生きること以外何事も続かない。 時折生きることすらやめたくなることもある。 そんなしょうもない人間なので いつまで続くか分からないけど ほぼ日noteをはじめることにした。 記憶にも残らない日々も 綺麗事にして記録しておけば 何かの役に立つかもしれない。と、思って。 あまり期待せず応援して頂ければ。 では。また明日か明後日にでも。
「ドヤ街」という言葉すらも知らない 無知な自分は無知故にそこに辿り着く。 短期滞在を目的とした安下宿を探して 知らず知らず貧民街へ引き寄せられた。 宿泊施設の予約サイトから探し当てた やや古びた格安のホテルではあったが 客室の写真は清潔感もあって悪くない。 カプセルホテル程の価格にも関わらず テレビや冷暖房も完備の個室だと言う。 直前で予約をしたということもあって 自分が予約をすると満室表示になった。 最寄り駅からも近くて設備も悪くない それで格安というから当たり前
しばらく遠ざかっていたせいか 随分仕様が変わったように思う。 もう慣れ親しんだものではなく まったく知らないもののようだ。 きっと些細な変化の繰り返しが 何度も何度も行われたのだろう。 日進月歩の些細な情報更新なら 徐々に馴染んでいくのだろうが 数年間の空白というのは大きい。 新機能の数々に圧倒されながら 少しずつ試していきたいところ。 懐かしさと新しさを肌で感じて 戸惑う深夜のぼやき。おやすみ。
また新年を迎えたらしい。 皆さまお元気でしょうか。 こちらは相変わらずです。 昨年は激動の一年でした。 一昨年から長引いていた 厄介事も無事に解消して なんだかんだやってます。 なんだかいろいろあった。 実に「いろいろ」だった。 そのいろいろを終えても なかなか疲労感が抜けず 無意味な時間を過ごした。 生産性のない会話にある 「くだらなさ」にも似た 無意味で有意義な日々も それはそれで悪くはない。 善くはないが悪くもない 宙ぶらりんの連続だって 悪くはないが善くは
年明け頃から復帰の見込み。
最新の電子機器は適宜活用しているが それでもここ数年の電子飛躍は著しく あらゆる業務が次々に更新されていく。 不慣れな作業をやっと覚えたと思うと すぐさま新しい機器が導入されていく。 これが時代の流れなのだと言い聞かせ 一心不乱に食らいついていこうとして 革命派と保守派に板挟まれたりもする。 変わることも変わらないこともきっと とても勇気のいることだと自分は思う。 変わることを選んだ度胸も素晴らしい。 変わらないことを貫いた信念も素敵だ。 もしその瞬間瞬間に立ち会え
一ヶ月もの間お休みをしていたらしい。 ほぼ日としてゆるりとはじめたものの 染み付いた三日坊主感は拭えなかった。 一度途切れてしまうと二度目三度目は すんなりサボれてしまうから恐ろしい。 決して嫌いになったわけではないのに 今さら沈黙を破るきっかけも掴めずに たたぼんやりと時間だけが過ぎていた。 昨晩思い立って再開を口走ったところ 楽しみにしていましたとコメント頂き 柄にもなく救われたりしたんだよなあ。 お世辞でも社交辞令でもなんでもいい。 それはきっと立派な正義なの
再開しようと思います。
忙しいことを言い訳にして ここを遠ざかること早幾日 書かないことが日常になり 一瞬にして書けなくなった 以前は暇を見つけては書き 暇を潰すように読み漁った それが今では頭の片隅にも 書くことや読むことがない これはいかんとは思わない 現実世界に没頭していると 非現実がどうでもよくなる まさにその典型ではないか 少し寂しい気はするけれど 両立するほど器用ではない でも決して辞めたりしない 細々と細々と続けていたい 誰の為でもなく自分の為に
休みなく活動しているので 多忙と言えば多忙ではある。 しかし繁忙期と呼べるほど 繁忙ではない。はずなのに。 まだ真っ昼間だというのに 眠気に襲われていたりして 年々体力がなくなっている。 まあ無理する必要もないが 無理できない身体になった。 寝ても数時間で目が覚めて 長時間ぐっすり寝ることも 最近はままならなくなった。 なんとなく気だるい感じが 延々と染み付いていくよう。 そうして老いは日常化する。
巷では金木犀の知らせが続く。 今の道のりには咲かないので 秋に乗り遅れたみたいに思う。 体感としては夏に戻っていて うっかり寝汗をかいたりして 秋は遠くに行ってしまったと すっかり思い込んでいたのに もう世間には秋が来たらしい。 また。自分だけ取り残される。 食欲の秋には関心がなくなり 最近は食への意識が遠退いた。 心身ともに疲弊しきっている。 花屋で花を買おう。花はいい。 理由もなく元気にしてくれる。
しばらくの間 隔日投稿にさせていただきます。
我に返った時には既に 24時を超えてしまって 連続投稿記録が破れた。 忙しい時期だとしても 簡単な記事や呟きなど 何かを投稿してきたが まるっきり忘れていた。 頭の片隅にさえ過らず 一日を終えてしまった。 今までも何度かあるが まあそこそこ落ち込む。 今日からまたふりだし。
またやっちまった。
1.愛着の心をいだいてあとを追う。 「母を―・って三千里」。 恋しく思って(心の中で)追い求める。 「故国を―」 2.人の徳や学問・技量を敬い、これにならおうとする。 「徳を―・って集まる」 敬語や呼称について不快に感じる境界線は 相手の感情がもたらすものだと思っている。 そんな形式ばったものに囚われてるうちは まだまだ尖りが抜けていない証拠だと思う。 言葉や外見は何かを包容してる気がするが それは自分が武装してるせいかもしれない。 尖って尖って尖り散らかして守る生き
全人類に謝罪したい気分だ。 むしろ植物にさえ謝りたい。 もちろん自分が有能だとは これっぽちも思ってないが あまりにも無能で動揺する。 誰も責めないときに限って 物凄く責められた気になる。 誰も責めないということは 誰にも救えないのだと思う。 誰に咎められることもなく 静かに内省する無口な夜を もう何度繰り返したことか。 この闇に溶けてしまいたい。 それでも朝が来てしまえば 闇夜のままではいられない。 朝があってよかったと思う。