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(1)「サービス視点を持つ小売業 / Retail as a Service / RaaS 」(2022年) ナチュラルモノポリー企業の誕生と小売の輪理論



◾️ナチュラルモノポリー企業の誕生

現在、変化をドライブするエネルギーはテクノロジーだ。進化するテクノロジーの中で、ビジネスと消費者、あるいはビジネスとビジネスとの間でコミュニケートされる情報の総量も爆発的に増加している。AIの急激な進化とビジネスへの普及によって、情報の発信者と受信者がAIに置き換えられるという未来がすでにSFではなくなってきた。近未来的には、リアルな人の手を介さずにAI同士のやり取りだけで様々なBtoBあるいはBtoCのトランズアクションが済まされる時代がやってくる。

このようなICTの全社会的な普及(社会インフラ化)、ITやAIの急激な進化はビジネスに多大な影響をもたらせる。注目を集めているのはGAFA と呼ばれる巨大企業群だ。これらの企業が注目されるのはその企業価値の大きさや企業規模だけではない。彼らがビジネスを行うたびに、彼らのサーバーに自動的に蓄積されていく消費者と消費行動に関するデータが、将来のビジネスにおける生き残りをかけた大きな争点となることは確実である。彼らはそれを独占的に活用することができ、そのことによって彼らのビジネスがますます拡大していく仕組みが出来上がっている。

先進的なIT技術の上にビジネスを構築することに成功した企業が、短期間のうちに市場を独占して急成長し、瞬く間に他社を圧倒するような巨大企業となっていく状況を、20年以上も前から予測していたのが「Wired誌」の初代編集長であったケビン・ケリーだ。彼は著書「New Economy 」の中でこうした状況を「ナチュラルモノポリー」と名付けている。ケビン・ケリーは「情報化社会においてテクノロジーがビジネスの主な争点となり、優れたテクノロジーを持つ企業が市場を独占して成長していくことはごく自然なことであり、誰もその成長を止めることはできない。」と語っている。行き着くところまで行くしかない、ということだ。

ナチュラルモノポリーによって生み出された独占企業は、それ以前の工業化社会における独占企業とは異なる特質を持つ。工業化社会における独占企業は、市場における独占的地位を思う存分活用して、商品やサービスの価格を自由にコントロールすることができる。市場を独占することに成功した企業は、企業としての成長と利益の最大化を目指し続けるので、そこで提供される商品やサービスの価格は当然上昇することになる。消費者にとっては、それが市場を独占されることの最大のデメリットである。

ところがインターネットをインフラとする情報化社会におけるナチュラルモノポリー企業が提供する商品やサービスの価格は、逆に低価格化していく傾向を持つ。その結果、大部分の消費者はむしろモノポリー企業から多大な恩恵を受けることになる。さらに将来的には商品やサービスが無償化される場合も少なくない。

一例を挙げれば、グーグルが提供する電子メール、ナビゲーション付きのマップ、検索サービス、YouTube視聴、フェイスブックが提供するSNSやメッセージサービス、インスタグラムによる画像共有など、最初から全て無料である。Amazon.comはプライム会員の支払うわずか月額500円(日本市場での定額料金)で映画がすべて見放題、音楽も聴き放題になった上で、翌日到着の配送料がすべて無料になる。そのうえで商品は他社が太刀打ちできないほどの低価格で販売される。工業化時代の独占企業の場合とは異なり、情報化時代のナチュラルモノポリーは、消費者にとって必ずしも悪いことではない。

◾️ナチュラルモノポリー企業「アマゾンコム」

現代の流通業においてもナチュラルモノポリーは当然存在している。前述したように、その代表的企業は1994年に米国西海岸シアトルに創業されたAmazon.com(アマゾン)である。当初、オンライン書店として取り扱う書籍の数を誇っていた同社は、その後ありとあらゆる分野に品揃えを拡大し成長を続け、今日では約3,860億ドル(2020年)の営業利益と世界中で約130万人を雇用する巨大なグローバル企業に成長している。

アマゾンが流通業におけるナチュラルモノポリー企業であることを疑う人はいないだろう。ここでは顧客サービス向上、顧客満足度アップのための数多くの改善努力が絶えず繰り返されており、その改善のスピードも他の企業を圧倒している。さらに米国においては高級スーパーマーケットチェーンのホールフーズを買収するなど、そのビジネスはeコマースだけにとどまることなく、リアルな店舗を基盤とする流通業に対して計り知れない影響力を及ぼすようになっている。

このことはアマゾンイフェクトと表現され、世界の流通業界における最大の関心事の一つとなっている。それは流通業界の多くの企業が悩んでいる売り上げ不況の原因をアマゾンによる全方面的な市場侵略に求める、とする考え方だ。ナチュラルモノポリー企業となったアマゾンが、流通業界の全ての企業から顧客を奪ってしまうのではないか、という不安が業界を覆っているのである。実際、アマゾンが進出した分野においては分野内の企業の株価が軒並み低下する、と言うような事態も発生しており、アマゾンの影響力には計り知れないものがあることも事実である。

