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現世界グルメ「生ハム×フルーツ」


 やってみたけど、美味しくなかった。やってみたけど、アレの何が美味しいの? 別々に食べた方が美味しい。
 割と多くの人がこの意見を口にする。知る限り、最も多いと思われる料理こそが、「生ハムとメロン」だろう。これほどまでに美味しいと不味いの両極端の感想があり、なおかつ「不味い」と言う意見が多い料理を他に知らない。
 いや、確かに、料理と言うにはいささか単純に過ぎる。
 だが、刺身やサラダは料理ではないと言うのか。否。生ハムとメロンもまた、素晴らしい料理のひとつである。
 では何故、生ハムメロンがこれほどまでに否定されるのか。理由はいくつかある。
 ひとつは、食品にまつわる法律の問題だった。
 食品衛生法。あらゆる食品に関わる重要な法律だが、生ハムはこれに刎ねられた。
 実に馬鹿馬鹿しい話ではあるが、イタリアの「生ハム」を、「生ハム」と邦訳したがために、輸入が出来なくなってしまったのである。
 そう。生ハムは非加熱食品ではあるものの、完全なる塩漬け。サラミやソーセージは輸入可能だったのに、生ハムは輸入が停止されていたのだ。輸入停止になった理由は邦訳ばかりが原因ではあるまいが、当時の関係者の話から、原因のひとつになった事は間違いないと思われる。
 この生ハム、1996年まではイタリア、2000年まではスペインからの輸入が禁止されていた。つまり、日本には実質、生ハムの文化がなかったのである。
 解禁以降、ワインブームも手伝って、徐々に日本でも人気の食材となったが、まだまだ「豚肉の生は怖い」と考える人も少なくない。
 そして、解禁以降は国産の生ハムも作られるようになったのだが、これはその殆どが正確に生ハムと呼べる代物ではなかった。
 現在、簡単に手に入る国産生ハムのほとんどは、長期熟成させたものが少ない。
 生ハム文化が10年以上停滞したため、食べる人も、作る人も、設備も育たなかった。むしろ失われたと言うべきだろう。よって、国内産生ハムは風味や味わいが不足してしまっている。
 つまり、最初の時点の「生ハム」が必要条件に達していないのだ。

 そして続くは、メロン。
 生ハムの時点で説明したような事が、メロンに関しても同様にある。こちらは多くの日本人にも経験があるだろう。
 そう。メロンの品質の高低差が激しい事である。安いメロンは、残念ながらキュウリに毛が生えたような青臭さで、甘味は乏しい。要するに、メロンそのものが美味しくないのだ。
 これで一番の原因が理解できるだろう。
 美味しくない生ハムと、美味しくないメロンを合わせて、劇的に美味しくなるはずがない。実に簡単な理屈だ。
 そもそも、メロン自体が大きく好き嫌いの分かれる食物で、メロンを好きではない人が、これを美味いと思えるはずもない。
 逆にメロンや生ハムが好きな人からすれば、今ひとつな食べ方を強要されても、「別々に食べた方が美味しい」と言われるのは当然なのだ。
 この「生ハムメロン」の食べ方は、まだ舶来品がありがたかった昭和の時代からバブル期まで、憧れの「贅沢」として輝き続けたのだから、その失望もまた大きかったのだろう。
 まるで意味のわからない食べ方の代表となったのも仕方ない。
 更に、ここでもう1つの問題が生じる。
 ならば、高級生ハムに、高級メロンなら美味しいのか。という事だ。
 残念だが、金に物を言わせただけのチョイスでは、美食には辿り着けない。
 まず、現在手に入る最高級生ハムと言うと、スペイン産のハモンセラーノになるが、こちらは熟成とともに、実に深くナッティな香りがあり、味わいも複雑だ。歯応えもしっかりしている。ジャーキーのような味わいは、下手なエイジングビーフなど足元にも及ばない。
 しかし、これは生ハム単体で噛みしめるべきシロモノであり、メロンと合わせるにはアンバランスなのである。
 メロンと合わせるべき生ハムは、肉そのものに閉じ込められたフレッシュな旨みとジューシーさ、柔らかさが売りのイタリア産プロシュートであろう。
 そもそも、しっかりした歯応えのハモンセラーノと柔らかいメロンは合わない。しっとりとしたプロシュートこそが、メロンを包むに相応しいと言える。
 一方のメロンも高いに越した事はないが、やはり果肉が赤いメロンの方が生ハムの旨味に負けない。そして、重要なのは天井知らずの高級さよりも、熟れ具合だ。
 いくら高級でも、若くて青いメロンは合わない。かと言って、過熟のメロンだと歯応えが足りないのである。
 つまり、噛んだ際にメロンの水分が溢れるぐらいには、ちゃんと歯応えが残っていて、かつ、充分な甘みを備えている事こそが重要。
 それを、生ハムと言う皮で包み、一緒に噛む事で甘味と旨味と塩気と水分が爆発的な化学反応を引き起こすのだ。
 このベストな状態の生ハムとメロンを食わずして、「生ハムとメロンは美味しくない」「別々に食うべき」などと、愚かしいにも程がある。
 言うなれば、穴熊戦法を覚えたから、もう将棋には負けないと豪語するようなものだ。いや、違うな。日式ラーメンを食べて中華料理の真髄を知ったと言うようなもの、でもないな。
 ジャガイモを生で食って不味いと文句を言うようなもの、でもない気はするが、要するにそう言う事だ。
 まあ、それを食べた上で不味かったなら仕方ないが。
 いや、瓜系が苦手とか、生ハムが苦手とか、肉とフルーツを合わせると死んでしまう教の信者は別として、確かに生ハムとメロンは美味い。ほんのわずかだけブランデーをミストに振り掛けると更なる高みに上がる。
 だが、生ハムメロンにはどうしても価格という壁が立ち塞がるのだ。
 しかし、何も恐れる事はない。そう。何も生ハムメロンだけが至高と言う訳ではないのだから。
 これまでに色々なフルーツを試したが、生ハムと合わさる事で相乗効果を生むフルーツは他にもある。

