M-1の“見せ算”で『さや香』にハマった話①

お笑いなんて小学生以来まともに見た記憶のなかった私が、この度さや香にハマった。

きっかけは2023年末のM-1最終決戦。
もともと2022年のファーストラウンドで初めてコンビ名を知り、どこの大企業の営業職でも通用しそうな華のあるスーツ姿の好青年2人が、ゴリゴリの大阪弁で繰り広げる正統派のしゃべくり漫才で爆笑を掻っ攫っているところに、当時は「この2人漫才うま〜」ぐらいの熱量で関心を寄せていた。そして今回の彼らは、当然前回よりもレベルアップした正統派漫才で、見事リベンジを果たすのだろうと思っていた。
実際、2023年ファーストラウンド1本目のネタでは当日の最高得点を叩き出し、難なく1位通過。しかし最終決戦で持ち込んだ2本目のネタ『見せ算』に驚愕。空いた口が塞がらなくなった。
それは立ち位置左・1本目はツッコミだった新山が、四則演算の5つ目として新たに考案した『見せ算』の仕組みをひたすら熱弁し続け、立ち位置右・1本目はボケだった石井が、その独特すぎる計算法にひたすらツッコミを入れ続けるというもの。
え、何これ!?
1本目の感じで行ったら絶対勝ってたやん!!

結果、審査員7名によるファイナルジャッジでは令和ロマンに4票、ヤーレンズに3票が入り、令和ロマンが優勝。最終決戦に進出した3組のうち、1位通過だったはずのさや香には1票も入らず、エンディングでは審査員の山田邦子が「さや香の最後のネタ、全然よくなかった」とサプライズ発言。
誰もが薄々そう感じていたのであろう会場は、エンディングで当日1番かとも思われる大きな爆笑に包まれた。

私はこの予想外の展開に釘付けになり、すぐさま公式YouTubeのM-1打ち上げを見て、彼らの真意を目の当たりにした。そして、またしても絶句する。

千鳥ノブ “すごいことをしたね”
千鳥大悟 “かっこええM-1したなお前ら”
(中略)
さや香新山 “あれありきのM-1やったんで”
さや香石井 “(新山が)あれをしたいっていう…”

#M1打ち上げ by ストロングゼロ 〜打ち上げまでが、M-1だ!〜

なんと彼らは、最終決戦で自分たちの好きな『見せ算』ネタをやりたいがために、決勝戦までをあえていつもの正統派ネタで挑み、想定通り勝ち進んだというのだ。

芸人の道で大成することを志す全ての人にとって、この『M-1グランプリ』という大会がどれほど重要な登竜門であるかということは、そこまでお笑いに精通していない人間からしても、ある程度想像がつく。この大会で優勝するためなら、どれだけ泥水を啜ろうが、血反吐を吐こうが、何年辛い思いをしようが構わないという夢追い人は、この国にごまんといるだろう。
しかし前回惜しくも準優勝となり、その栄光をあと一歩のところで逃す、という苦い経験をしたはずのさや香が最終的に導き出した答えは、“勝てるお笑い”ではなく、“好きなお笑い”で戦うということ。
喉から手が出るほど欲しいはずの優勝トロフィーを前に1度冷静になり、ここはあえて自分たちの信念を貫き通すべきだという発想の転換に至る、“できる大人”の余裕。そんなシビアな思惑は一切表に出さず、持てる力を全てネタに込め、余すことなく発揮できる“プロ”の情熱。そのギャップからどうしようもなく溢れて香る、むせ返るような“漢”の色気。
かつて、こんなエンターテイナーは見たことがない。

アニメキャラやバンドマン、アイドル、俳優、スポーツ選手など、これまでありとあらゆるジャンルで活躍する人々にたびたび熱を注いできた私は、かくして“芸人・さや香”という新たな魅力の扉を開くことになったのである。

につづく

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?