「BTS現象と近未来のエンターテイメントビジネス」
BTSが世界中で社会現象化している。予め断っておくが、私自身このグループに特別な興味は持たないし、ファンでもない。たまたま関わっている勉強会で研究対象となったため、その現状やビジネスについて調べてみると、現在のエンターテイメントビジネスが抱えている課題や近未来が、透けて見えてくるように思われてきた。個人的に大好きな、伝説と言われるロックグループ「グレイトフルデッド」やその革新的なビジネスにも共通するような出来事が、BTSの周辺ではグローバルに起こっている状況も見えてきた。ただし、十分時間をかけて調査しているわけではないので不正確な部分などあるかもしれないが、今後徐々にアップデートしていく予定で、とりあえず現段階で考えていることをまとめてみた。
■Blockbuster / ブロックバスター
ブロックバスターというのはもともとブロックひとつをまるごと吹っ飛ばしてしまうような爆弾を意味する言葉、転じて映画や出版などのエンタメ・ビジネスにおける巨大ヒット作を意味するようになった米国の口語だ。ネット以前、ビデオ全盛の頃の米国にはそれをそのままチェーン名にしたレンタルビデオ店が、全米各都市の1ブロックに1店舗存在するほどに多店舗展開していた。しかしそれもネットの時代に入ると消費者の支持を失い、やがて姿を消してしまった。
いずれにしても、エンタメ業界にとってはブロックバスターなヒットを次々に出すことが最大の目標であり、成功を意味していた。当時、ブロックバスターが生まれる舞台となっていたのはマスメディアである。マスメディアを効果的に活用してブロックバスターを生み出すために、様々な試みが行われていた。たとえばビートルズ。彼らの曲は極端にイントロ部分が短いものが多いが、それはマスメディア、特にラジオでの楽曲の扱われ方を考慮した意図的なもの、というのは有名な話。この時代、ヒット曲はラジオから多く産み出されていた。しかしラジオDJがかっこよく曲紹介をしたあと、えんえんとイントロが続いてしまっては聴衆はシラケてしまう。だから曲紹介が終わるやいなや「♪ It’s been a hard day’s night ♪~~」と歌が始まることがビートルズのラジオ戦略だった。
こうしてラジオから曲が頻繁に流されるようになり、やがてトップ10入りしてTVにも出演し、LPレコードが大量に購入されてエンターテイメントがビジネスとして完結する。しかしヒット曲はやがて必ず飽きられる時が来るので、その前に次のLPが企画され制作され、そのPRのために新発売されるLPに収録される新曲が、おなじみのヒット曲とともに演奏されるコンサートが開かれ、次のLP販売につなげていく。こうした手法が自分たちの音楽文化を求めていたベビーブーマー世代に受け入られて大成功した。その後、メディアはLPレコードからCDへと変わってゆくが、パッケージ音源を販売するという確立されたビジネスモデルに大きな変化が起きることはなく、エンターテイメントビジネスは順調に成長していった。こうした状況がおそらくは2000年頃までは続いていたと思う。ところがそれをインターネットが根底からひっくり返してしまった。
■ロングテールへの期待
インターネットがインフラとして普及しビジネス活用が始まった時、「ロングテール」というアイデアが話題になった。ワイアード誌のクリス・アンダーソンが提唱したもので、アマゾンなどオンライン小売業のビジネスの可能性を説明する際に使われていた。簡単に説明すれば、ネットをコミュニケーションの中心に据えることで限界費用(最小限の取引に必要な費用)が限りなくゼロに近づいていくので、以前はとても採算が取れなかったようなニッチなアイテム、たとえば年に一冊売れるか売れないかというような特別な書籍であっても、利益を確保して販売することも可能になるというもの。このとき販売数量を縦軸、商品を横軸にとって、販売量の多いものを左から順に並べてグラフ化していくと、ちょうど恐竜のボディと長く伸びた尻尾のようになってくる。このグラフの右の恐竜の尻尾の部分、すなわちごくたまにしか売れないニッチな商品群をロングテールと表現した。
リアル店舗においては、売り場面積の物理的な制限によって売れ筋アイテムに集中せざるを得ないが、オンライン通販の場合は、死に筋と呼ばれるような商品であっても品揃え可能であり、それこそがリアルにまさるネットの優位点と考えられた。この頃、リアルな小売業においてはすでに業態的な差別化が困難になっており、結果として価格競争が激化していく状況が顕著であった。同時に豊かさを増していく社会で消費者の嗜好がますます多様化してゆく状況(ニッチマーケットの拡大)にインターネット通販がうまくマッチすることから、近未来の小売形態と考えられ多大な期待を集める結果になった。その後のアマゾンの成長を見れば、この予測が誤りではなかったことがよくわかる。
