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重戰騎兵3

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 ICカードか何かが示され、重たく分厚い自動扉が開く。ようやく黒幕とのご対面という訳だ。
 「ようこそ、ヌーディストくん」
 霧島が戯けたゼスチャーを見せる。数メートル先にいると言うのに、霧島の声はスピーカー越しで天井から聴こえる。
 「ご期待に添えなくて悪いな」
 唇を歪めて答える「俺」は、すでに服を着ていた。あの後に現れた警備員風の男から、手術着のような服を渡された。そして、導かれるまま霧島の元へと案内されたのである。
 「そうだな。元ヌーディストくん。ストリーキングは楽しめたかね」
 今突然駆け出して、霧島をぶん殴ってやりたい気持ちはあったが、そうするつもりはない。この状況の鍵となる人物だ。少なくとも「俺」は自分が誰なのかを知らねばならないし、この状況が如何なるものか知る必要もある。それにーーー、いやーーー、わかっていた。
 「おふざけはこの辺にして、この状況がどういう事なのか知りたいんだがな」
 そう言って、両腕に架された手錠を見せる。これも警備員に施された。だが、正直なところ、今の「俺」の力を持ってすれば、この手錠如きは簡単に引きちぎれる。それも、せめて後ろ手に手錠するならまだしも、前面だ。警備員が何もわかっていない素人である事は明白だった。
 「ふン。キミの記憶が本当に失われたとして、じゃあ全てをお話ししますよ、とは行かないのが今の状況なんだよ」
 この霧島という男が、「俺」の力を把握していないとは思えない。手錠はポーズか。あるいは、わざと手錠を引きちぎらせるつもりかも知れない。
 「どういう事だ?」
 「キミの身柄は非常に特殊な立場にあるんだよ」

 霧島が呆れ気味に笑う。典型的な青瓢箪だ。カマキリのように細い身体。それこそ眼付きもカマキリのようだ。丸眼鏡がそれを強調している。身長の高さもヒョロ長さを助長しているようだ。手入れされていないバサついた髪に、洗っていない白衣が性格を表していた。
 「特殊?」
 特殊なのは、この部屋もそうだ。前方と後方の扉以外に何もない。倉庫でない事は明白だった。一面の壁に大きな鏡がある事で察しが付く。
 刑事ドラマでよく見る、取調室だ。問題は、その刑事ドラマをいつ誰と観たのか。その記憶がまるでない事だろう。
 もっとも、この部屋にはドラマに付き物の机とライトさえもないのだが。
 そして「俺」は鏡に写る自分の姿を初めて確認する。
 鏡との距離でハッキリとしないが、身長は絶対に170cmを下回らないであろう巨躯。それも、逆三角形で筋肉質。少々鍛えた、と言うレベルではない。それも、筋肉を付けるために付けた筋肉ではなく、間違いなく「戦える肉体」をしていた。
 顔は男前と言うには足りないが、精悍な顔付きである。太い眉。身体付きの割に削がれた頬。格闘技の一つや二つは経験していそうだ。
 違和感はない。自分の顔だからか。思っていた顔と違うなんて感覚はない。いや、思ってもいないから違和感がないだけか。それでも、声だけは録音物を聴くと違和感を覚えるのだろうか。いずれにせよ、いささかケースが特殊過ぎる。
 「そう。特殊だ。だが、キミが記憶を失っていようと、そのフリをしていたとしても、教えられる事はいくつかある」
 「是非とも御教示願いたいね」

 霧島が勿体つけるように言う。だがおそらく、そうしているのではなく、この霧島の従来の喋り方が芝居がかっているのだ。
 「キミは特務自衛官。わかりやすく言えば、政府と自衛隊の犬だよ」
 特務自衛官。意味はわかるが、聞いた事のない単語だ。もし「俺」がその特務自衛官ならば、知っていて当然の筈である。どうやら本当に見事に「俺」にまつわる記憶だけが綺麗に消されているらしい。
 「なんだ、その特務自衛官ってのは?」
 「ふン。それが演技なのかどうかは知らんが、本来のキミなら知っていて当然の知識だよ」

