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お金だけが支えじゃない 高齢者はもっと活躍できる|【特集】昭和を引きずる社会保障 崩壊防ぐ復活の処方箋[COLUMN]

編集部(吉田 哲・川崎隆司)

高齢者を支えるのは金銭的制度だけではない。仕事にボランティアと、社会とのつながりを作ることが地域社会の円滑な運営にもつながる。

「お金の問題じゃない。趣味の絵を描くより、モノづくりの現場の方がよっぽど面白い」。企業OBと中小企業との交流会に参加した石井彪さん(78歳)は力強く語った。

 自らのスキルを買われた企業OBが中小企業で働くケースが増えている。中小企業が抱える経営課題に対し、企業OBが自らの知識・経験を生かし解決策を提案するこの交流会に、2009年から延べ1万4000人以上の企業OBと4000社以上の中小企業が参加。企業支援へと進んでいる。

 企画・運営する一般社団法人新現役交流サポートの保田邦雄代表は「定年後も体力があり、知識経験を生かして働きたいシニア世代は今後さらに増える。彼らのノウハウを日本企業全体の約99%を占める中小企業で再活用していくことは、日本経済を支え、強めることにもつながる」と述べる。

 高齢者の活躍を促すことは、健康増進にも寄与する。東京大学高齢社会総合研究機構が11年~13年にかけて、関東地方のある自治体に住む全ての65歳以上の自立高齢者4万9238人に行った調査によると、「身体活動」「文化活動」「ボランティア・地域活動」全てを習慣的に行っている高齢者はどれも行っていない高齢者と比べ、身体や認知機能の低下リスクが16倍低くなったとの結果が明らかになった。

 千葉大学予防医学センターは10年から、都市と農村16自治体の5万1968人へ約5年間の追跡調査を実施。社会参加を「町内会・自治会」「趣味」「スポーツ」「業界団体」「ボランティア」「老人クラブ」「就労」の7種類に分けて比べた結果、「就労」に参加する高齢者が最も要介護リスクが低かった。

 調査を主導した近藤克則教授は「社会的に役割があると感じることが張り合いにもなるし、活動を通じて仲間も生まれる。通勤や移動で必要に迫られて歩くことにも意味がある」と話す。

 地域社会への貢献や健康増進に寄与する仕事や活動は必ずしもビジネスだけに限らない。研究機関に勤務していた千葉県流山市の藤川正剛さん(75歳)は、2年前に再就職先企業も退職した後、介護サポーターボランティアの実習を受けた。「組織にどっぷり浸かっていたので、退職後もコミュニティが欲しくなった。単身赴任が多く、地域とのつながりも薄く、恩返しとして地域に役立つことがしたい。仕事で培ってきた技術は身近なことには応用できないので、自分にできることを考えた」と話す。退職後は「全く異なることをしたい」と思う高齢者も多く、社会的ニーズが高い分野と高齢者とのマッチングがカギになる。

ITも活用したマッチング
継続するには収益確保が課題

 高齢者と地域の需要をつなげようとしているのが東京大学と千葉県柏市が取り組む「生きがい就労」プロジェクトだ。農業や保育、介護といった分野の事業者や組合と話し合いながら、農産物の洗浄や保育所での子どもの昼寝見守り、認知症高齢者の話し相手など、専門性をあまり必要とせず、高齢者の体力でもできることを切り出した。企画した東京大学の辻哲夫客員研究員は「人との対話や事務仕事など、高齢者の方が得意なことも多い。年金をもらっているので、少しばかりの賃金であっても『生きがい』や『社会とのつながり』を魅力と感じる」と指摘する。1つの業務を複数人で行い、適度な負担で仲間づくりも楽しめる。

 中でも、植木の剪定は、一般家庭などを対象に年間120~130件こなし、地域の新しい担い手となっている。東京大学によるセミナー受講者らで構成する団体「SLFガーデンサポート」(以下、SLF)が植木に興味のある高齢者を募り、実習で技術を習得させた。講師は、趣味が高じて〝プロ級〟の腕前を持つ高齢者が務める。

 SLFは仕事と高齢者のマッチングにウェブアプリ「GBER(ジーバー)」を活用する。「カレンダー」「地図」「Q&A」の3つの機能を備え、高齢者はカレンダー上に参加できる日時を登録し、SLFが参加できる人員を見て仕事を受注、仕事場所を地図で示しながら高齢者に参加の可否を募る。6年間参加を続ける芳岡恒雄さん(74歳)は「ピアノ教室やテニスクラブ、展示会や講座への参加と、他の楽しみと折り合いながら参加できる」とメリットを語る。

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GBERでは、カレンダー(左)と地図(中央)、Q&A(右)の機能を使いながら隙間時間に就労できる(ATSUSHI HIYAMA)

 GBERは、ボランティア活動や生涯学習教室も想定している。アプリ開発者の東京大学先端科学技術研究センターの檜山敦特任准教授は「高齢者と、地域の全てのニーズをマッチングするものにしたい」と話す。熊本県や東京都世田谷区でも導入を進める。

 ただ、アプリ活用には人の手が必要だ。SLFの坂東明彦会長は「人数が増えれば工夫が必要。植木の剪定能力や住んでいる場所、会員同士の仲といったものを考慮して作業日を選び仕事を受注し、参加者を募集している。会員の顔が見えない規模になれば、さらなる工夫が求められる」と話す。

 シニア向け人材サイトを運営するジーニアスの三上俊輔社長は「『社会貢献』と言っても、事業として黒字化しながら仕事も取ってこないと、持続性がなくなってしまう」と指摘する。公的機関であるハローワークが担うとしても、「隙間時間の仕事といった求人の切り出しをしながら、企業と高齢者が相互にアクセスできる環境作りなどの転換も図っていかなければならない」と話す。

 高齢者が活躍しながら地域社会を支え、健康促進で医療・介護費の抑制にもつなげる。本パートで紹介した様々な取り組みを日本社会全体に広げていくためには課題もあるだろう。だが、高齢者が退職後も生き生きと元気に暮らしていくには、人間として求められる「出番」と「居場所」が必要であることは間違いない。

出典:Wedge 2021年5月号

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