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青息吐息の防衛産業 「安保の基盤」の崩壊を座視するな|【特集】歪んだ戦後日本の安保観 改革するなら今しかない[PART02]

防衛費倍増の前にすべきこと

安全保障と言えば、真っ先に「軍事」を思い浮かべる人が多いであろう。
だが本来は「国を守る」という考え方で、想定し得るさまざまな脅威にいかに対峙するかを指す。
日本人が長年抱いてきた「安全保障観」を、今、見つめ直してみよう。

どのような安全保障戦略も、それらを担う兵器を生産する企業が存在してこそだ。しかし、今の防衛産業からは、明るい話は聞こえてこない。「儲からない」「先も見通せない」。実態を取材した。

文・編集部(木寅雄斗)


 JR呉線天応駅にある本社から高速船に乗ること約10分。瀬戸内海に浮かぶその島に目指す建物はあった。中国化薬(広島県呉市)江田島工場である。

 同工場では、日本で唯一、弾薬などに使われるトリニトロトルエン(TNT)火薬を製造している。また、大砲や戦車などの砲弾への爆薬の充塡を行っており、日本の安全保障、防衛産業にとって欠かせない存在といえる。

 だが、同社の神津善三朗代表取締役会長は「ここ30年間、防衛省向けの売上金額はほぼ変わっていない」と苦しい現状を吐露する。限られた防衛予算の中では、市場規模も小さくならざるを得ない。その間も原材料費は否応なく上がり、設備の維持・更新費用は経営に重くのしかかる。かつて700人いた社員も、今や470人となった。

 省人化にも限界がある。神津氏は「防衛装備品は、〝多品種少量生産〟。1つの生産ラインで、時期によってさまざまな規格の砲弾を製造するため、手作業に頼らざるを得ない部分がある。爆薬を扱う上での、保安上の細かな制限もあり、ラインを常に稼働させることはできない」と話す。実際、小誌記者が江田島工場を訪れた6月下旬には、TNT製造設備は停止していた──。

中国化薬がある呉は、戦前から軍事と共に発展した軍民「共存共栄の街」だ (WEDGE)

 日本の防衛産業が存亡の危機に瀕している。機関銃の生産から撤退した住友重機械工業、軽装甲機動車(LAV)の開発中止を決めたコマツ、艦艇・官公庁船事業を三菱重工業へ売却した三井E&Sホールディングス(旧三井造船)など撤退が相次ぐ。あえて撤退を表明しない企業もある。

 防衛装備庁が行ったアンケート調査によると、2017年の防衛装備品生産企業における総売り上げに占める防衛関連売り上げの割合は、平均でわずか3%であり、「利益率も低い」と、防衛関係者は口を揃える。

 また、防衛装備品は市場価格が存在しない場合が多い。そのため、一般的に、競争入札にしても、随意契約にしても、契約時に原価などから「予定価格」を算出し、契約履行後に実績額の監査を行い、支払代金を確定する契約方法がとられる(下図参照)。だが「企業が努力してコストダウンを行っても、その分、支払代金が下げられ、利益が取り上げられてしまう仕組みになっている」(防衛省OB)という。

防衛装備品では企業のコストダウンの努力が
報われない仕組みになっていた

(出所)財務省資料などを基にウェッジ作成

 そこで防衛省では、コストダウン分の利益を企業と同省で分け合う「インセンティブ契約制度」を導入するなどして、企業の引き留め策に必死だ。

 だが、三菱重工や富士通など、国内に15社ある「プライム企業」(防衛省から直接受注する大手企業)のうちの、ある企業の幹部は「従来のインセンティブ契約制度で得られるメリットは限定的だった。一方、インセンティブ契約制度を適用するための申請手続きでコストの妥当性やコストが下がる理屈を証明するための膨大な資料を求められ、その対応が負担になり申請には消極的であった。最近になって制度の見直しなども行われており、企業努力も報われるようになりつつあると感じる」と打ち明ける。

防衛産業を苦しめる
予算の「単年度主義」

 それだけではない。防衛産業が利益を上げられない最大の要因の一つは、何と言っても市場が国内(自衛隊)に限られていることにある。

 そのため、防衛装備品の輸出を事実上禁止してきた「武器輸出三原則」に代わり14年に策定された「防衛装備移転三原則」は注目を集めた。

 だがそれから8年。対象を「救難・輸送・警戒・監視および掃海」に限定してきたこともあり、肝心のまともな「輸出」は20年に三菱電機製の防空レーダーをフィリピンへ移転した1例のみという状況である。

 防衛分野のコンサルティング大手・米Avascent東京事務所代表の鍋田俊久氏は「フィリピンとは海上自衛隊の訓練機の譲渡を通した、制服組同士の深い信頼関係が成功の背景にある」と、その特異性を指摘しつつ「新しい三原則の下であっても、あくまで防衛省のニーズに基づいて採用された自国装備品の移転に限定される。相手国の実情やニーズに合わせたカスタマイズやローカライズ(現地化)を図ることも困難であり、輸出に向けたハードルはなお高いのではないか」と語る。

