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重戰騎兵4


 前回。


 記憶がある訳ではないが、自分には縁の薄そうな空間だ。と風間は思った。
 学校の職員室と理科実験室を混ぜたような部屋に改めて案内され、促されるまま、事務用の椅子に座る。
 少し歩いたから、先程の殺風景な部屋とは別の空間だという事は理解していたが、同時に似た構造である事も察していた。
 この部屋には大きな窓があり、その窓が隣の部屋を眺められるようになっている。要するに、別の部屋ではあるが、先程の部屋の向こう側はこうなっていたという事だ。
 「少しは気は済んだか」
 値の張りそうなダークグレーのスーツに長身の男が傍に立つ。座っている風間からすると、尚のこと大きく見える。スーツの上からでもわかる程には筋肉質だが、身長の高さゆえに、細長い印象が強い。
 匂い、空気、気配。どう言えばいいのか。この男が堅気ではないだろう事が伝わってくる。強いて言うならば、風間と同種だ。
 「気が済むってのに、少し、なんて概念があるとは知らなかったよ。目的達成気分スッキリ!ってのが気が済むって事じゃないのか? それで、俺がカザマ。あんたがタキザワだか、タキガワだか言う。それで合ってるかい?」
 「タキガワだ」
 滝川が何かを風間に向かって放り投げる。風間は無意識にそれをキャッチし、掌の中のそれを見た。小さな、単純な構造の鍵である。風間にはそれが未だに自分の手首に付けられたままである、鎖の切れた手錠のものである事がわかった。
 「で。今度こそ説明してもらえるんだろうな」
 風間が手錠を外しながら問う。
 「ご期待に添えるかどうかはわからんが、そこの霧島よりは権限がある」
 背後で作業に勤しむ霧島を、滝川の親指が指し示す。それに気付いた滝川が「ひっ」と笑いとも悲鳴とも返事ともつかない小さな声を出した。
 「じゃ、手っ取り早く教えて貰いたいね」
 外し終えた手錠を近くにあった机に置く。手錠は外せば済むが、この事態を解決する鍵は何だ? 記憶を取り戻せば解決という単純な話でもなさそうだ。それに、どうすれば記憶が戻るなんて明確な方法があるようにも思えない。問題は、元の記憶の持ち主が何をしようとしていたのか。そして、記憶が戻らなければ、今の自分が何をしなければならないのか、だ。
 「俺とお前は特務自衛官。言わば工作員。この国の犬だよ」
 「それは知ってる。あんたもか」

 スパイでも工作員でもエージェントでもいいが、元の風間が何をしようとしていたのかはわからない。しかし、裏切りの可能性を示された以上、記憶を取り戻す事が正しいとは限らないのだ。何しろ、霧島も滝川もこの施設も、すべて敵なのかも知れないのだから。
 「お前はケイの1号、俺はジェイの9号。お前の上司だ」
 KにJ。安易にも程があると風間が唇を歪める。年齢的には、見たところさほど変わらない。全員40に手が届くかどうかという所か。
 「上司ね」
 「正確に言えば、部署が違う。お前は実働部隊で、俺は統括作戦指揮」

 自衛隊や警察官に限らず、キャリア組とノンキャリアで差別化が図られるのはよくある話だ。特務自衛官とやらが自衛隊の枠に入っているのかいないのか。いずれにせよ、自分がノンキャリアで滝川がキャリア組だろう、と風間は唇を歪める。
 「兵隊であるプログラマと、それを動かすシステムエンジニア。もっとも彼の場合は、エンジニア兼プログラマだがね」
 作業を続けながら、霧島が割り込んできた。霧島は先刻より、慌ただしく何かの準備をしているようだ。スタッフに指示を出し、マジックミラーの「向こう」を見ている。
 「何処も人手不足なのさ」
 滝川が苦笑する。滝川が現場を知らないキャリア組でない事は、漂う気配から察せた。そしておそらく、滝川の主戦場は現場だ。少なくともデスクワーク向きの肉体ではない。
 「世知辛い話だ」
 風間がちらりと霧島の方を見る。何の準備をしているのかはわからないが、自分に無関係ではないだろう。
 「この霧島は自衛官じゃない。が、我々と同じ【ゴースト】だ」
 風間の視線に気付いたのか、滝川が告げる。気になっていた単語が再び出てきた。【ゴースト】 霧島の口からも似たような話が出ていた。特務自衛官を含む工作員の総称か、あるいは、工作員をまとめている組織の名前か。
 「ゴーストね。確かに死にかけたとは聞いてるが、死んでいるとはー」
 「いいや。俺達は全員【死んでる】さ」

 風間の言葉を遮るようにして、滝川が告げた。
 「俺が気付いてないだけで、ここは死後の世界かな。ラストで気付くんだ」
 観たのかどうか記憶にもない映画の話でおどける風間。あの映画のオチも知識として備わっているのに、観た記憶はない。
 「ふ。簡単な話さ。俺達は表社会に存在していない人間だからな。戸籍上はもう死んでる」
 「古典スパイ小説かよ」