さらに無人店舗Amazon Go(アマゾンゴー)の開発など、最新のテクノロジーを駆使した小売の新業態開発にもアマゾンは熱心である。またスマートスピーカー、ダッシュボタンなどのデバイスを活用した新しいマーケティング手法、ロボティクスを活用した物流システムの合理化、プライムメンバー制度やサブスクリプション型ビジネスの展開などの新しいビジネスモデル、年間1.8兆円を超える巨大予算(2017年)が投じられる研究開発力において同社に並ぶ企業は存在しない。ずば抜けた資金力とパワーを発揮して、新興テクノロジー企業の買収も数多く行っており、将来的にも長期にわたりその地位を守り続けるであろうことが容易に推測される。

アマゾン研究においてあまり語られることがないが、自社企画で製造されるいわゆるプライベートブランド商品の品揃えの急増ぶりは注目に値する。それらは日常消耗品からアパレルに至るまで幅広い商品カテゴリーに渡って存在しており、同社のサービス同様に消費者からの支持も高い。米国で最近行われた調査によれば、消費者がアマゾンのPB(Amazon Basicsなど)に与える評価は5段階で4.3と高評価だ。ちなみに同社が展開するPBの数は2020年すでに100を超えており、2018年の調査と比較して約3倍に拡大されている。(DataWeave/Coresight Research, April 2020)

そして米国において人気の高い高級ナチュラルスーパーマーケット「ホールフーズ」が開発し、消費者の人気を得ていたオーガニックPB食品やオーガニック美容健康(HaBA)関連商品も、企業そのものを買収することでアマゾンのPBとなっている。こうした状況を目の当たりにして、自社の業績不振と将来の不安をアマゾンの販売力に依存して解決しようとする製造業は日々増加しており、ブランドという概念に対してアマゾンが及ぼす影響も見逃せない。

◾️ナチュラルモノポリー時代と「小売の輪理論」

Malcolm P. McNairの提唱する「小売の輪理論 」は流通業において絶え間無く続く業態変化を説明する極めてシンプルな理論である。たとえばある市場で大きなシェアを獲得しているA社の商品流通の仕組み(業態)の中で実現されている商品価格に対して、A社を超える優れた(効率的・合理的な)新業態を開発したB社は、達成されたローコストオペレーションによって、より低い価格で商品を販売できるようになる。その低価格性がマグネットとなりそれまでA社を利用していた顧客も日常的にB社を利用するようになり、やがてA社は市場から退場していく。

このようにB社を利用するようになった顧客だが、利用期間が長くなってくると、B社に対してより多くの「何か」を求め始める。顧客の期待を裏切るわけにいかないB社は、品揃えの幅を広げる、営業時間を伸ばす、店舗網を広げる、サービスを厚くするなど、顧客の求める「何か」を実現し提供できるように努力を続ける。その結果、優れた新業態によって実現されていたはずのローコストオペレーションと低価格も、このような顧客から発せられるたくさんの小さいけれど、達成されなければならないわがままな期待に応えているうちに徐々に崩れていく。当然、商品価格もコスト増を反映して上昇していく。そこに登場するのがC社である。C社はB社を超える画期的な新業態を開発して、C社だけが実現可能なローコストオペレーションを行なっているので、B社よりも低い価格で商品を顧客に販売することができる。やがてB社は顧客の支持を失い、市場から消えていく。

このように新業態の開発によるオペレーション効率化・合理化で実現される価格低下こそが業態進化をドライブさせるエネルギーと考え、流通業内で繰り返される業態の進化・変化を環状的な変化と捉えて説明するのがMalcolm P. McNairによる「小売の輪」理論である。これまでの流通の歴史において、小売の輪理論は常にその有効性を示し続けてきた。今日まで低価格は常に消費者をつき動かす最大の動機として機能しており、小売業態は消費者のわがままによって絶えず進化を続けてきた。では小売の輪理論はアマゾンが主役となったナチュラルモノポリーの時代にも有効であり続けるのだろうか。

彼らはテクノロジーの進化を(時には企業買収などの方法も用いて)素早く徹底的に取り入れ、商品価格の低減化を極限まで追求することで支持を集めてきた企業である。さらにナチュラルモノポリーの特性として、商品やサービスを無料化してしまうようなケースさえあり得る。(前述したように、日本ではアマゾンプライム会員に対して多くの商品が翌日無料配送されている。)また消費者に対する利便性の提供という面においても、商品を購入するという行為をわずかワンクリックで完了するまでに合理化し、オーダー後数時間で商品が宅配される仕組みを作り、すぐに商品を使いたいという顧客のわがままにも応えてきた。定期的に在庫を補給する必要のある商品の場合など、希望する期間と頻度で自動的に商品が家に届けられるサービスも提供されている。

これまで置き去りにされることの多かった遠隔地・僻地などに対しては、そう遠くない将来ドローンが空から商品を届けるというサービスさえも実現させようとしている。顧客満足を最大使命としてそれを実現するアマゾンが与えるメリットを享受する消費者から、はたして「小売の輪」を回し続けるようなエネルギーは生まれてくるのだろうか。ちなみに2021年、米国での全オンライン売上の40%以上がアマゾンによるものとされている。さらにアマゾンプライムに加入する世帯は8,000万世帯を超え、全世帯の約2/3に達すると予想されている。(Insider Intelligence、アマゾン社資料)

→分配の先にある価値

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