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現世界グルメ『キャベツ』


 演劇には「いぶし銀」と呼ばれる俳優たちがいる。このいぶし銀に対する解釈は色々とあろうが、今回はわかりやすく「名脇役」とさせてもらう事にしよう。
 この脇役と言うのも定義が難しい。主役に対する脇役、という解釈も出来る。その一方で主役に対して準主役、準主人公なんて考え方もあるからだ。
 かと言って、もっと存在を軽くすると端役、所謂「エキストラ」になる。近年の呼び方では「モブ」という事になるだろうか。
 主人公、ヒロイン、敵役、準主人公。そして端役。
 キャスティングで考えた場合、脇役とは主要登場人物と端役の中間、と言うのがわかりやすい位置付けではないかと思うのだ。
 いぶし銀とは、その中で一際重要な存在ではないだろうか。
 例えば2時間の映画の中で、登場時間は5分にも満たないが、主人公が動いたり、変わったりする切っ掛けを与える人物。物語上のいぶし銀だ。
 あるいは、役どころは重要ではないが、その存在感や演技で画面に説得力を持たせる俳優としてのいぶし銀。
 こう言った存在がいてこそ、演劇や映画は華を持ち、際立つ訳である。
 これを料理に置き換えるとどうなるだろう。
 主人公をメイン料理のメイン食材だとしよう。わかりやすく牛肉のステーキとでもする。
 ヒロインは何だ? 白米やパンと言った「主食」ではないだろうか。
 準主役は何に該当するだろう? これは様々なソースではないかと思うのだ。広義では醤油や塩を含む、料理の味を決定づける「ソース」たち。トマトソースでも、ベシャメルソースでも、和風ソースでも、グレービーソースでも何でもいい。彼らが準主役である。
 敵役は何だ? 異論はあるだろうが、これは酒をメインとするドリンクではないか。
 料理とは直接の関係を持たないが、飲み物の存在が料理を引き立ててくれる。
 ならば、脇役とは何だろう。簡単だ。これこそ、野菜を主とする「付け合わせ」ではないだろうか。
 肉(最低限の味付けとして塩を振る)だけでいい。
 だが、肉を楽しむための白い飯がある方がいいだろう。
 しかし、肉と米を楽しむためにこそ、ソースはある方が良いに決まっている。
 これらを楽しむためには、酒(以外のドリンク)もあった方がいい。
 だが、料理を支え、彩りを与え、飽きさせず、胃を満たす存在も必要だ。それが野菜を主とする付け合わせであろう。
 この付け合わせで、おそらく最強の地位に輝くのは「じゃが芋」ではなかろうか。何なら、主役さえ張れるレベルである。単品のフライドポテトとして主役を飾る事もあろう。グラタンなどでソースを受けるヒロインとしての役割も出来る。ソースの素にもなれば、酒の材料にもなる。当然、具や付け合わせとしても活躍する。ほぼ最強のマルチプレイヤーだ。
 まあ、正確に言うと芋は芋類であって野菜ではないが、別に今は分類学の授業ではないので、大雑把に野菜に分類しておく。
 2番手は飛ばして、3番手は「玉ねぎ」だろう。料理への使用頻度や貢献度で言えばポテト以上である。ただし、料理のベースや具になる事は多い一方、タマネギ料理というメインを飾る機会は極端に少ない。
 翻って2番手だが、こちらは野菜ではなく「卵」であろう。
 生卵、ゆで卵、半熟卵に始まり、ソースとしても使用され、具や付け合わせとしての能力も高い。「卵料理」として考えれば、ポテトを凌ぐと言えよう。
 続くは「大根」あたりだろうか。西洋でも東洋でも使用され、ベースから薬味、具、付け合わせと汎用性は高い。
 ここからは明確な順位はつけにくくなるが、彩りとして考えると「人参」はかなり上位に入るだろう。
 また、赤い人参に対しては、黄色い「トウモロコシ」も良い脇役である。
 そして、種類の多さと活躍度で言えば「豆類」を合算すると「ポテト」に勝ること間違いなし。
 醤油にもなれば、付け合わせ、具、ツマミにもサラダにもなれる。餡子まで加えるなら、デザートの側面までこなせる万華鏡であろう。映画におけるデザートが何かを考えていなかったが、さしずめ「お色気担当」と言うところか。
 他にも、キノコ類は相当な演技派だと言えるし、ゴボウやレンコンなどの根菜類は優秀な脇役であると言える。
 また、ほうれん草などの葉野菜であったり、モヤシなどの、いや、これは豆類に含むべきか。とにかく様々な名脇役が存在していると言える。
 だが、いぶし銀とは何かを考えた時、ポテトや卵では陽が当たりすぎるのだ。
 逆にタマネギだと裏方すぎる。モヤシではエキストラすぎるのだ。
 その位置に来るべき食材は何か。それは、「キャベツ」ではないかと考えるのである。
 キャベツ。この野菜は目立たないが、実に万能だ。
 生で良し、炒めて良し、焼いて良し。煮て良し、蒸して良し。漬けて良し。
 また、葉の方を食べるか、芯の方を食べるかで野菜としての特性も変わる。
 そして、切り方ひとつで個性が大きく変わる点も面白い。
 使い方としても大きさを利用して「ロールキャベツ」のような主役的な位置にも就けるのだ。
 出汁としても優秀で、ポトフにすれば今度は出汁を吸う側である。
 煮たり、炒めたりする時の具の役割も大きい。こなせない役割が圧倒的に少ないのだ。
 この中でも特に面白いのが、生キャベツである。
 ざく切り、細切り、千切り、そして千切りよりも圧倒的に細い薄切り。
 これが肉や揚げ物という主役を際立たせるいぶし銀となるのだ。
 キャベツには胃薬として使用される、胃の粘膜を助けるビタミンUが含まれるだけでなく、大根と同じく、ジアスターゼと呼ばれる消化酵素がある。
 つまり、肉や魚、揚げ物の油脂を物理的に分解してくれるため、「見た目」ではない実力を持つ。ミュージカル俳優で言えば「歌唱力」とも言うべき、裏打ちされた実力だ。消化力だけに。
 そして、彩りとしては少し弱いものの、キャベツと言えば「緑」である。
 緑は人の心を落ち着ける効果があり、また、野菜を食べていると言う安心感をも与えてくれるのだ。
 また、緑は赤の補色であり、肉の付け合わせとしての組み合わせは抜群であると言えよう。
 更に、揚げ物と言えば「脇役」であるはずの「ポテト」や「タマネギ」が輝く瞬間でもある。そう。おわかりいただけただろう。
 脇役の脇役を固めるのは、「キャベツ」なのである。
 機械で極細に、ふわふわに仕上げるもよし、千切りでボリューム感を味わうもよし、細切りで歯ごたえを楽しむもよし。どの立ち位置にいても、脇を締め、他者を輝かせる。それが、それこそがキャベツなのだ。