 工作活動日に都合良く動くためには、法的な制限は少ない方がいい。もっとも、それは表向きの理由でしかない。そもそも表に出ない話だ。本当の目的は、何らかの事情で敵国などに捕らえられるなどの事態に陥っても「当局は一切関知しないからそのつもりで」というものが大きい。
 「そう言うな。特務に就ける人間をゼロから作るのは簡単じゃないのさ。その点、自衛官は忠誠心や愛国心を試し、ゴーストを選抜するのに最適な空間って訳だ」
 警察官、自衛官、医師、その他、ゴーストになる事を選んだ人間の職種は多岐に渡る。やはり多いのは警察官と自衛官だった。結局は調査とスカウトが最も簡単だからだ。
 しかし、全員でもなければ、圧倒的多数でもない。確かに、愛国心や忠誠心はかなり大きなファクターとなる。だが、その真逆もまた存在しているのだ。
 「ソイツは?」
 今度は目線だけで霧島を指し、滝川に問う。
 「霧島は間違いなく天才科学者だが、禁忌実験に手を出して業界から総スカンを食らって、社会的に抹殺された。それで国外逃亡を謀ってたから、国が拾ってゴーストにした。国外にくれてやるには惜しい人材だ」
 警察官や自衛官との対極。それが犯罪者である。
 表に出ないまま処理された危険な事件。その手口の凶悪さや常軌を逸した行動は知られない方が世のためである。
 だからこそ政府は凶悪犯罪を密葬するのだ。犯人もひっそりと処理される。
 しかし、処理するには惜しい才能を持つ犯罪者が、第二の人生としてゴーストを選んでも不思議はないだろう。
 「ココなら研究費は割と出るし、結果さえ出せば禁忌も倫理もない。名誉に興味はないからね」
 霧島がこともなげに言う。
 「とんだマッド・サイエンティストって訳だ」
 確かに、霧島の倫理観は壊れている。しかし、まだまともな部類である事は、狂人呼ばわりした風間にもわかっていた。霧島は極端な合理主義者であり、生粋の狂人や生まれながらにして倫理観が欠如しているタイプではない。
 「とは言え、正直言って、ここの研究に興味はなかったよ。キミが運ばれて来るまではね」
 ゴーストの立場は研究員として、予算と待遇で見ると悪くなかった。倫理にうるさくないのもいい。だが、組織側が求める研究が、霧島にとって面白い訳ではなかった。
 霧島は医師免許も持つ科学者であり、二つの意味でドクターである。そんな霧島は実験で人を殺したい訳でも、殺戮兵器を作りたい訳でもない。
 人体実験はただの近道なのである。ただ研究の為に屍の山が築かれようと構わないだけだ。
 そんな霧島の心を動かした存在。それが風間という特殊すぎる研究材料だ。
 「つまり、俺に改造手術をしたのはあんたじゃない」
 何処まで彼らの話を信じられるかはわからないが、直感的に、霧島が嘘を言っていないであろう事はわかる。組織の望む研究は退屈だったが、新たに担当する事となった風間という存在は、霧島にとって最高の研究材料という訳だ。すなわち、風間が特別な肉体を持っている事に、霧島は関わっていない事になる。
 「爆弾は埋め込んだがね。そして、キミは改造された訳でもない」
 改造手術という意味で言えば、間違いなく風間の身体に爆弾を埋め込んだ人物ではある。しかし、風間がこの肉体になった理由は「改造」ではないと言う。
 「つまり俺は身体を金属化できるミュータントだとでも?」
 コミック雑誌では、人間がスーパーパワーを手にする流れに幾つかのパターンがある。
 死にかけた人間を生かすために改造したか、放射能実験などで突然変異を起こしたか、秘められた力が目覚めるか、力の源になるアイテムを拾うとか、実は普通の人間じゃなかったとかだ。普通じゃないどころか、宇宙人ってパターンもある。
 だが、風間の言葉に、霧島と滝川が微妙な表情を見せた。一瞬ではあるが、二人して何かを言い淀んだ。まさかのビンゴか。風間は唇を歪めたが、程なくして滝川がそれを否定した。
 「いいや。この部屋に来たのはそれを見せるためだ」
 霧島の準備が整ったらしい。滝川に促されるようにして、窓の側に移動する。窓と言うより、マジックミラーである事は明白だ。隣の部屋の様子がはっきり見て取れる。
 「む…」
 マジックミラーの向こうには、先ほど霧島を殴ろうとした部屋の倍ほどの広さがあり、やはり室内には何もない。
 「サンプル・アッシュ、出して」
 霧島が通信機のようなものでスタッフに指示を出すと、部屋の隅からペット用ケージのような箱が押し出された。そして、そのペット用ケージという印象は間違ってはいなかったようだ。
 「犬…?」
 箱の一面が開かれ、中から一目で老犬とわかるような、中型犬が現れたのである。
 見た感じは警備用のロットワイラー犬に近いが、一目で純血種でないとわかる雑種だ。かなりの老犬なのか、精悍さは欠片もない。