ロングテールへの増加する期待を象徴するのが「1,000人の忠実なファンを見つける」というアイデア。ワイアード誌の設立者ケビン・ケリーが自身のブログで発表した。いまは売れない芸術家であっても、1,000人の忠実なファンを獲得することができれば、ネットを最大限に活用して活動することで生計を立てられるようになるとしている。ただしそれは芸術家が一人で、自分自身ですべての制作活動を完結しマネージメントも行うことが前提である。その上で、1,000人の忠実なファンとネットを通じてダイレクトに繋がることが重要だ。
芸術家と作品そのものはもちろん重要なファクターだが、それ以上に、ブログ、SNSなどを活用して、ファンを飽きさせることのないように情報と刺激を継続的に発信してファンとダイレクトに繋がり、ロイヤルティを獲得し続けるのだ。1,000人というのはかなり現実的な数字であり、才能と能力のある芸術家ならけっして実現不可能な数字ではない。さらに1,000人の忠実なファンの周辺には「平凡なファン」も幅広く存在するので、こうした継続的な活動が将来的なファン層の拡大にもつながっていく可能性も生じてくる。
■エンタメ・ビジネス革新者としてのグレイトフルデッド
Grateful Dead / グレイトフルデッドは60年代のサンフランシスコベイエリアにおいて生まれ全世界に広まっていったヒッピームーブメントにも強い影響力を持っていた伝説のバンドだ。注目すべきは、彼らの音楽ビジネスがビジネスモデルという点において半世紀先を走っていたことだ。現在音楽ビジネスはデジタル化とストリーミングサービスの急拡大などを原因として、パッケージされた音源の売上に依存する旧来のビジネスモデルから、ライブ活動その他を中核に据えたモデルに移行しつつある。グレイトフルデッドはそれをバンドが誕生した60年代から行ってきた。彼らのアドリブ中心の演奏スタイルがLPレコードやCDなどのメディアに時間的に収まりきれないという事情があるが、それについては本題から離れてしまうのでここではくわしく触れない。
もう一つ、彼らの音楽ビジネスがユニークだったのは、チケット販売からPAシステム開発に至るまですべて自製したこと、そして何よりもライブ会場では当然禁止されている私的な録音行為を奨励していたという点だ。録音を希望するファンのために会場内のもっとも音響の良い場所に「Taper Section」が用意されていた。録音されたカセットテープの売り買いはさすがに禁止されていたものの、会場外ではデッドヘッズと呼ばれるファン同士が「XX年XX月のNYCライブ完全録音」などを交換し合うことがごく普通に行われていた。
録音されたカセットテープは彼らの周辺にいる友人たちにも広がっていき、拡大するヒッピームーブメントの中でファンの輪は次第に大きくなっていく。当初はケビン・ケリーの指摘どおりの1,000人の忠実なファンからスタートしたのだろうが、一部の熱狂的なファンは手染めのタイダイTシャツなどを販売しながら、米国中をツアーするバンドを一年中追いかけて「デッドヘッズ」と呼ばれるようになっていった。しかしやがてファンはバンドとダイレクトに繋がることが可能なサイズを大きく超えてどんどん膨張していった。
それまでせいぜい数千人のオーディトリアム規模であったグレイトフルデッドのライブは、1990年頃になると数万人を収容できるスタジアム規模へと拡大され、全米の都市で頻繁に行われるようになる。それでもチケットを取ることがほぼ不可能という状況が続いていった。さらにはチケットを入手できなかった人が会場の外にまで多数溢れ出すようになり社会問題化していった。実際はその大部分がハメを外して大騒ぎしたいだけのティーンエイジャーと言われている。
このような混乱が続くなか、1995年リードギタリストのジェリー・ガルシアの病死によってバンドは活動を停止する。その50年後の2015年には『Fare Thee Well: Celebrating 50 Years of Grateful Dead』と名付けられたコンサートが開催された。この5回のコンサートの売上は合計5,500万ドル(約60億円)と推測されている。驚くことに60~200ドルであったチケットは再販市場において10万ドルの価格が付けられたと言われている。(グレイトフルデッドの音楽ビジネスに関しては「グレイトフルデッドにマーケティングを学ぶ」という書籍で詳しく語られている。)
■BTSの戦略性
