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花音とモモのふしぎなぼうけん 第一話「湖のしっぽ」  

柚木一乃 作 安井寿磨子 絵

 
 今日は家族でしおひがりです。
花音(かのん)はリュックをせおって、元気にテーブルのまわりをとびはねています。そのうしろを、しっぽをふってモモがついていきます。
 モモは、花音が生まれるよりも前からこの家にいる大きな犬です。せなかは黒く、おなかは白、大きなひとみの上には茶色のまゆ毛があります。
 花音が生まれると、お父さんがモモに、
「モモは、花音のお姉さんになったんだよ」
と、おしえました。すると、モモは花音の顔をじっと見つめ、わかったというようにしっぽを元気よくふったそうです。そのときから、モモは花音のそばからはなれず、花音が泣いたりけがをしたりしないよう、お世話をしてくれるようになりました。
 はいはいができるようになった花音は、モモの耳をひっぱったりしっぽをつかんだりと、いたずらばかり。寒い日にはモモの大きなおなかの下にもぐりこんで、おひるねをしていたこともあったそうです。モモはそのたび、まゆ毛を下げて、こまったなという顔をしながら、でも、やっぱりいとおしそうに、花音のほほをなめてくれていました。
 花音が小学生になった今も、二人はいつもいっしょです。モモはおばあさんになりましたが、鼻のよくきくことといったらたいしたもので、花音のポケットにかくしてあるおやつはすぐに見つけてしまいますし、ふんふんとにおいをたどって、まいごになった子ねこを見つけたこともあるんです。


