかりませんし、ただ怖がりで弱虫なだけかもしれませんが、そうであってもそれは体をむしばみ、私をここから離しません。

もっとも恐ろしいことは「私も最初は怖かったよ」と諭されることです。答えは口答えのようで嫌なのですが「存じ上げています」。新しいことを始める時誰でも最初は怖いこと、何度も挑むうちに慣れていくこと、そして私は(一部の領域において)あなたがたのように慣れることができないということ、全て知っています。怖いことに何度挑んでも、からだの奥からせり上がってくるようなふるえが脳を全て埋め尽くし、気づいたら涙を流しています、どうして?

あなたは、最初こそ怖くとも、それを越えられた人でしょうか。

私は、まだ随分手前で止まっているけれども、せめて先に越えていった人を嫌わないようにしようと思っています。やりきれなさを感じながら海を見ています。

頂いたサポートは、 ハープ・創作に関することに使わせていただきます。