 上手に立つ事も出来ないのか、プルプルと小刻みに震えている。箱が開けられた事で広い部屋に気付いて歩き出すが、やはり上手に身体が動かせないようだった。
 「弾丸9mm」
 霧島が何の感情もなく呟いた。
 風間にはそれが9x19mmパラベラム弾か、9mmルガー弾か、あるいは9x19mm NATO弾であるか。いずれにせよ拳銃の弾丸である事は理解できたが、それがどういう意味かを理解する前に銃声が響いた。
 「なッ!?」
 よぼよぼと動いていた犬が、撃たれたのである。撃ったのは、隣の部屋の壁から現れたロボットアーム。
 「続けて」
 霧島の声に、淡々と乾いた銃声が鳴り響いた。センサーで的確に狙いをつけて、反動も計算されているのだろう。ロボットアームとはその銃弾を全て老犬に命中させていた。
 「わかっている事も色々あるが」
 滝川が、無感情に声で言う。
 風間は唇を歪める。
 少なくとも6発の弾丸を受けているはずの老犬は、無傷だった。いや、無傷かどうかはわからないが、撃たれた箇所が鉛色に変化していた。いや。鉛色と言うよりは、鉛そのもの。犬の体毛より表面に、液体のような金属が滲み出て、弾丸を受け止めているのである。
 4発。5発。6発。弾丸が無機質に撃ち込まれるたびに、犬の体内から、どんどんと液体金属が溢れ出てくる。
 7発。8発。9発。ロットワイラーに近かった外見が、全身を滴る液体金属に覆われ、アフガンハウンドのようになっていた。
 そして、この金属の鈍色には見覚えがある。
 「俺はコイツと同種だってか」
 そう。風間の肉体を覆う金属と同種だったのである。
 「同種とも言えるし、違うとも言える。はっきり言える事はーーー」
 手で合図を霧島に送り、滝川が続ける。
 霧島は銃撃を止めさせ、新たな指示を出した。
 「バーナー」
 その指示から2秒後、別の壁から現れたロボットアームから、火炎が放出される。バーバーとは言ったが、炎の色からして火炎放射器に近いタイプだ。
 「高熱と冷気にはめっぽう弱い。800度以上の炎に晒せば簡単に死ぬ」
 滝川の言葉を待つまでもなく、犬はあっという間に炎に包まれ、それでも火炎放射が止む事はなく、暴れていた時間は10秒に満たないであろう。
 炎の塊となった犬は、まもなく動かなくなった。
 動かなくなっても数秒間、炎は止められなかった。気の毒な気がしなくもないが、あの化け物を見た後では、完全な無力化を見届けるまで焼きたくなる気持ちもわかる。
 「冷却して」
 霧島が指示を出す。また別の場所から出たロボットアームから、今度は冷却ガスがスプレーされる。そのガスがプロパンなのかブタンなのかはわからないが、液化ガスが噴出されているようだ。
 「あまり気分のいい見世物じゃないな」
 犬の肉体は黒い炭となって、今度は凍結により白く覆われている。
 「だがよく見ておけ。アレがお前の正体だ。犬は死んでも金属は生きてる」
 その犬の屍から、ゆるゆると流れ出ようとする鉛色の半液体。水銀ほど表面張力はない。どろりとした濃度の高い液体に見える。
 「金属…?」
 あれと同じものが、自分の胎内にいる事を風間は実感せざるを得ない。
 その金属も、スプレーによる冷却で、次第に動きを緩やかに、そして間もなく、完全に動かなくなった。
 「南アルプス山中で発見された、特級のレアメタルだよ」
 組織が把握している限り、この地球上に700kgしか存在していない金属。
 「あの液体金属を俺の体内に流し込んだ?」
 「だったら良かったんだがな」

 そう。霧島は言った。風間は改造された訳ではないと。つまり、おそらくあの犬は意図的に、風間に見せるデモンストレーションとして、殺されるために液体金属を注入されたのだろう。
 だが、風間は違う。風間の肉体は霧島にとっても謎なのである。
 「サンプル・アッシュ。我々はコイツを金属生命体だと認定するに至った」
 「金属生命体ね」

 風間が唇を歪める。生命体を地球の概念で量るならば、これは「動く金属」という事になるだろう。ウイルスのような半生命体でもない。紛れもない金属だ。
 「液体金属で、しかも哺乳類に寄生する悪質なエイリアンさ」
 風間以上に唇を歪め、モルモットを見るような目で、霧島が告げた。


 (´・Д・)」 次回は敵が出せるといいなあ。


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 なお、この先には重要な一文が書かれています。


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(´・Д・)」 文字を書いて生きていく事が、子供の頃からの夢でした。 コロナの影響で自分の店を失う事になり、妙な形で、今更になって文字を飯の種の足しにするとは思いませんでしたが、応援よろしくお願いします。