「行くわよー」
 お母さんのよぶ声がしました。
 花音とモモは車にとびのると、まどをいっぱいに開けました。出発です。車が町をぬけると、「つりぐ」というかんばんがあちこちに見えてきました。さおやあみがお店の前にずらっとならんでいます。
 そして、角をまがったとたん、わっと潮(しお)のかおりがしました。
 海です!
 お父さんは、ていぼうのところに車をとめました。
「もう少し潮がひいたら、貝がほれるな」
 でも、花音とモモは待ちきれません。車からとびだし、ていぼうをこえ、小さな砂の丘をこえて、波打ちぎわまで走りました。
 ザザーン、ザザーン。
 波が元気よく打ちつけます。
 そのとき、モモがなにかのにおいをかぐように、はなを空高く向けました。そして、しっぽをぴんと立てて花音の方をふりむきます。これはモモの「ついてきて」というあいずです。
 そして、とことこと歩きはじめました。
「モモ、どうしたの?」
 花音が声をかけても、モモはふりむくことなく歩いていきます。こんなこと、はじめてです。なにか気になることでもあるのかしらと花音が思ったとたん、こんどは、とつぜん立ちどまり、それからまっすぐに走りだしました。
 ぐいぐいとリードをひっぱられて、花音もいっしょに走りだします。どんどん走っていくうち、いきがきれて、
「もうだめ!」
思わず目をとじて、しゃがみこんだときです。花音の顔に、ぶわっと熱い風があたりました。どうじに、花音の手からリードがぬけていました。
 おそるおそる目をあけてみると、モモがゆったりとすわって、花音を見つめていました。
 ほっとして、あたりを見わたすと、どっちを見ても砂ばかり。海もたてものも見えません。暑い日ざしがてりつけ、あせがしぜんと流れます。
 花音は近くの丘にのぼってみることにしました。
 ところが、一歩ふみだすごとに、足の下で砂がさらさらとくずれてしまうので、なかなか上にすすめません。ゆっくりゆっくり上がっていきました。
 モモはまるで何度も来たことがあるようなかるい足どりで、ひょいひょいときようにのぼり、こっち、こっちと花音をふりかえります。
 ようやく丘のてっぺんにつきました。
「すごい」
 思わずつぶやきます。
 砂の丘が、はてしなくつづき、熱い風にまいあげられた砂は、ふしぎなもようをえがいています。ついさっきまで聞こえていた波の音も、潮のかおりもしません。 
 花音は目を大きく見開いてあたりを見わたします。
「海はどこにいっちゃったの?」
 それにしても、やけつくような暑さです。
「モモ、のどがかわかない?」
 花音が声をかけますが、モモは太陽の下のほうをじっと見つめています。どうやら遠くでなにかが動いているようです。日ざしがまぶしくてよく見えませんが、何人かの人が大きな動物をつれて、花音たちのほうへ歩いてくるのがわかりました。近づくにつれて、大きな動物がはっきり見えてきます。
 ラクダです!
 男の人たちと小さな女の子がラクダを引いて、やってくるのでした。
 花音のところまで来ると、そのなかから一人の男の人が進みでました。
 そのすがたを見て花音はびっくり。長いかみを二本のみつあみにしているのですが、そのかみの色が、砂ばくにのぼろうとする朝日のように、まっ赤なのです。まるで、ほのおをあみこんだようです。
「なにがおきているの?」
 思わずモモを見ると、モモはゆったりとしっぽをふっています。だいじょうぶといってくれているようで、花音は少し安心しました。
 男の人も花音を見てちょっとおどろいたようでしたが、
「湖を見なかったかな?」
と、きいてきました。
「湖? なんのことですか? ごめんなさい。わたしたち、今どこにいるかもわからないんです」
 花音が答えると、男の人は少しがっかりした顔をしましたが、
「それなら、わたしたちといっしょに来るかい?」
と、いってくれました。
 知らない人についていってはいけないと、花音はわかっています。でも、こんなところでまいごになったらたいへんです。それに、このままここにいては、ひからびてしまいます。
 花音がまよっていると、男の人のうしろに立っていた女の子と目が合いました。二本のみつあみに、きらきらとしたビーズをまきつけた女の子です。女の子は花音にむかって、にかっとわらいました。
 そのえがおを見てほっとした花音は、モモをもう一度ふりかえりました。モモはさっきよりも、もっと元気よくしっぽをふっています。
 花音は、思いきってこの人たちについていくことに決めました。花音が女の子を見つめかえすと、女の子はまた、にかっとわらいました。
「わたし、ニーナ。さっきはなしていたのはわたしのお父さんよ」
 こんどは花音もにかっとわらうと、
「わたしは花音よ。こっちはモモ、わたしのお姉さんよ」
そういった花音の声はがらがらでした。すると、
「これをどうぞ」
ニーナは、なにかの皮でできたふくろのようなものをさしだします。うけとると、なかには水がたぷたぷと入っていました。花音とモモはむちゅうで水を飲みほしました。
 ひといきついて、花音はニーナにたずねます。
「こんな暑いところで、なにをしていたの?」
「わたしたちは、ゆくえふめいになった湖をさがしているの」
「えっ! 湖がゆくえふめい?」
「そうなの、なぜかときどき湖がいなくなってしまうのよ。
ふだんはね、美しい水をたっぷりとたたえた、とても大きな湖でね、まわりには、いくつもの村があるの。わたしたち村人はその水をくんでのんだり、あらいものに使ったりして、湖をたよりにくらしているの。
それなのに湖ったら、ときどき消えてしまうの。きのうまではきちんとそこにいたのに、朝になるといなくなっているんだから。
今も、みんなでさがしまわっているところよ」
 花音はただただおどろいて、ニーナの話に聞きいります。
 ニーナたちは、砂ばくを旅しながら、いろいろなものを買ったり売ったりして、くらしをたてているのだとおしえてくれました。
 でも、急にニーナの声から元気がなくなります。
「広い砂ばくで湖をさがしまわるのは、とてもたいへんなの」
 花音はさっき、なんの気がねもなく飲んだ水のことを思いだして、もうしわけない気持ちでいっぱいになりました。しょんぼりしているうちに、花音はいいことを思いつきました。
「そうだ、モモなら湖を見つけることができるかもしれないわ!」
「えっ、この大きな犬が?」
「モモは、とっても鼻がきくの。どんなにじょうずにおかしをかくしても見つけてしまうし、まいごの子ねこだって見つけたのよ」
 その話を聞いて、ニーナはお父さんをよんできました。
 花音のせつめいを聞いたお父さんは、とてもおどろいているようでしたが、じっとモモを見て言いました。
「モモ、湖をさがしてくれるだろうか?」
 するとモモはまゆをきっと上げて、元気よく「ワン」とへんじをしました。
 さっそく出発したいみんなでしたが、朝から歩きどおしですっかりつかれはて、もう動けません。ふだんはすずしい夜に旅をしているのです。そこで日がくれるのをまつことにしました。
 まっているあいだに、ニーナがくしを持ってきました。ていねいに花音のかみをすき、きように二本のみつあみをあんでくれました。かざりはニーナとおそろいのビーズです。
「さあ、できたわ!」
 ニーナはまた、にかっとわらうと、少しまじめな顔になって話しはじめました。
「花音、きいてくれる? わたしね、旅からかえってくると、いつも湖のほとりにたって、湖にあいさつをしにいくの。『ただいま』って。
そういうとき、湖の水面がふるえて、かすかなひびきが聞こえる時があるの。なにをいっているのかはわからないけれど、湖が歌っているような気がするのよ。
ねえ花音、花音は湖が歌うのを聞いたことある?」
 花音がふしぎそうにしていると、
「きっと、気のせいね」
と、わらいました。それから二人でいろいろな話をしました。


