見出し画像

その通説は正しいのか? 漁業のギモンにお答えします|【特集】魚も漁師も消えゆく日本 復活の方法はこれしかない[Column1]

四方を海に囲まれ、好漁場にも恵まれた日本。かつては、世界に冠たる水産大国だった。しかし日本の食卓を彩った魚は不漁が相次いでいる。魚の資源量が減少し続けているからだ。2020年12月、70年ぶりに漁業法が改正され、日本の漁業は「持続可能」を目指すべく舵を切ったかに見える。だが、日本の海が抱える問題は多い。突破口はあるのか。

文・片野 歩(Ayumu Katano)
水産会社社員
20年以上毎年北欧諸国に通い、検品・買付交渉を続けてきた。2015年、水産物の持続可能性を議論する国際会議「シーフードサミット」で日本人初の政策提言部門最優秀賞を受賞。著書に『日本の漁業が崩壊する本当の理由』(ウェッジ)ほか。

Q1 不漁の原因は海水温の上昇など気候変動があるではないのでしょうか?

A 気象庁がまとめた過去100年の海水温の変化を見ると、海水温の上昇は日本近海に限らない「世界共通の現象」であり、日本だけが不漁であることの説明がつきません。日本列島のある北太平洋(プラス0.55℃)より、多くの魚種が持続的な資源状態にある北大西洋(プラス0.64℃)の方が、上昇幅はむしろ大きいのです。

 もちろん影響を受けないわけではなく、日本(北太平洋)では、イカナゴ、シシャモ、マダラなどが次々に激減しています。一方で資源管理ができているノルウェー(北大西洋)などでは、これらの魚種の資源状態はいずれも豊富です。海水温の変動は資源量に影響を与えますが、なぜ日本の海ばかり魚が消えるのでしょうか?

 気候変動に不漁の原因を全て帰結させるのではなく、他の海域の水温の変化や水産資源の状態の変化、また資源管理の方法や状況を踏まえ、総合的に判断する必要があります。

Q2 不漁の原因は外国船による乱獲なのではないでしょうか?

A たとえばサケ、ハタハタ、イカナゴ、シシャモなど、主な漁場が日本の排他的経済水域(EEZ)内にしかない魚の場合、当然ながら漁獲するのは日本だけです。外国のせいにはできません。

 回遊魚だとどうでしょうか。記録的不漁が報じられるサンマの場合は、日本のEEZのはるか沖合を回遊する魚です。近年では、回遊ルートの変化により日本漁船が主漁場としてきた日本のEEZへ回遊するサンマは激減しており、漁獲量では公海上で漁獲する中国や台湾が日本を上回っています。公海上では「公海自由の原則」があります。

 公海上での漁獲を規制するには、北太平洋漁業委員会(NPFC)のような国際機関で、科学的根拠に基づき、関係国と国別の漁獲枠を設定するしかありません。日本がまずは資源管理に舵を切って、模範を示すべきなのです。

Q3 不漁の原因は鯨が影響しているのではないのでしょうか?

A 鯨が大量の魚を食べることは確かです。しかし国際捕鯨委員会(IWC)のデータによれば、統計年にバラつきがあり、種類も全て同じではないため単純比較はできませんが、鯨の生息数は北太平洋よりもむしろ北大西洋の方がかなり多いのです。「鯨のせいで魚が減った」とするならば、鯨の好物であるカラフトシシャモなどを含む北大西洋の多くの魚種で資源状態が良好であることの説明がつきません。

Q4 瀬戸内海のイカナゴが獲れなくなったのは、水がきれいになりすぎたから?

A 厳しい排水規制によって海中の栄養塩(窒素、リン)が減少したことが、イカナゴの不漁の原因との説があります。しかし、排水規制が原因ならば、江戸時代にイカナゴは獲れなかったのでしょうか? イカナゴの漁獲量は瀬戸内海に限らず全国で、たとえば排水の影響が少ない北海道の宗谷海峡でも激減しています。大きな要因の一つに獲りすぎがあるのは確実でしょう。ちなみに水がきれいなノルウェーでは、大量にイカナゴが漁獲されています。

Q5 秋田県のハタハタは資源管理の成功例ではないのですか?

