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【ショートショート】一人で酒をのむ青年

はじめに
 本日から不定期ですが、オリジナルのショートショートの投稿を始めました。
 中学生から高校生にかけてとてもハマった〈ショートショートの神様〉星新一氏へのオマージュで、1つ目の本作の舞台を〈ボッコちゃん〉と同じ、とあるバーとし、この作品集であるマガジンのタイトルを〈ボッコちゃんの孫たち〉としました。皆さんがボッコちゃんを読んでいることが前提でお話しています。
 noteを始めていろいろと書いているうちに、10代の頃コクヨのノートブックに、私も星氏のショートショートをマネて書き溜めていたことを思い出しました。残念ながら、そのノートブックの行方はわからなくなってしまったのですが、あのときのようにもう一度書くことを楽しみたくてチャレンジします。
 皆さんには広い心で読んでくださるとうれしいです。どうぞよろしくお願いいたします。

 その夜、バーの明かりは遅くまで灯っていて、多くの客で賑わっていた。
 日本はようやく景気を取り戻し、たくさんの会社が従業員たちに夏のボーナスを配った。長らく停滞していた経済を回せと日本銀行は金利を引き上げ、デパートでは様々な名目でバーゲンセールを行っていた。
 どの飲食店でも、人びとは飲めや歌えと大いに盛り上がっていた。みんな自分たちが楽しむことに精いっぱいだった。

 客のほとんどが誰かと一緒だったが、そのバーのカウンターの端に腰掛けていた青年は、たった一人で静かにウイスキーを飲んでいた。
 青年は髪を短く整え目鼻立ちがよく、清潔感のある白い半そでのカッターシャツに濃紺のスラックスを穿いていた。なかなか人目を惹く風貌だったが、誰かと待ち合わせているわけでもなくずっと一人だった。

 バーはとても繁盛していて客らはひっきりなしに酒を注文するので、マスターはその青年に構っていられなかった。
 青年は状況をよく心得ていて、最初からウイスキーをボトルごと注文していて、チェイサーのグラスとたっぷりの水の入ったピッチャーを用意してもらっていた。
 青年はストレートウイスキーをちびちびと舐めていた。賑やかな客らのことは気にせず、マスターやウエイターのサービスが行き届いてないことも、まったく気にしていなかった。

 そこへひどく酔っぱらった若い女性が、千鳥足で飛び込んできた。別段特徴のある顔立ちではなかったが、身ぎれいにしていた。
 もう十分酒を飲んでいるように見えたが、意識はしっかりしていた。女性はカウンターに着く前に赤いハイヒールを履いた足をわずかにくじいたが、倒れることなく青年のそばへ歩み寄り、隣りに座って言った。
「ねえ、私にもそれちょうだい」

 青年は嫌がらなかった。
 マスターは忙し過ぎて、女性が既に酔っていることなど気に留めなかったし、好都合とばかりに女性の目の前に氷を入れたウイスキーグラスだけ差し出した。

「一緒に飲みましょう」と女性は青年に向かって声をかけたが、青年は女性に微笑みかけただけだった。
「シャイなのね」と女性は言った。
「シャイじゃないですよ」
「あら、お話ができるのね」
「もちろんお話くらいできますよ」
「名前は?」
「さあ、名前は何でしょう」
「言いたくないなら、まあいいわ。このウイスキー美味しいわね」
「このウイスキーは美味しいですよ」
「いつも一人で飲んでいるの?」
「いつも一人で飲んでいますね」
「この辺に住んでるの?」
「この辺に住んでいますよ」

 女性は質問を繰り返したが、青年はオウム返しとしか言えない答えばかりしていた。
 女性はしびれを切らせて言った。
「ねえ、今夜あなたの家に泊めてくれない?私、男に振られて行くところがないのよ」
「・・・」
「ねえ・・・、私いいのよ・・・」
 女性はヤケになっていて、青年と関係を持ってもいいと思っていた。

「いいですよ、泊めましょう」

 女性は酔い潰れてしまった。何時間寝ていたのかわからなかった。着衣の乱れはなかったが、床に直に寝ていたので体が痛かった。
 ひとり目覚めた薄暗い部屋には窓がなく、ゆらーりゆらりと揺れているように感じた。

 その夜も、バーの明かりは遅くまで灯り、多くの客で賑わっていた。
 カウンターの端には、ストレートウイスキーをちびちびと舐めている青年がいた。

あとがき
 この作品が私のスタートライン(今の実力)です。これから少しずつ技術を磨いていき、成長したいです。
 〈星新一氏のウェブサイト〉では〈星新一賞〉募集のリンクがあり、なんと!そこでは子どもたちに向けて、丁寧にショートショートの書き方のヒントが掲載されています。もし、これを読んでくださった方が自分も書いてみたいと関心を持たれたなら、ぜひトライしてみませんか?


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