M-1の“見せ算”で『さや香』にハマった話②

※①はこちら

メンバーについてだが、まず新山(写真左)。
背が高くてガタイがよく、変顔でもキメ顔でもカメラ映えするシュッとしたクセのない顔立ちにバカデカい声と身振り。いかにもスクールカースト最上位の人気者で“優秀な遺伝子を持つ強い雄”という感じだ。
さや香のネタを書いているのは全て彼だという。お笑いの世界に入らなくても無敵の人生を歩んだであろう浪速の生粋の陽キャは、一般就職するより何百倍も不安定で険しい芸人という道を選んでもなお、緻密に計算し尽くした笑いで人々の心を絡め取り、夢中にさせてしまう能力に長けていたということだろうか。恐ろしい男である。
そして石井(写真右)。
新山より3学年上の35歳とは思えない目鼻立ちのくっきりした童顔が印象的だが、「ずっと何言うてんねん」「えっぐいわ!」「キモすぎるやろ!」など、口を開けば顔に似合わぬハスキーな低い声がよく響く、ゴリゴリ大阪弁の毒舌兄ちゃん。
基本的に漫才の主導権はすべて新山に握らせているが、新山を敬い慕うようなスタンスかというと、そんな様子は歳の差もあってか一切ない。以前とある番組で新山がネタを書いてくれていることについての感想を聞かれた時は、すっとぼけた表情で「早く新しいのこーへんかな」と答えていた。
天下無双の処世術マスターであるはずの新山を決して簡単には満足させない、世界で唯一無二の存在が彼である。

そんな2人が織りなす漫才は、激しい本物の口喧嘩のように常にテンションの高い展開が特徴だ。お笑いファン初心者からすると、これがいわゆる王道の“コテコテの上方漫才”なのかなという雰囲気を感じる。
さや香は2017年に初めてM-1の決勝に進出しており、当時は新山ボケ・石井ツッコミ担当となっていた。2022年以降はそれが入れ替わり、新山ツッコミ・石井ボケの形が基本となっている。どちらも熱血具合は変わらないが、より大衆ウケが良く広く知られているのは後者だろう。
実際に、2022年のM-1ネタ『免許返納』『男女の友情』を振り返ってみる。
まずは冒頭、石井がそれぞれのトピックスについて、さも常識かのような口調で明らかにおかしなことを言い始める。思わず新山が指摘すると、石井からゴミを見るかのような眼差しとともに、とんでもなくふてぶてしいボケが返ってくる。
そのあまりの横柄さと話の通じなさに困惑し、得意の話術で必死に説得を重ねる新山だが、時間が経つにつれて石井のトンデモ理論にどんどん翻弄されていく。
「免許返納しやんでええって!」「…おとん81?」「…シラフやん」「昼やん!」
そして口論がヒートアップするうちに、今度は新山自身のヤバさや変態性がどんどん浮き彫りになる。
「佐賀は出れるけど入られへん!」「キスって誰とでもできんねん!」
最初は石井にまともなツッコミを入れていたはずの自分の方がよっぽどヤバい人間であることが、あっという間に世間にバレてしまう。
「…いつの間に俺がヤバなった?」
「ハナからお前やろヤバいの!!」

このトリックのように時空の歪んだ不思議な展開と、一見シンプルなしゃべくり漫才のようで実に巧妙な会話の絡繰りが面白くて、とてつもなくクセになる。
漫才の入り口は王道特有のとっつきやすさがあり、ネタが進むと、ただの王道にはないマニアックな笑いの要素が要所に散りばめられていることが、初心者にも分かりやすい。
「初めまして」の観客を前に、たった4分間で全ての力を出し尽くさなければならないM-1という大会において、これほどネタの速効性とタイムパフォーマンスの高い正統派の漫才師はかなり稀だと思う。

ただ①の記事でも少し記載した通り、これらはあくまで大衆向けに作られた“勝てるお笑い”の方。
本当に彼らが世間に認められたいと望む“好きなお笑い”は例の『見せ算』をはじめ、2021年のM-1敗者復活のステージで披露した『からあげ』や、同年開催の単独ライブ『主人公の耳』で披露した『身体』『もやし』のようなネタであるはずだ。
もしさや香が今年のM-1に再び挑戦するのだとしたら、きっとまた決勝のファイナルラウンドまで勝ち進む。その時2本目のネタとしてパワーアップさせて持ち込むのは、一体どちらのタイプのお笑いで、そこには彼らのどんな狙いが込められているのだろうか。
それが今から楽しみでたまらないのと同時に、その期待が今年1年を生き抜くための確かな活力であることが、私にとって何よりありがたい。

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