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現世界グルメ『おせち料理』


 季節の料理、と言うものがある。何をもって季節の料理とするのかは非常に難しい問題だろう。
 基本はその食材がとれる時期を季節の料理、つまり旬だと言うが、必ずしもそうではない。
 とれない時期だからこそ有り難がる、というのも希少価値としては存在するからである。
 かつて、野菜や果物は季節によって採れる時期が決まっていた。しかし、それは農業技術の発展によって大きく変化した訳だ。
 最もメジャーなところでは、イチゴの季節は春である。しかし、ハウス栽培や品種改良のお陰で、いちごの季節は冬となった。旬の変化である。
 そう。かつては季節が限られていた魚も、漁業区域の拡大や、養殖、冷凍技術で旬が曖昧になった。
 結果として、食べられる選択肢が増え、美味い物を口に出来るなら、それは喜ばしい事であろう。強いて言うなら、普段からも食べられ、旬にはなお美味い。それが理想だ。
 しかし、旬と言うのは少し面倒な部分も持ち合わせている。市場価格だ。
 困った事にキュウリやトマトは旬の夏に採れ過ぎて叩き売りされてしまう。美味しい時期に安くで買えるのは有難い話だが、物が有難くない。有り触れているのだ。
 つまり旬の時期である、かき入れ時にこそ農家が儲からないという妙な現象が起きてしまう。
 その結果、旬を外して栽培した方が儲けになってしまう、という本末転倒な事態も発生するのだ。無論、こちらは手間暇をかけているので儲からないと困るのだが。
 そしてこれらは、魚にも起きる現象だ。基本的には魚の獲れる時期が旬となるが、時期を外していて珍しい、という理由から高額で取引されたりもする。
 特殊な例では、ウナギなんて物もあり、こちらはかつて「あっさりした味を好む日本人」に、夏場でも脂が強いウナギは不評だった。
 しかしこれを「夏に精のつくものを食べろ」と広めた結果、ウナギは夏の風物詩となった訳だ。シーズンだけで言うなら秋冬の方が美味い。
 ハモなんかも似たような経緯があり、夏場だからこそあっさりしたハモが売れた訳で、旨味を求めるなら、やはり秋冬であろう。
 違うパターンでは「桜鯛」がある。桜鯛とは言ってもハタ科の「サクラダイ」ではない。スズキ科のマダイを、桜の花の季節に合わせて「桜鯛」と呼ぶ。
 この桜鯛は、産卵を終えて身の味が落ちた状態であり、売れない時期のマダイを、このシーズンの体色と桜の季節に合わせ「桜鯛」としてプロモーションしただけ。美味いとは言い難い。
 このように旬はあれども、旬にも色々あって、美味さとは直結するとは言えないケースもある。
 おせち料理もそれだ。
 おせち料理とは、お節料理。元々は御節供物料理を意味する。
 お節の供物料理、おせちく、おせち、と転じたものらしい。
 つまり、元来は中国の二十四節気よりならった、季節の「お供え料理」だ。
 これを日本の五節供に当てはめると、1月7日の人日の節供「七草粥」、3月3日の上巳の節供「菱餅」「白酒」、5月5日の端午の節供「柏餅」「ちまき」、7月7日の七夕の節供「そうめん」、9月9日重陽の節供「菊酒」「菊茶」「栗」など様々。
 平たく言えば、全国か地方か、メジャーかマイナーかを問わず、祭事、行事としての料理は、節分の豆や太巻き、月見の団子など全てがお節料理だった訳である。
 そこで、最終的に最もメジャーだと言える正月料理が、御節料理の代表「おせち」に君臨したのだ。
 此度はこの「おせち」について少し話していこうと思う。
 この「おせち料理」という物は、どうにも美味追及型とは言えない。
 ハッキリ言ってしまうが、験担ぎと保存食が主目的である。
 悲しいかな。食には色々な成り立ちがあったりもするが、根本的に「美味追及型」ではない料理が美味しくなる事は難しい。
 健康志向の薬膳料理は、やはりまず薬効あってこそ。
 祭事や習わしで食べる食品もまた、美味追及型には成り難い。
 飢饉回避用の食品は、豊かな時代になれば廃れる。
 しかし、全てが美味追及型に変われない訳でもない。アワやヒエは食品として衰退したが、蕎麦などは豊かな時代だからこそ美味追及型としての地位を築いた。
 米が採れない土地だったからこそ重宝された蕎麦は、今現在、美味追及型として生まれ変われた訳である。
 では、おせち料理はどうか。残念だが、美味追及型とは言いづらい。
 時代が違うのである。
 かつては正月は日本中が全て休日だった。だからこそ、味が濃く、日持ちのする料理が選ばれた。
 それぞれに子孫繁栄や健康や長寿の願いを込めた験担ぎもある。
 マメに働ける、豊穣、魔除け、立身。これらの願いが込められたからこそ、有り難く美味く感じる部分はあろう。しかし、だから美味いと言うのは、美食を求める身として看過されるべきものではない。
 ハッキリ言って、美味くないのである。
 いや、単品として見れば決して悪いものではない。保存に主眼を置かなければ、美味しく作りようもある。
 しかし、全体で見ればどうしても味付けが似てしまい、濃さも相まって美味追及とは遠ざかってしまうのだ。
 そして、この20年でおせち料理は「家庭で作るもの」から、「デパートで買うもの」に変容した。これも喜ばしい事ではない。
 何も、個々の家庭の味を守れだとか、家族のあり方や伝承の継続に物申すつもりはない。苦労して作るばかりが美味い料理という訳ではないのだ。ほとんどの家庭でパンが買うものであるように、おせち料理が買うものに移行したとして、それが悪い訳ではないのだ。
 だが、残念ながら買ってくるおせち料理は、得てして美味くないのである。
 理由は簡単だ。
 何万円も支払って購入するには、内容がお粗末だからである。
 ハッキリ言ってしまえば、購入できるおけせち料理の9割は「工場製品」だ。
 いや、工場製品であれ、美味ければ何も問題などない。あるいは、安ければ。
 しかし、その大半はそこら辺のスーパーマーケットで買える惣菜と大差がない。
 そして、スーパーマーケットで買えるおせち料理と、高級料亭で買えるおせち料理にも大差がないのである。
 無論、例外はあるし、味の優劣もあるにはあるが、残念ながら値段ほどの価値がない。
 結局、おせちを真面目に作るだけの料理人の数が足りない。
 普段から作っていない料理を臨時職員に作らせるのは困難。
 法律の基準をクリアしたり、保存や配送のあれこれを考えると、工場製品に頼らざるを得ないのである。
 それなりに大きい会社で、セントラルキッチンを持っていようと、それでさえやはり普段からやっていない仕事をこなせる訳ではない。
 賞味期限の問題や、食材のストック場所などを考えると、最終的に他社の工場製品を詰め直すのが精一杯なのである。
 買う店や商品にもよるが、普段から1,000食なんて数を扱わない店は95%が工場製品と言う事になってしまう訳だ。
 つまり、品目数にも依るが、せいぜい限定100食ぐらいが真面目に美味しく作れる量の限界なのである。
 逆に言えば、予約限定30食程度に絞っている店は真面目に作っている可能性が高まる訳だ。
 また、悲しいかな「フレンチ風おせち料理」や「洋食風おせち料理」なんて「紛い物」の方が真面目に作っている可能性が上がる。
 理由は簡単だ。そんな特殊な料理は工場製品に存在していないから、自分で作るしかない。
 そして、数量限定〇〇食なんて数は、どうにでも誤魔化しようがある。だからもう、そのほぼ全てが工場製品だと思った方が早いのだ。
 無論、先ほども言ったように、工場製品が悪い訳ではない。美味ければそれでいいのだ。
 しかし、安全基準や保存性に重きを置いた工場製品が、真面目に作ったおせち料理を上回ることは難しく、各所から取り寄せた分だけ確実にコストは上がり、安価でもなくなる。
 工夫を懲らそうにも、験担ぎの由来があるため逸脱しづらい。
 つまり、おせち料理は値段ほどの価値がない、美味非追及型だ。
 美食を追い求める観点から総評すると、おせち料理は平均点以下である。
 そう断じて筆を置くことは簡単だ。
 だが違う。
 おせち料理の真価はそんな所にない。
 どこで買おうと作ろうと、味がイマイチであろうとも、おせち料理を真に輝かせる事は可能なのである。そう、