さて世界中で社会現象化しつつ人気を拡大するBTSについての考察。まずエンタメ・ビジネスは2つの要素を持っている。一つはアーティストそのものの才能や魅力、もう一つは売り出すための手法(マーケティング)だ。前者に関しては才能能力と同じくらいに、音楽や外見に対する個人の嗜好性で左右される部分が多いのでここでは触れないことにする。彼らが必要十分な能力を持っていることは確かだと思うが、同程度の才能と能力を備えたアーティストはおそらく世界中に数多く存在する。その中で彼らがグローバルに社会現象化するような人気を得るようになった「何か」があるはずだ。ネイティブな英語力などもその一つかもしれないが、それはグローバルになるための必要条件の一つでしかない。グローバルなビッグヒットが誕生する背後には、能力や才能とともに所属事務所やマネージャーが担う機能が存在していると推測される。
以下はごくごく個人的で確証もない単なる「思いつき」という前置きをした上で、、、ちょうど今この時に米国で大きな人気を得ている大谷選手とBTSがある共通性を持つのではないだろうか。米国においては、著名な男性アーティストやアスリートは、いわゆる「ストリート」的な少し汚れた不良っぽいイメージを持つほうが「クール」とされることが少なくない。ダメージ加工のダボダボファッション、腕や足はタトゥーだらけで耳にはピアスがいくつも刺さり、髪型はドレッドで顔中ひげだらけ、といったスタイルも珍しくない。だが実は世の中には「クリーン」で「いい人」「真面目そうな」若者、つまりナイスガイを好む層も実際はかなりいて、そうした人たちが大谷選手やBTSという才能に溢れたニッチを「発見」したのではないかと思うのだ。
さて、BTSを発見したファンたち(80%が女性)はARMYと呼ばれるファンコミュニティを作り、ちょうどグレイトフルデッドにとってのデッドヘッズのように、彼らに対する想いや彼らの魅力を周囲に広げるための「布教活動」を各地で展開するエバンジェリストとなる。彼女たちはこの無私の布教活動によって自らもある種の社会的な承認欲求を満足させ共感しあえるコミュニティを形成して、そこからエネルギーを得てパワーを増幅し、さらに一層熱心に活動して周囲を次々に巻き込んでいく、という無限増殖サイクルを創り出す。そこには布教のためのバイブルとなりコミュニケートするための「ネタ」が必要になってくるが、BTSサイドでもそれを意識して様々な方法で絶えずネタ情報を提供し続けている。どうもこのあたりにエンタメ・ビジネスにおける成功法則があるように思われる。
■置換効果とグローバルになれない「嵐」
ここで考えてみたいのが、同じような(と言うとBTSファンから叱られるに決まってるけれど、敢えて比較すると)世界展開の可能性を持ちそうな「嵐」について。彼らはアジアの一部でこそ人気を得ているのに、なぜグローバルになれないのだろうか。少なくても社会現象化するほどの状況を創り出してはいない。
言うまでもなく、嵐は日本のエンタメ業界で強大な影響力を誇るジャニーズ事務所に所属するタレントグループである。重要なのは、嵐がジャニーズ事務所の強力なマネージメントと業界に対する影響力のもとで「すでに」大きな売上をあげている先行商品だということ。
ジャニーズ事務所は戦後急激に成長するマスメディアを舞台としてビジネスの基盤を築き、長期に渡って多くの商品(グループ)を育て上げることに成功した結果、日本のエンタメ業界では揺らぐことのない「巨大帝国」を完成させた。それに対してBTSが所属するのは「BIGHIT Music/ ビッグヒット・ミュージック」という2005年創業の新興企業だ。
少しアカデミックに話を展開する。有名な「イノベーションのジレンマ」などに並ぶイノベーション理論のひとつに「Replacement Effect / 置換効果」(スタンフォード大教授ケネス・アロー)がある。
これをごくごく簡単に説明すると・・・いま成熟した市場において100の売上を持つ既存企業と、まだ売上を作っていない新興企業があるとする。新興企業にとっては自らが開発しようとするアイデアや技術が、たとえ市場を根底からひっくり返してしまうようなイノベーションを起こせる可能性が小さいとしても、そこに注力することで既存企業から市場を奪い取ることが、ほとんど唯一開けている成功への道である。それとは正反対に、すでに成功している既存企業にとっては、わざわざ新規投資を行いイノベーションに成功したとしても、すでに獲得している100の売上が置き換わるだけの結果でしかないので、そこに注力するという経営判断は合理的とは言えない。
既存の優良企業は目の前にいる顧客と真摯に向き合い、彼らの意見を聞くことで売上を維持増大することに注力する。それが優良企業として取るべき王道戦略だ。だがイノベーションのジレンマが指摘するように、顧客は自分がまだ知らない未来をイメージしてそこに広がる世界を表現する能力も才能も持たない。ゆえにどれだけ真剣に顧客の声を聞いたとしても、そこから未来をイメージできるようなヒントを既存企業が得ることはない。ごく稀にそうしたヒントが出てきたとしても、そこに大きな投資をすることは危険も多く、決して合理的とは言えない。その間に新興企業はイノベイティブでそれまで誰も試そうとしなかったアイデアをもとにして、新しい手法や技術を開発し既存企業から顧客を奪い取ってしまう。(置換効果)