 ようやく、太陽が熱さでとけるみたいに、地平線にしずんでいきました。
 モモはくれゆく空にむかってもういちど「ワン」とほえ、みんなの前に立ってゆっくりと歩きはじめました。
 さえぎるもののない砂ばくに、月の光が長いかげを投げかけ、ラクダに乗った人たちはしずかに進みます。モモは、右に左にと、ていねいににおいをかくにんしながら、まよいなくすすみます。
 明け方が近くなったころです。モモがとつぜん、しっぽをぴんと立てて花音の方をふりかえりました。「ついてきて」のあいずです。モモは足を早めました。
 みんなもいそぎます。
 モモはどんどん足を早めると、ついに一直線に走りだしました。みんなもひっしでついていきます。
 そして、たどりついたのです。
 ほんとうに、大きな大きな湖でした。
 水をまんまんとたたえ、まるい月をうつしています。気がつけば、東の空がほんのりと明るみ、夜が明けかけていました。
 水をちょっぴりしか飲んでいなかったみんなも、花音もモモも、湖に口をつけて、ひたすら水を飲みました。もうこれいじょう飲めないというほど水を飲むと、大人たちはつぎつぎに「ありがとう」といってモモの頭をなで、テントをはって、ねむりにつきました。
 花音は、
「やっぱりモモはすごいね」
というと、モモの首に手をやってだきつき、湖のきしべにこしをおろしました。ニーナもとなりにそっとすわります。
 夜明け前の砂ばくは、ただ静かに広がり、音がすいこまれたように物音ひとつしません。でもしばらくすると、小さなひびきが聞こえてくる気がしました。