 さて。少し話は変わるが、先日、人と話している時に、とある弁当に入っている「キャベツが不味い」と言う話になったのだ。
 ふむ。言われるまでは気付かなかったが、言われてみれば確かにそうだ。
 いや、そのとある弁当を何度か食べているのだが、その都度「弁当に入っている千切りキャベツが苦くて不味い」と、ぼんやり感じていたのである。
 だが、ぼんやり「今日のキャベツはハズレだな」と言うぐらいにしか思っていなかったのだ。そして、「今日もキャベツが不味い」ぐらいに受け流していたのである。
 しかし、違う。その瞬間にシナプスが繋がったのだが、同じシリーズの弁当でも細切りキャベツは使用されているのに、その弁当だけ、毎度キャベツがハズレなのである。
 うむ。間違いない。その弁当のキャベツだけが不味い。
 キャベツが苦い理由を調べてみると、原因は簡単にわかった。
 キャベツに含まれるイソチオシアネートである。キャベツは、その切り口から苦味を出すのだ。
 要するに、青虫に齧られた際、それを放置しておくと無抵抗のまま食べられ続けてしまう。
 そうならないように、切り口が空気に触れるとイソチオシアネートが苦味に変質する。
 つまり、切ってから時間が経過したキャベツは苦味が増すという簡単な話だ。
 では何故、シリーズの他の弁当のキャベツは苦くなっていないのに、この弁当だけが苦くなったのか。
 これは弁当を見比べただけでわかる。
 くだんの弁当のキャベツには「何も掛かっていない」のだ。
 時間経過によるイソチオシアネートの苦味変質についてだが、しっかり水に晒せばイソチオシアネートが流出し、苦味が出にくくなる。
 つまり、この弁当のキャベツは水で晒されていない。いや、それだと他の弁当も苦くなるのではないか。そう思うのも当然だろう。だが違う。
 他の弁当には、揚げ物から滲み出た油や、ドレッシングがかかっており、キャベツの切り口が空気に触れていないのだ。
 また、塩にもイソチオシアネートを抑える作用があるため、塩が当てられた油や、ドレッシングの塩分が苦味への変質を防いでいたことになる。
 しかし、くだんの弁当にはそういったものがなく、キャベツが空気に晒され続けていた。
 これが、この弁当のキャベツだけ、やたらと苦くて不味かった理由である。
 そう。どんなに俳優が良くとも、脚本という調理が悪ければ、映画(料理)として良い作品にはなれないのだ。
 なぜ美味しいか、には理由があり、なぜマズいのか、にもちゃんとした理由がある。
 グルメとは、舌と感性だけで語るものではない。
 科学的、論理的に判断し、なぜ美味いのか、なぜマズいのかを冷静に考えていく必要がある。
 それに気付かせてくれた知人とキャベツに深く感謝したい。

 ※ この記事はすべて無料で読めますが、キャベツ好きもそうでない人も投げ銭(¥100)をお願いします。
 なお、この先にはキャベツはデザートに使えるか、という話しか書かれてません。


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(´・Д・)」 文字を書いて生きていく事が、子供の頃からの夢でした。 コロナの影響で自分の店を失う事になり、妙な形で、今更になって文字を飯の種の足しにするとは思いませんでしたが、応援よろしくお願いします。