■チャレンジャー&イノベーターとしてのBTS
以下、前述の視点から、BTSおよびビッグヒット・ミュージックと、嵐およびジャニーズ事務所のケースについて考えてみる。
BTSに関しては各方面で研究されているのでインターネット上に数多くのデータが存在する。ここで参照するのは比較的信頼できると思われる「Chartmasters.org」のもの。同資料(May 21, 2021)によれば、売上のメディア別構成は(曲によって若干異なるが)おおよそ現在の音楽ビジネスの現状をそのまま映し出しており、ストリーミングとダウンロードによるものが半分程度を占めて、アルバムそのものの売上を上回っている。ちなみにここでストリーミングとして分類されているのは、オーディオストリーミング(Spotifyなど)とビデオストリーミング(YouTubeなど)を合算したもの。
発表された一部データを書き出すと、2020年に発売されたアルバム「Map of Soul 7」の場合、Spotify:1,661,097,000、その他のオーディオストリーミング:4,000,219,376、YouTube:2,291,700,000 となっている。面白いのは、これを同社独自の計算式に当てはめてアルバム販売に換算している点で、結果は2,865,753枚(相当)とされている。同サイトでは計算式も表示されているがややこしいのでここでは割愛する。
BTSと正反対なのがジャニーズ事務所と嵐。ジャニーズ事務所はこれまでずっとインターネットとの距離を取り、ネット配信からSNSに至るまでネットにおけるすべての活動を頑なに禁じてきたことで有名だ。特に肖像権に関しては(厳密に言えば当然だが)一般の人がネット上にジャニーズ所属タレントの画像をアップすることはNGとされ、メディアなどの発表の際にもインターネット上にタレント画像がアップされないということが守られてきた。たとえドラマ予告などの出演者情報であっても、ジャニーズ所属のタレントに関しては写真ではなくイラストが使われるほど厳格に管理されてきた。それでも新型コロナウィルスの影響もありライブ活動ができなくなったことも影響したのか、2019年11月ジャニーズの歴史において初めてYouTubeでのライブ配信を行い、同時視聴者は最大77万人と日本記録を更新している。こうした方針変更もBTSを始めとするKPopの勢いを強く意識したものと言われている。
マスメディアを舞台としてライブ活動、パッケージされた音源(CD)、グッズ販売によってすでに大きな売上を獲得していたジャニーズ事務所と嵐にとって、インターネットメディアへの進出はそれまで築き上げてきた土台を、今後崩し始めるきっかけとなる「最初の小さな水漏れ」になりかねず、慎重にならざるを得ない。しかしインターネットはすでにグローバルなメディアであることは紛れもない事実。
旧メディアと旧型エンタメ・ビジネスにおいてすでに十分なものを創り出しているジャニーズ事務所と嵐とは正反対に、BTSにはそこで失うものが何もない上に、世界とダイレクトにつながることのできるインターネットを積極的に活用したエンタメビジネスへの挑戦は、チャレンジャーとして、そしてイノベーターとして当然とるべき戦略であった。さらに「BTS教」を強力にサポートしてくれるエバンジェリスト組織であるARMYは、BTSから大量に供給される弾丸(情報ネタ)をSNSというグラスルーツで扱いやすい手製の武器を使って世界中でゲリラ活動を展開してくれる。勝敗は見えているのだ。
参照資料:https://chartmasters.org/2021/05/bts-albums-and-songs-sales/
■再びブロックバスター化するエンタメ・ビジネス
ハーバード・ビジネススクール(HBS)で Strategic Marketing in Creative Industries というエンタメ・ビジネスを研究する人気講座を持つ、アニータ・エルバース教授はデジタル時代のエンターテイメントビジネスにおいてはロングテールではなく「ブロックバスター戦略」が有望、という反時代的な理論を展開する。
同教授の調査によれば、2007年にiTunesなどでダウンロード(DL)されたシングルトラックは390万曲、そのうち91%がわずか100DL未満で、24%が1DLだった。もしかしたら楽曲をアップした本人あるいは家族がDLしたものかもしれない。一方、100万DLを記録したのは36曲で販売総数の7%を占めていた。2009年には、DLされたシングルトラックは640万曲、そのうち93%が100DL未満、27%は1DL.。100万DLを記録した曲は79曲で販売総数の12%を占めるまでに拡大した。2011年になるとこうした傾向はさらに進み、DLされたシングルトラックは800万曲、そのうち94%は100DL未満、32%は1DL。100万DLを記録したのは120曲で、販売総数の15%となった。そしてこの年、DLされた800万曲のうちの0.0001%が販売総数の1/6を占めている。