 「記憶にはないが、名前からすると、CIAだかFBIみたいなモノか?」
 特務自衛官。少なくとも「自衛隊」に関する知識は少なからずある。階級はすべて言えるし、自衛隊の基地が何処にあるかも把握していた。そしてそれはおそらく「一般知識」ではない。「俺」が自衛隊関係者だったとするなら納得のいく話だ。
 「中学生に説明するなら、それで正解だな。もっとわかりやすく言えばスパイだよ。特殊工作員といった方が正しい。表向きには存在していない職業だ」
 要するに国防に関わる汚れ仕事を行う機関だろう。表向きに存在していないと言う以上、破壊工作や暗殺などもその任務に含まれるのだろう。
 「俺は脳天から足の爪先まで国粋主義者ってか」
 この国の政府が、裏でそんな過激な事をやれているとは、むしろ頼もしい話じゃないか。ともすれば馬鹿馬鹿しい妄想のような話を信じられる。記憶こそ失われているが、目覚めてから次々と起こる突拍子もない出来事に、妙に冷静でいられるのも「俺」がその裏側の人間だったからだと言われれば、納得はする。
 「さあね。キミがどんな思想を持って任務に当たっていたのかは知らんし、知りたくもない。だが、課される仕事は基本的に、暗殺や破壊活動、国家のための汚れ仕事だ」
 「暗殺ね」

 答え合わせ有難う。と唇を歪める。馬鹿馬鹿しいまでの荒唐無稽な話だ。ドラマじゃあるまいし。それでもすんなり受け容れられるのは、自分の記憶がないからか。それとも、記憶をなくす前の自分に取って当然だったからか。
 「キミのコードネームはケイの1号」
 「K1号」

 センスがあるのかないのか。ストレート過ぎる二つ名に苦笑する。
 「対テロ密殺部隊だよ。私は担当外だから詳しくは知らんがね」
 「冗談キツいぜ」

 想像するに、対テロ特殊部隊ではない。警察のSAT(スペシャル・アタック・チーム)とは違う。テロリストが武装蜂起してから対応するんじゃない。おそらくは、テロ組織に潜入して、武装蜂起を未然に防ぐのだ。だとすれば成る程、絶対に表に出てはいけない組織だ。
 「私も冗談ならもう少し凝ったモノにしたいね」
 「で。俺は何故記憶を失った? この金属の身体は何だ?」

 一番の問題はそこである。順当に考えるなら、この研究所とやらが、特務の一環として「俺」の身体に「改造手術」でも施したと言う所だろう。そして、その際の副作用的に記憶が失われた。最も筋の通りそうなシナリオだ。
 「聞けば何でも答えがあると思わないで欲しいが、まず、キミに便宜上の名前が必要だ」
 「Kの1号で、ケイイチとでも?」
 「それでも構わんよ、ケイイチくん。キミは記憶がないと言ったが、一体何の記憶がないと言うのだね」

 どうやら「俺」は、自分の名前を訊き損ねたらしい。唇を歪めておどけたフリをする。
 「俺と言う個人の記憶が完全に抜け落ちてる。一般教養的な記憶は人並みにあるっぽいな。それからどうやら、89式5.56mm小銃の扱い方も覚えているらしい」
 問われるまで記憶しているかどうかわからなかったが、少なくとも、89式が自衛隊員の装備である事も、自分がその分解点検まで可能な事は記憶している。それも、知識だけじゃなく、指が覚えている。
 だが見事に、その知識と経験をいつ何処で得たか、その部分だけは欠如しているのだ。
 「ふン。随分と都合のいい記憶喪失だな」
 「まったくだ」
 「そんな都合のいい話を信じろとでも?」