 「海外の防衛市場と比べると、防衛省は国内の防衛市場をうまくつくれていない。参入した企業が適切な競争環境にさらされ新陳代謝されながらも、長期にわたって企業側が満足する利潤をあげる市場が作れない場合、健全な防衛産業の構築はできなくなる」と指摘するのは、大規模防衛展示会「DSEI Japan」を共催するクライシスインテリジェンス(東京・豊島)代表取締役の浅利眞氏である。

 さらに浅利氏が問題点として指摘するのが「単年度主義」の予算制度だ。防衛に限った仕組みではないが、日本の防衛装備品の調達は単年度の予算に基づき、1年ごとに契約を結び直すのが主流である。しかし欧米や韓国など先進工業国では、たとえば「5年で戦車を200両」といったように、複数年の総量契約を行うのが当たり前だ。そうすればスケールメリットが生まれるだけでなく、事業の予見性も上がり投資も促進される。だが単年度主義の日本では、企業側が先を見通すのは困難だ。「これで生産ラインを維持できるはずがない。調達も毎年の予算に応じて場当たり的なものになる。複数年契約、総量契約をより広範に認めていくべきだ」と浅利氏は言う。

 防衛部門を企業のレピュテーションリスク(評判を害する危険)と捉える向きもある。小誌の取材に応じた防衛産業に携わる大手企業の幹部たちは「防衛というニュアンスの部署名をつけられない」「株主から、もっと儲かる事業に投資を、と言われ、会社上層部からは、『利益も少なく、会社のホームページにも堂々と載せられないので、もう撤退してはどうか』と言われることもある」など、苦しい立場に置かれている人が多い。

地政学的な変わり目の中で
防衛産業をいかに守るのか

 防衛産業は、日本の安全保障の一部であり、血液でもある。だが、このままでは、その存続自体が危うい。ある防衛関連企業の幹部はこう指摘する。

 「防衛装備品には、弾薬や車両など比較的従来の技術で続けられる分野と、戦闘機などのハイテク分野がある。前者は純国産を追求する理屈も立つはずだが、製造基盤の弱体化が進んでいる。また後者についても、欧米ではもはや1国で開発・製造を行う時代は終わり、共同研究・開発が主流になっている。国産技術のボトムアップを行いつつ、過度な国産信仰には走らない。そのバランスが問われている」

 ハイテク分野にも課題がある。今年5月、「次期戦闘機は日英共同開発」との報道が駆け巡った。日米共同開発の戦闘機「F2」の後継機を、英航空防衛機器大手BAEシステムズと三菱重工を主軸とする共同研究開発事業とする方向で調整に入ったという。

 戦闘機という超ハイテク兵器の生産技術維持に、日本はどこまでこだわるべきなのか。F2の開発計画にも携わった元空将の平田英俊氏は、戦略の重要性と、懸念を語った。

 「部品やサブシステムなどを世界に提供できる技術力や能力があればよしとするのか、それに加えてF35並でなくともある程度の性能の戦闘機を作り上げる能力を求めるのか、ここは明確にしなければならない。共同開発についてはまだ何も決まっていないに等しいが、後者を求めるならば、武器やセンサーなどの多様なシステムや技術を戦闘機として一つにまとめ上げる『システムインテグレーション』の経験を積む機会を日本の防衛産業が得ることが必須だ。必要な性能を有する戦闘機をつくりあげることはもちろんだが、国際的な競争力を持つ防衛技術・産業基盤を目指す機会を失うようなことになっては意味がない」

 戦闘機や戦車を作るのに1000社は携わるとされる。そのような高度な工業製品を自国で生産できる基盤を維持しようとするならば、長期的・総合的な戦略が必須だ。

F35など、「有償軍事援助(FMS)」による米国からの武器購入が増加している (DVIDS)

 〝無策〟のまま防衛費を国内総生産(GDP)比2%へ倍増したとしても、結果として米国製の高い兵器を輸入するだけになりかねない。同時並行で、継戦能力を高め日本の安全保障の「足腰」を強化するための戦略も忘れてはならない。冒頭の中国化薬のような企業が撤退すれば、日本の安全保障の土台は根底から揺らぐことになる。元防衛大臣の森本敏氏はこう話す。

 「ロシアのウクライナ侵攻について、米国ですら戦争のシナリオを予測しきれていない。ロシアによる核兵器の使用や、その影響が拡散すると欧州大戦の可能性すらあり、中国もその隙を逃さないだろう。そのような地政学的な変わり目にある中で、日本の防衛産業の生き残りを考えないといけない」

 6月にも自民党国防議員連盟は、防衛産業へのテコ入れを求める提言を提出した。「まずは防衛産業を財政支援する法的枠組みをどのように構築するかを考えないといけない。そして『戦略3文書』改定が迫る中、『国家安全保障戦略』などの下に『調達戦略』を新設すべきだろう」(同)。

出典:Wedge 2022年8月号

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