 酒だ。

 例えばコンビニで買ってきたイマイチなおせち料理であろうとも、それを美味い料理に化けされるのは、酒なのである。
 おせち料理はことごとく酒に合うのである。特に日本酒。
 前述したように、おせち料理は一品一品なら美味くも作れる。しかし、トータルのバランスが悪い。食べ飽きる。
 だが、そこに日本酒を挟む事によって、ほぼ全てのおせち料理は、むしろバランスの良い組み合わせに変化するのだ。
 焼きもの、煮物、酢の物、甘味。その味の濃さが日本酒を進め、日本酒がおせちを進める。
 考えても見れば、日本の祭りに酒はつきものだ。おせち料理とは酒がある前提の料理だとすれば、イマイチどころか、むしろ美味い料理に進化するのである。いや、進化してきた形がおせち料理なのだ。
 無論、一品だけならおせち料理よりも日本酒に合うものは幾らでもあるだろう。
 しかし、あの数と量で、ダラダラと酒を楽しむには、逆におせち料理に勝るものはないと言っても過言ではない。
 いや、あの数と量が出てくる料理ってのが、そもそも、おせち以外に存在しないから自動的に王座を取れると言う説もあるが。うむ。
 あと、日本酒やアルコール自体が飲めない人には「ごめん」と言う他ない。ごめん。

 ※この記事はすべて無料で読めますが、おせち好きな人もそうでない人も投げ銭(¥100)をお願いします。
 なお、この先にはお詫びしか書かれてません。


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(´・Д・)」 文字を書いて生きていく事が、子供の頃からの夢でした。 コロナの影響で自分の店を失う事になり、妙な形で、今更になって文字を飯の種の足しにするとは思いませんでしたが、応援よろしくお願いします。