 こればかりは霧島の言葉に賛成するしかなかった。そんなに都合よく自分に関する記憶だけが消えるものなのか。だが、よく言われるような「記憶に靄がかかった」ようなあやふやな感覚はまるでない。記憶がないと言うよりは、「知らないものは知らない」と言うべきだろう。
 突然「ブルキナ・ファソの首都は?」と訊ねられても、知らなければ答えようがない。ちなみにブルキナファソは、西アフリカにある共和制国家で、首都はワガドゥグーである事を「俺」は知っていたが。
 「俺も嘘ならもう少し凝ったモノにしたいね」
 意趣返しを試みるが、霧島の表情は変わらなかった。
 「まあ良かろう。私が知りたいのは、キミの記憶がなくなったかどうかじゃない。キミが私の敵が味方か。それが知りたい」
 「この扱いで味方ってのは図々しい話だな」

 手に嵌められた手錠を見せる。
 「敵である可能性が拭えない以上、当然の扱いだと思うがね」
 「イマイチ話が見えないな。俺が自衛官で、あんたが国の手先なら味方。それで済む話じゃないのか?」

 引っ掛かるのはその点である。
 まだその正体を尋ねてはいないが、先刻、霧島は「自分と同じ【ゴースト】だ」と名乗った。その【ゴースト】が何であるかはともかく、恐らくは「組織名」や「コードネーム」「作戦名」だと推測される。だとすれば、部署は違えど霧島とは同僚と言う事になる。
 確かに、機密情報が絡む以上、記憶喪失の男に話せる内容は限られるかも知れない。しかし、記憶をなくした状態が味方ではないとしても、敵である理由はない。もっとも、霧島に対してはそれなりの敵意を抱いてはいるが。
 「ないんだよ。キミは任務の途中で事故に遭って死に掛けたが、その任務の途中で機密を奪って逃亡しようとした可能性があるんだよ」
 「なにっ!?」

 この時初めて「俺」は大きく動揺した。予想外の展開だった事もある。だが、もし自分が裏切り者だとしたら、ここは完全な敵地ということになる。
 「ようやく事態を把握してくれたかね」
 「俺はてっきり、死に掛けたから改造手術でもして甦ったのかと思ってたんだがな」

 ついでに洗脳に失敗して記憶が消えた、という特撮ヒーローみたいなシナリオだ、と言い掛けた所を、霧島の言葉が防いだ。
 「改造手術ならさせて貰ったよ」
 「なにっ!?」

 思わず声を荒げる。あの金属の身体の事か。それとも記憶の事か。だが、
 「色々と苦労したがね。キミの体内に小型の高性能爆弾を仕込ませて貰った」
 「するってえと」

 唇が大きく歪む。
 「敵だと判明次第、キミは木っ端微塵に吹き飛ぶ」
 霧島が閉じた掌をパッと広げた。
 「やってくれるぜ」
 「しかし私は合理主義者だ。キミが敵だとしても、味方として働いてくれるなら、その間は生かしておいてもいい」