ここから2つの現象が見えてくる。ひとつはネットビジネスで期待された通りのロングテールが出現していること。そしてこのロングテールは右方向にどんどん伸びていく様相を示している。ところが現実に即して計算してみると、ケビン・ケリーが言うような「1000人の忠実なファン」を得られるのはロングテールのかなり左側に位置する一部に限られことがわかる。94%を占める100DLではまったく収入にならない。
ちなみにアップルミュージックの場合、1曲再生されるごとに約0.01円が楽曲提供者の収入とされているが、これではたとえ100万DLされた120曲のひとつになっても10,000円の収入にしかならない。ここにはアーティストの知名度なども契約に関係するとのことで、このような料金体系の不透明さへの批判も強まっている。最近行われた英国BBCによる調査では、アップルミュージック:約0.8円、スポティファイ:約0.27円、YouTube:約0.07円とされている。ただしこれらの支払いは、レーベル、作曲家、アーティストのあいだで分割されるため、最終的にアーティストへ支払われるのはそのうちの平均13%とされている。つまりアップルミュージックの場合、1再生ごとにアーティストに支払われるのは約0.01円ということになる。
これではたとえ1,000人の忠実なファンを獲得できても、ストリーミングの世界で生きていくことは無理だ。もっともネットは純粋にプロモーションの手段と割り切ってしまえば、ライブ活動などからの収益で暮らすことは可能かもしれない。それでもそれが可能なのは、ロングテールのかなり右側に場所を確保できるごく一部のアーティストだけだ。
むしろ明確になってきたのが、ロングテールとは正反対のブロックバスター現象だ。つまりDLされた800万曲の0.0001%である。ネットを単なる売上手段として考えるのではなくプロモーションメディアとして積極的に活用することでブロックバスターなヒットを創り出し、ストリーミング収入に加えて、フィジカルなメディアであるCD販売、グッズ販売、コラボ製品からのライセンス収入、コンサート売上、ファンクラブ会費、など全方向的な経営を行うことが重要になる。これに成功しているのがBTSとビッグヒット・ミュージックだ。その成功は一瞬にしてグローバルに拡大する。
参考資料:https://www.bbc.com/news/entertainment-arts-54551342
■「おまけ」化するエンターテイメントコンテンツ
エンタメ・ビジネスに起こっている忘れてはいけないもう一つの変化はサブスクリプション化だ。ストリーミングサービスなどのサブスクはもちろんだが、なによりも怖いのはアマゾンのエンタメ戦略である。アマゾンは2021年5月に米国の映画製作企業MGMを傘下に収めている。これで同社の持つコンテンツをアマゾンが自由に活用することが可能になった。
アマゾンがプライム会員から得ている定期的な収入は、日本の場合月額わずか500円であるが、世界中に数億人のプライム会員を擁する同社にとってはきわめて重要なビジネスである。ご存知のようにプライムサービスはアマゾンで購入する商品を無償で配送してくれるという価値を会員に提供するが、会員にとってはそれと同じくらいに、付帯サービスとして与えられるアマゾンプライムビデオも「おまけ」つまり無料で得られる価値として重要である。会員が退会しない限り、アマゾンでの購入は継続されるうえに月額会費が入ってくるので、ネット通販という本業同様に「おまけ」の価値を保ちつづけることが求められる。アマゾンのB2C分野で中心となっているネット通販を成長させるためにも「おまけ」価値の増大は重点課題と言える。
このようにエンターテイメントは同社にとってあくまでも「おまけ」に過ぎないので、CDやDVDなど関連メディアが購入されるという可能性はあるにしても、そこから利益を得ようとする動機は小さい。プライム会員が無料でジェームス・ボンドの活躍ぶりを懐かしんで見るだけでアマゾンの目的は達成されている。さらに同社はアマゾンステューディオという独自の制作会社を開設し、そこからすでに多くのオリジナルコンテンツをプライム・ビデオで公開している。そして今後もアマゾンによるエンタメ企業の買収は続く、というのが業界の予想である。
はたしてアマゾンエフェクトがエンターテイメント産業をより良い方向に進化させてくれるのだろうか?
近未来の世界では、エンターテイメントは「おまけ」になってしまうのか?
慎重に見続けていきたい。