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ママと私の小競り合い

聞き間違いであってほしいと思ったほど震えた言葉

えっ…
一瞬、何が起こったのかわからなかった。
でも、その言葉の意味が理解できたとき、私が聞きたくて、聞きたくて、聞きたくてたまらなかった言葉だとわかったとき、こんなカウンセリングの理論から外れたことが起こって、私はこれからどうなるんだろうって震えた

あとになって、そんな風に思った自分を笑ってしまう。いいじゃん。叶ったんだから。

でも、この気持ちは大げさではなかった。「いいのか。手に入っちゃって私。」と本気で思った。
私が学んでいるカウンセリングの理論では、子どもの頃に何か望んでいて、それが叶わなくて傷ついたとき、それが心傷となって残ってしまう。その傷が癒されていないと、その傷によって行動や思考が制限されてしまうのだ。そして、もう大人になった今は手に入らないし、必要もないのに、ただただ固執して自分自身を傷つけてしまう。こんな心の傷を「凍った欲求(フローズンニーズ)」という。
典型的な例は、親に「大好きだよ」とストレートに言ってほしかったけれとど、それは叶わなかったという感じかな。その後、どんなにその人のことを「大好きだよ」と言っても、親に言ってほしいので「これではない」と満足しないのだ。
こういうケースの場合、どうしたらいいかっていうと、ただただ「言ってほしかった」と泣くしかない。子どものように泣き続けて、心を癒していくのだ。凍ってしまったものを溶かしていき、新しい評価を生んでいくのだ。
私も受講生にはそう伝えているし、そんなカウンセリングを何度かしている。

が、叶ってしまったのだ。このお正月に。
私が聞きたかった言葉を確かに聞いたのだ。

実家でみた初日の出

私は何のために歌って踊っているのか

歌や踊りそしてお芝居は、私が子供の頃好きだったことで、大人になるにつれてあきらめてしまったことだ。
ひと言でいえば、「才能がない」とあきらめてきたこと。
それがひょんなご縁でお芝居をする機会があり、お芝居からつながって歌や踊りをするようになった。
大好きだからすんなり入り込んでいったわけでもなく、子どもの頃と同じようなコンプレックスが湧き出てきて、その気持ちと折り合いをつけるのもなかなか苦労することだった。
「才能がない」という言葉が頭の中をぐるぐる回って、それを打ち消していくのが大変なのだ。
ずっと「不器用」と言われていたし、体育もそんなに成績がいい方ではない。言われたことをすぐにぱっとできるタイプではないのだ。できないから学校では怒られたし、笑われた。
自分は下手だと思い込んでいるから、あきらめるのは簡単なことなのだ。そもそも、仕事でもないから、そんな苦い思いをわざわざ反すうしなくてもよい…
が、踊っている動画をSNSにアップしたりしていると、「楽しそうだ」というコメントをいただくことが多くなった。そして、自分でも自分の踊っている表情をみると、この人は踊るのが楽しいんだろうなと思う。こんなに好きななら、好きなことをやらせてあげようと決めた。
だから、できなくて落ち込む自分がいても、大丈夫って励ましているのだ。
私は大人だからね。
でも、心のどこかで求めているものがあることはわかっていた。
私は誰に見てほしいのか。わかっていた。なんて言ってほしいのかもわかっていた。
それは母親に、子どもに戻って言うと、ママに見てほしいし、ママに上手だねってほめてほしいのだ。おかあさんどころか、おばあちゃんと言ってもいい年齢でも、心の中では小学生の私がいてそう望んでいる。

泣いている子どもを安心させる

ママにほめてほしかった。
その小さな女の子のつぶやきが、30年以上たって予想もしなかったときにかなったのだ。
お正月に実家に戻っていた時のこと、「歌って聞かせて」という母親が言う。また何か言われると思って最初はスルーしていた。が、歌や踊りはもやは日常生活に組み込まれているので、母の前でかしこまってという感じではなく、いつものとおり家事をしながら歌っていたのだ。それを聞いていた母が、「きれいな声だね。周りのからきれいな声って言われるでしょう」と言った。

「えっ、ママが声がきれいだと言ってくれた」
じわじわと感じるものがある。身体中に「ママがほめてくれている」と伝わったとき、奇跡ではないかと思ったくらい。
「もう手に入らない。これは手に入らなかったと感じ切るしかない」と思っていたことが、いま手に入ったのだ。奇跡だよね。

その日、私は実家から自宅に戻った。帰りのバスで、「よかったね」と私の中の小さな私に言ってみる。泣いていた私に言ってみる。「よかったね。もう安心していいんだよ。あなたのお母さんは、あなたのことをちゃんと見ていてくれるんだよ」。そう声をかけてみた。

小競り合いはもう終わった

人は自分が犠牲になったことをよく覚えている。
人が育っていく過程で、一番身近にいて大好きで、でも一番傷つけてくる相手は、やっぱり親なのだと思う。それは仕方がない。
どんなに人格者であったとしても、すべて子どもの思うように動ける親などいない。それは無理だ。親には親の人生が、子どもには子どもの人生があって、たとえ価値観が似ていたとしても、子どもの理想通りに動くことは不可能だ。
親が傷つけたから、私の人生はこうなったというのは簡単。
私も母を責めていたときがある。
「あのとき、ひどいことを言ったから、私は傷ついた」と責めたことがある。「私が何をしたというの」と母も絶叫して修羅場。
こんなはずじゃなかったのに、ただ聞いてほしかったのに、わかってほしかっのに、だから私の親はダメなんだ。とか、思っていた頃もある。
が、散々責められたあと、「そうでした。私が悪かったです。ごめんなさい」と言える人はそうそういないのではないかな。

そもそも親だって、特別なケースは除いて、子どもを傷つけたくてそうしているわけではない。心の中では何とかしたくて、しあわせになってほしくて言っていることも多いのだ。親が一方的に悪いわけでもない。

こんな風に納得したのはごくごく最近。それからかな…親との関係も少し変わったと思う。私が簡単に傷つかなくなった。
母の言葉で傷ついたのは確かだけど、「で、それがどうした」と自分で思えるようになった。それで、自分の人生にすべてNGを出すなんてもったいない。
これは、私には娘がいるから納得しやすいのかもしれない。彼女は私のことを好きだけれど、彼女のことを傷つけたとも思っている。そして、私はそれを自覚しているところもある。「ごめんね。お母さんに余裕がなかった。」と心から思える。そして、「仕方がないじゃん、私も精いっぱいだったんだよ」と自分自身には言える。(本人に言ったら怒られるけど)
ということは、私の母親も一生懸命に子育てしていただけなのだ。
こんな心の傷のサイクル、知っておくだけで心がラクになる。

2024年のお正月、ずっと続いていた母親との小競り合いに決着がついた。心からそう思った。「きれいな声って言ってくれてありがとうございます。とってもうれしいです。」
私は大きな課題をひとつ終えて、晴れ晴れとした気持ちで歌って踊っている。

私の夢のひとつは、どんな人も自分の人生をのびのびと生きられる社会を作ること。今回のことで、自分の状態がちょっと近づいていることを感じている。

#かなえたい夢



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