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「バスに乗り遅れるな」は禁物 再び石油危機が起こる日|【特集】脱炭素って安易に語るな[PART-5]

地球温暖化に異常気象……。気候変動対策が必要なことは論を俟たない。だが、「脱炭素」という誰からも異論の出にくい美しい理念に振り回され、実現に向けた課題やリスクから目を背けてはいないか。世界が急速に「脱炭素」に舵を切る今、資源小国・日本が持つべき視点ととるべき道を提言する。

11月号ヘッダー画像(500×1280)

文・大場紀章(Noriaki Oba)
ポスト石油戦略研究所代表
2008年京都大学大学院理学研究科博士後期課程を単位取得退学。エネルギー・環境分野の調査研究を行うシンクタンク・テクノバに入社。15年よりフリーとなり、21年より現職。株式会社JDSCフェローなども務める。

脱炭素が進めば石油が不要になるわけではない。石油に依存した状況はまだまだ続く。だが足元では、上流開発投資が激減し、安定供給が脅かされつつある。

 最近の日本のエネルギー問題を巡る議論の多くは、「脱炭素をいかに実現すべきか」「脱炭素のためには再エネか? 原発か?」など、脱炭素に軸足が置かれている。脱炭素は「戻ることのない世界のトレンド」で、日本もコミットしている国際公約であり、その実現のハードルの高さを考えれば、脱炭素が議論の中心になるのは当然のことではある。

 しかし、こうした議論の中ですっぽりと抜け落ちてしまっている重大な問題がある。それは、化石燃料供給、特に「石油供給」の問題である。

 石油の問題は日本ではなぜか関心が持たれにくい。原油価格が高騰し、現在ではガソリン価格も相当上がっているにもかかわらず、ほとんど話題になることはない。多くの日本人にとっての石油とは、太平洋戦争突入の理由の一つであり、石油ショックでパニックになったことを想起させるなど、実はセンシティブなテーマである。

 しかし同時に、「過度に危機を煽るのは良くない」「いずれ石油は枯渇すると散々言われたが、結局何の問題もなかった」とのイメージを抱いている人がいるようだ。特に、年配の方ほど、こうした傾向が強いと言える。事実、筆者はこれまで石油問題に関する本の企画を何度か出版社に提案してきたが、若手担当者のOKはもらえても、上層部が出席する企画会議になると「石油の話は売れない」と、却下されるということを繰り返してきた。このような背景からか、日本では石油の話題は正面から扱われにくいという社会的傾向があるように思われる。

 また、脱炭素とは石油の使用を減らすことを意味しているので、脱炭素の文脈の中ではきちんと議論の中に入っていて、見過ごされているわけではないと思われる読者がいるかもしれない。しかし、そこに〝盲点〟がある。現在の脱炭素というトレンドが、従来の温暖化政策と決定的に異なるのは、化石燃料の上流投資をも規制しようとしていること(いわゆるESG〈環境・社会・企業統治〉投資)にある。

 従来の温暖化政策では、再生可能エネルギーの導入や省エネによって化石燃料の需要を削減するところに主眼があった。しかし、現在では石油や天然ガスなどの化石燃料の上流開発、つまり供給そのものを削減すべき対象としている。この違いは、地味ではあるが非常に大きく、温暖化政策の枠組みのパラダイムシフトと言えるものだ。

激減した上流開発投資
原因は脱炭素か?

 日本のエネルギー政策において、化石燃料の安定供給という問題は、エネルギー安全保障上重要なテーマであり続けてきた。日本は国内に化石資源がほぼないため、

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