 ぷるるん・・・・・・
 ぷる・・・・・・ぷるるん

 湖です。水面がかすかにふるえています。
 花音が耳をすますと、はっきりと聞こえます。

 ぷるるん ぷるるん
 ぷるるんるん
 ぼくのしっぽはぷるるんるん
 しっぽのむくまま
 きのむくまま
 ぼくはしっぽとぷるるんるん

 湖がしずかにハミングしているのでした。
 気づくとニーナもとなりで耳をすましています。二人は顔を見あわせると、うなずきます。花音が小さい声で聞きました。
「湖さん、しっぽってなに?」
 そのとたん、まるでびくっとしたように、水面が小さく波立ち、それからぴたっとしずまりました。ハミングも、もう聞こえません。
 こんどはニーナが、小さいけれどしっかりとした声で、聞きます。
「おどろかないで。わたしは生まれたときからずっと、あなたの水をたよりにくらしているニーナです。あなたがいなくなると、とてもこまってしまうの。
おねがい、どうしてとつぜんいなくなってしまうのか、おしえて」
 さっきよりも、もっとこきざみに水面が波立ち、それからそっとささやくようにへんじが返ってきました。
「あのね、しっぽがぷるぷるっとすると、ぼく、どうしてもじっとしていられなくなって、動きだしちゃうんだ」
 花音もニーナもおどろきのあまり、しばらくへんじもできませんでしたが、また顔を見合わせると、声をそろえてききました。
「しっぽはどこにあるの!?」
 湖は、 
「このちょうど反対がわ。お月さまのしずむほうだよ。 ぼく、きょうはたくさん動いたから、つかれちゃった。もうねむく……て……」
とちゅうまで言いかけて、大きなあくびをするように、湖は水面をしずかに、ゆったりとゆらしました。
 花音とニーナは、あわててたずねます。
「まって、どうしたらしっぽがぷるぷるっとしなくなるの?」
「うーん、しっぽをなにかしっかりしたものに、むすびつけてくれたら……」
「くれたらどうなるの?」
「きっとじっとしていられると、思う……」
 湖はそれきり、しずまりかえってしまいました。
 ニーナと花音はテントにかけこむと、お父さんをおこし、たった今、湖から聞いた話をしました。
 ニーナのお父さんは、さっそく何頭かのラクダを走らせて、湖をさがしているほかの村の人々をよびにやらせました。そして、お父さんを先頭に、のこりのみんなで、こんどはしっぽさがしです。
 白い月が、しずんでいこうとしている方をめざします。
 西へ! 西へ!
 ニーナと花音とモモもいっしょです。
 速足でかけるラクダの背にのって、まだひんやりとする砂ばくをかけぬけます。
「見つけたぞ!」 
 お父さんの声が聞こえ、みんながかけつけます。
「たしかにしっぽがある!」
「おーい。こっちにりっぱなナツメヤシが生えているから、しっぽをしばりつけるのにうってつけだ。みんながそろったら引っぱろう!」
 花音は湖のしっぽがどんなものか、気になって気になってしかたがありません。そっと近よってみると、大人でもかかえきれないほどの太いしっぽが、ほんとうについていました。とうめいで、プルプルしていて、大きなおたまじゃくしのしっぽみたいな形をしています。こっそり花音が指でつつくと、ぷるんと指をはじきます。
 ニーナもつられてつついてみると、湖が小さく波打ちました。きっとくすぐったがっているのです。
 そして、なかまがやってくるまでのあいだ、二人はテントで少しねむることにしました。
 やがて、人のあつまってきた気配に目をさますと、最初の村の人たちがついたところでした。
 それぞれにかたをだいてあいさつをしあうと、まずは湖の水をたっぷりと飲みます。
 そしてまた、べつの村のみんながやってきます。
 日ぐれには、湖のほとりのすべての村人たちがあつまりました。なかには、みつあみを十も二十もつけた人たちもいます。どうも、村ごとにみつあみの数がちがうようです。
 ニーナのお父さんが、一番太いロープをさらによりあわせて、湖のしっぽにまきつけます。
 みんながつれてきた百頭いじょうのラクダが一列になって、ロープにつながれました。
 小さな赤ちゃんをだいたお母さんから、つえをついているおじいさんまで、おおぜいが見まもるなか、ニーナのお父さんが、大声でラクダに合図を送ります。
「そーれ!」
 ラクダたちがせいいっぱいひっぱりますが、湖はなかなか動きません。
 そこで、見ているだけではがまんできなくなった男の人たちも、ロープをつかむと、
「そーれ、そーれ」
かけ声もいさましく引っぱりはじめました。花音たちも近くにかけよります。みんなあせをにじませながら、こきゅうを合わせ、いっしょうけんめい引っぱっています。
 すると、
 ずるり。
 手ごたえがありました。
 ずるり、ずるり。
 ゆっくりですが、たしかに動いています。でも、だんだん男の人もラクダもつかれてきて、ひっぱる力がよわくなりました。
 それを見たニーナが、
「わたしたちもてつだいましょう!」
大きな声でよびかけます。そして、おじいさんもおばあさんも子どもたちもみんないっしょに、力いっぱいロープを引っぱりはじめました。
 ずるずるずるるるー。
 湖が大きくうごきました。
 ところが、あと一歩、しっぽの先がナツメヤシの木にとどきません。
 すると、そのときです。ずっと花音のそばでおうえんしていたモモが走りよると、思いきり、湖のしっぽにかじりついたのです。
 そのとたん、湖が、
「いたい!」
大きく波打つと、もう、すぐそこにあるナツメヤシの木に、しっぽをくるりとまきつけました。
 とつぜんのことに、みんな気がぬけたように、すわりこんでしまいました。
 しばらくして、だれかが「ああ」と小さくいきをもらしました。
 それを聞いて、ひとりまたひとりと立ちあがり、ナツメヤシの木にまきついた湖のしっぽをしずかに見つめます。
 つかれが少しずつ、よろこびへとかわっていきます。
 もうこれからは、湖をさがしまわる心配がないのです。
 お祭りがはじまりました。
 花音もニーナもみんなと湖にひざまでつかると、水のかけっこをして大さわぎ。このときばかりは、モモまで子犬にかえったようにはしゃいでいます。
 でもそのうち、きのうからほとんどねむっていなかった花音は、うとうとしはじめました。
 いつしか花音はモモにもたれるようにして、ねむってしまいました。
 ぷるるん、ぷるるん、遠く湖のハミングを聞きながら。


  ザザーン、ザザーン
 打ちよせる波の音に、花音が目をさますと、いっしょうけんめいモモが手をなめてくれていました。
 太陽に熱くやかれた砂、キラキラと見える水面。ちょうどいい具合に潮が引いています。
 花音とモモは、お父さんたちの車へと走ります。
 その花音のせなかで、ビーズをまきつけた二本のみつあみが、ぴょんぴょんとはねていました。

柚木一乃(ゆずき いちの)
愛媛県出身。自然保護の仕事に興味があり、北海道大学大学院地球環境科学研究科で、ネズミが土に埋めたドングリをどうやって見つけるのか、虫にかじられた葉っぱはどんな反応をするのかを研究。修士号取得。その後、環境省に入省し、今ある自然を守りながら、失われた自然をどうやって取り戻すかなど、自然保護の仕事に従事していたが、体調を崩し辞職。児童文学ファンタジー大賞奨励賞受賞をきっかけに、現在執筆活動中。趣味は手芸。愛犬の名前はもも。

安井寿磨子(やすい すまこ)
1959年大阪に生まれる。大阪芸術大学美術科卒業。版画家。銅版画集に『鰭の痕跡』『柔らかな春の海』など。装画も多く手がける。子どもの本に『まめじかカンチルの冒険』『ミツバチだいすき』『ほじょりん工場のすまこちゃん』(以上、福音館書店)など。『ほじょりん工場のすまこちゃん』の舞台となった安井製作所が実家。大阪芸術大学美術科教授。


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