 霧島が事もなげに言い放つ。これまでの霧島の言動から、それが本心である事は容易に想像できた。
 「選択肢はねえってか」
 また、唇が大きく歪む。どうやら「俺」は、逆境に身を置く事がそれほど嫌いではないらしい。
 「キミに記憶がないと言うなら、ただ単に国の為に働くだけさ。記憶があっても味方なら今まで通り。敵だとしても親分を替えるだけ。簡単じゃないか」
 どうにも「俺」には、自分の「裏切り」が信じられなかった。記憶こそないが、自分の性格上、裏切りを選択するようには思えなかったのである。もっとも、記憶をなくす前となくした後の性格が一致するとしての話だ。真実はわからない。
 「幸いな事に、俺は国家って奴の為に働くって事を、それなりに当たり前の事だと思ってるらしい。それに、自分の命も惜しい。記憶もないまま殺されるのは納得できん。だから協力してやる。してやるが」
 そう言いながら「俺」は、難なく手錠を引きちぎり、そこに「それ」が「在る」事を承知で、大きく振りかぶり、霧島に殴りかかった。
 そして、予想通り、金属化した豪腕は「それ」に阻まれた。
 「厚さ15cmの強化アクリルガラスを4枚重ね。水族館より強力だ。いくらキミがバケモノでも、流石にこの障壁は破れんよ」
 恐ろしく透明度の高い強化アクリルガラス。だが、それも60cmの分厚さだ。見えていない訳ではなかった。霧島との会話がスピーカー越しな事でも理解していた。安全を確保して話している事は。
 「なるほどね」
 金属化した拳で殴りつけた部分が、わずかに欠けて、白く濁っていた。確かに、60cmの壁を破るなんて芸当は兵器か重機にしか出来ないだろう。
 「仲良くやろうじゃないか」
 霧島が、愉しそうに嗤う。その笑みは嫌いじゃない。
 「このガラス、確かに防火シャッターよりは硬いな」
 とぼけた声で「俺」は、ガラス全体を見回す。
 「んん?」
 霧島の顔に、初めて動揺の色が見える。その笑みは嫌いじゃない。その笑みを消せるからだ。
 「だが、無傷って訳じゃない。何十回、何百回でも殴れば」
 言うや否や「俺」はひたすら右の拳で、先程と同じ場所を殴り続ける。全力で。
 「ひ、は、馬鹿! 馬鹿かお前は!」
 霧島が焦りを隠さずに喚いた。
 「殴り続ければ壊れる、って足し算が出来るぐらいには利口らしい」
 6発。7発。1度では1ミリ程度しか削り取れなかったが、今は確実に4~5ミリの窪みが出来ている。白く濁った部分は30cm程に及んだ。8発。9発。10発。
 「わかった! わかった! わかったから! 悪かった! 落ち着け! やめろ!」
 喚きながらも、霧島は頭脳を働かせていた。下手にこの部屋を抜け出す方が危険だと理解していたからだ。このガラスがある以上、例え拳が貫けたとしても、あの巨躯をガラスの先に運べる訳ではない。そこまで破壊しようとすれば、数十分は必要だ。
 そして、それは「俺」も理解していた。
 「落ち着いてるさ。あんたをブン殴ればもっと落ち着く」
 脅迫めいた言葉を発しているし、霧島に怒りを向けている事も事実だ。だがそれ以上に、今は自分の力の底を知りたかったのである。
 思いっきり殴った時の破壊力。それを何分続けられるのか。
 そして、自分に利用価値がある以上、霧島はいきなり爆弾を使用したりはしない確信があったのだ。
 「よせ! よせって! 悪かった! 悪かったってば!」
 そしておそらく、霧島も「俺」が本気の殺意を抱いてない事に気付いている。だからこそ、やめるつもりはなかった。
 その時、不意に声が割り込んだ。
 「もう充分だ。やめろ。カザマ」
 聞き覚えのない声。とは言え、聞き覚えのある声など、自分と霧島以外にいるはずもないのだが。そして、カザマと言うのが自分を指しているであろう事が「俺」には理解できた。
 「誰だ?」
 声の主は、縮こまる霧島の背後から現れた。
 軽く180cmを越すであろう長身の、ダークグレーのスーツにサングラス。着こなしはいい。この男が誰なのかは知らない。だが、この男が誰なのかは想像に難くなかった。
 「記憶喪失ってのは本当なのか?」
 男が、いささか呆れた声で問う。
 「少なくとも、あんたの登場に動揺しないぐらいにはな」
 どっちだか忘れたが、タキガワだかタキザワだかって名前の男に違いない。


 (´・Д・)」 次回は、パワーの源が判明。


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 なお、この先にはあとがき的な何かしか書かれてません。


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(´・Д・)」 文字を書いて生きていく事が、子供の頃からの夢でした。 コロナの影響で自分の店を失う事になり、妙な形で、今更になって文字を飯の種の足しにするとは思いませんでしたが、応援よろしくお願いします。