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アマゾンはビッグブラザー?

前回、アマゾンは現社会におけるビッグブラザー最有力候補ではないかという僕の疑念を述べた。それなら何よりもまず現地で「直感的に」感じることから始めようと思いたち、現地、つまりシアトルに行ってみた。2019年2月末のことだ。

直感的な感覚などが企業分析の役に立つのか、と言われそうだ。でも企業価値を考える上において、ブランドとしての評価は重大なポイントであり、それはつまり「その企業が市場やユーザーや社会から好まれているか、嫌われているか、なんとも思われていないのか」という差でもある。

ブランドを構成する要素は多々あるが、ブランド価値を決めるのはユーザー・消費者である。ごくごく簡単に言ってしまえば、そのブランドを持つこと使うことで、ユーザーは自分自身をより良い存在と感じられるか、他者に対してより魅力的に自分を見せられるかどうか、それを持つことやそれに関わることで自分が今よりもモテるようになるか、という非常に個人的レベルの判断である。だから「直感」や直接触れて感じることのできる「印象」は何よりも重要なのだ。

シアトルは20年以上前に、インターネットビジネスを研究する日本企業コンソーシアム関連の仕事で、当時まだ4階建てくらいの小さなオフィスビルに入居していた、創業後間もないアマゾンを訪問して以来だ。車の中から見たダウンタウンの街並みのいたるところが工事中でクレーンが動き、その合間にガラス張りの高層ビルがニョキニョキとそびえ立つ風景からは、まさにここがいま発展している街なんだということを実感させられる。それらのビルの多くがアマゾン、あるいはアマゾン関係の企業によって使用されるらしい。

Uberのドライバーは、アマゾンのせいで住居費がどんどん上がっていくことを具体的な数字をあげて嘆くが、彼が口にする数値がどこまで信頼できるかは別にしても、その金額はまだサンフランシスコ・ベイエリアの異常な状況からすればマシと思えるレベルだ。いずれにしてもダウンタウンは活況を呈しており、この地域に巨大なエネルギーが注ぎ込まれている様子は誰の目にも明らかだ。

アマゾン本社ビルに近づくに連れて少々不思議な景色が見えてきた。人口200万超の都市であるシアトルのダウンタウン、つまりビジネス街の中心近くのビル街なのに、犬を連れて歩いている人が妙に多いのだ。アマゾン本社ビル(キャンパスと呼ばれている)に到着すると、その理由が見えてきた。本社前にドーンと存在する巨大なガラス張りジオデシックドームの横に、しっかり整備管理された気持ちのいいドッグパークがあるのだ。

そこには犬を遊ばせる人々がたくさんいるが、彼らの大部分がアマゾンで働く社員なのだ。つまりこのドッグパークは、犬連れで出社してくる社員たちのために、アマゾンが用意した施設ということだ。アメリカで犬は「善の象徴」的存在と言っても過言ではなく、実際、歴代大統領も積極的に家族と愛犬の写真を公開して「犬を可愛がる善良な人間」という印象付けを行っている。ところで、犬を飼っていない唯一の大統領がトランプという事実!笑えます。

ワイアード誌によればアマゾンキャンパス内には(ちょっと信じがたいけれど)4,000匹もの犬が出社しているらしい。ちなみに巻頭写真はアマゾンキャンパス入り口付近の様子。今どきのIT企業では珍しくなくなった愛犬連れで出社OKという状況を超えて、社員の愛犬のためにドッグパークまで用意するという一歩進めた姿勢を目にすると、アマゾンは悪者ビッグブラザーじゃないのかも、、、などと、思わされてしまうのであった。ユーザーとブランドの関係なんて、実はこうしたところからスタートするのだ。

さらにそうした思いをより強くしたのは、本社前にドカーンと並ぶ3つのジオデシックドームだ。ジオデシックドームは思想家で建築家でもあったバックミンスター・フラーの構想による建築物であり、僕が最初にそれを見たのはあの「ホール・アース・カタログ」だった。このドームはバイオスフェアと呼ばれる環境実験のために使われることも多く、実際、アマゾンのドーム(スフィアと呼ばれる)の中では人間の仕事と植物を共存させるためのいろいろな実験が行われているらしい。

ドームの中には誰もが使えるトイレが用意されているが、ここではトイレも一般の公衆トイレと大きく異なっている。すべて個室仕様で男女の区別がないレイアウトで、そこにはドアがたくさん並んでいるだけ。男性女性専用に同じ面積を割り当てるのが一般的なトイレレイアウトだが、混雑してくると女性トイレにはどうしても列ができてしまう。それを回避する方法として、これはすごくいいやり方だ。さらに同行した女性メンバーがこっそり教えてくれたのだが、ドアの近くにはそれとなく女性向けの用品を無料提供してくれるディスペンサーも設置されている。このように隅々まで実によく気配りされてデザインされているのだ。

これだけのものを見せられると、アマゾンは確かにヒューマンスケールを大きく超えた超巨大企業であるけれど、意外に良い企業なんじゃないか、、、と思えてしまう。訪れた人をそんな風に自然に説得してしまう施設はそうたくさんは無い。ブランド体験という観点からも最良の施設のひとつなんじゃないだろうか。アマゾンはビッグブラザー最有力候補ではないか、という僕の疑念を少しクリアにしてくれた一つの体験だった。

(次回につづく)






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