A 1992年から3年間の禁漁によって資源が回復したと評価される場合があります。91年の漁獲量が70㌧だったのに対し、2004年には3258㌧まで回復しました。ただ1968年の漁獲量は2万㌧でした。資源が豊富な時期も含めて比較してこそ、資源管理の成否は評価できます。

 2020年の漁獲量は約400㌧となり、21年も「記録的不漁」と報道されています。秋田県では従来、消化しきれないハタハタの漁獲枠が設定されたり、枠を超えても漁獲が続けられたりすることがありましたが、昨年、漁獲枠を撤廃し、漁獲日数を制限することとなりました。このように漁期の設定などで管理する方法を「入口規制」と呼びます。一方、漁獲枠などで数量管理する方法を「出口規制」と呼びます。重要なのは出口規制であり、世界で入口規制のみで、持続的に水産資源を管理できている例は、筆者の知る限りほぼ存在しません。科学的根拠に基づく漁獲枠を設定し、資源管理を行うべきです。


Terminology
持続可能な漁業の専門用語集

IQ (Individual Quota:個別割当制度)
TACを各漁業者に配分し、その年に漁獲可能な枠を設定する制度
漁獲量を増やすことによる利益より、限られた漁獲枠の中で魚の品質向上やコスト削減などにより利益を生みつつ、漁獲量を抑制し、水産資源を持続可能にすることを目指す。枠の譲渡はできない。

ITQ (Individual Transferable Quota:譲渡可能個別割当制度)
個人に割り振られた漁獲枠の売買を容認する制度

アイスランドやニュージーランドなどで実施されている。漁獲枠をまとめれば効率化し収益性を高めることができる。枠の所持率に上限を設ければ寡占化は防げる。

IVQ (Individual Vessel Quota:漁船別個別割当制度)
漁獲枠を漁業者ごとではなく漁船ごとに割り振る制度

ノルウェーなどで実施されている。漁獲枠を追加で手に入れるには漁船ごと購入する必要がある。

MSY (Maximum Sustainable Yield:最大持続生産量)
獲りすぎで魚を減らすことなく、長期的に漁獲し続けられる漁獲量の最大

親魚が少なすぎては産まれてくる魚は増えず、魚が多すぎても餌などが足りなくなるため増えない。増加分だけを獲り続ければ減らない。資源量を、多すぎず少なすぎない、自然に増加する最大値(=MSY)に固定すれば、持続的に最大の漁獲を得られる。日本近海の主要な魚の資源量はMSYを大幅に下回っており、SDGsではMSYの水準まで資源量を回復させることが求められている。

ABC (Allowable Biological Catch:生物学的許容漁獲量)
科学的根拠に基づいて決定する、持続的に水産資源を利用できる漁獲量

日本では国立研究開発法人水産研究・教育機構などが行った水産資源の調査などを考慮し決定する。国連海洋法条約では、ABC算定の際にMSYを実現すべきと謳われている。

TAC (Total Allowable Catch:漁獲可能量)
ABCに基づき算出される、その年に漁獲可能な総量

漁業を持続可能にするためにはTACがABCと等しいかそれ以下である必要があるが、日本ではサンマやマアジ、サバ類、スルメイカなどで実際の漁獲量よりTACが大きすぎて、効果がほぼない。

出典:Wedge 2022年3月号

ここから先は

0字
一つひとつの記事をご購入いただくよりも、特集記事のすべてが読める「マガジン」(500円)でご購入いただくほうがお得にご覧いただけます。

四方を海に囲まれ、好漁場にも恵まれた日本。かつては、世界に冠たる水産大国だった。しかし日本の食卓を彩った魚は不漁が相次いでいる。魚の資源量…

いただいたサポートは、今後の取材費などに使わせていただきます。