 まずは、マンゴー。この独特の南国の爽やかで濃厚な香りが、生ハムを引き立てる。マンゴーはなるべく熟した甘いものが良いが、メロンと違い、特に高級品でなくとも、青い安物でさえなければ、生ハムとの相性は抜群だ。メロンのように持て余す事もない。
 ちなみに、熟成が進んだハモンセラーノとフルーツは合わないと言ったが、このマンゴーのようにドライフルーツにすれば、マリアージュは完璧だ。可能ならば、ドライ・シェリーと一緒に楽しみたい。
 お次は、いちぢくだ。これも、ドライいちぢくにしてハモンセラーノと合わせられる。
 しかし、素晴らしいのは生いちぢくだ。早摘みせず、しっかり熟してから捥いだいちぢくは、生ハムと素晴らしいハーモニーを奏でる。
 メロンやマンゴーに比べると濃厚さに欠けるが、そこは繋ぎにクリームチーズやクロテッドクリームなどを合わせてやるといい。ベリー系のジャムソースを掛けるのも手だ。
 和風にすりごまを使ってもいい。数あるフルーツの中でも、いちぢくほどアレンジのし甲斐があるものはないだろう。
 そして何と言っても歯応えである。柔らかい果肉に、プチプチとした歯触り。それがまた素晴らしいアクセントになる。
 続くは、桃。桃は桃自体がしっかり甘く熟している必要がある上に、桃にも少しアレンジが必要になる。水分が多過ぎるし、味も華奢だから、いちじく以上に手を加えてやる必要があるだろう。
 メジャーな所では、桃と生ハムとルッコラのパスタだ。オリーブオイルや、粗挽きの黒胡椒を合わせると引き立つ。
 モッツァレラチーズやパルミジャーノ・レッジャーノを使う事もある。個人的にはパルミジャーノは桃と生ハムの香りを邪魔するので、モッツァレラを使用したい。
 パスタを抜きにしてサラダにしても、パンなどに挟んで食べても美味である。

 他にも幾らか合うフルーツはあるが、言い出せばキリがないので、最後のひとつを紹介しよう。
 それは、柿である。
 柿も、比較的安価で手に入る果実であろう。
 これをしっかり熟すまで待つ。どろどろになるまで熟すとジャムのようになるから、それを生ハムに塗るようにして食べてもいい。しかし、その手前が至福だ。
 歯を通すと、果肉がほんのわずかな抵抗しか感じない程度に熟している状態がいい。
 柿の魅力のひとつは、①青い状態の硬い歯応えとさっぱり感、②柔らかい状態の歯応えと甘さ、③熟した状態のとろけ具合と濃厚さ、④過熟した状態の濃密な味わいとゼリー状の舌触り。そして、⑤干し柿にした時の濃縮度だろう。
 ①の状態は柿膾にすると絶品だが、生ハムには合わない。少なくとも②まで待つ必要がある。理想は③をわずかに過ぎた④未満であろう。
 果肉はギリギリ形と歯応えを保ち、種周りがしっかりと弾力を保っている時期がいい。これを生ハムで包み込むことにより、幾層にも重なった味わいと感触を楽しめる。
 この楽しみはメロンでは味わえない。
 いや、これはもはや、メロンを超えていると言っていい。何しろ、値段も入手経路もお手軽で、メロン以上のポテンシャルを引き出す。
 なお、柿は世界中にあるが、食用としての柿は、基本的に日本にしかないらしい。従って、国産品であるとも言える。国産品で舶来のメロンに勝つと言うのも、悪くない。
 ちなみに、干し柿にしてスペイン産と合わせるのもいいが、こちらはマンゴーやいちぢくに見劣りする。
 話が少し長くなったが、生ハムとメロンが合わないとか、美味しくないとか言われると、それはまだ、まともな物を食べていないからではないか、と思ってしまう。
 じゃあ、美味しいものを食わせろ、と言われると「高級品を食べていないからだ」と反論するしかなくなる。
 それではただの美味いものを食った事がある、と言う自慢でしかない。
 こうして不特定多数の人間に伝えるとなると尚更だ。
 だからこそ、安価で手軽に手に入る代用品を知らしめたいと思う。
 あなたがもし、これらのフルーツや生ハムが苦手だとか、料理にフルーツを使うと死んでしまう教の信者でなければ、是非お試しいただきたい。
 ここまでしっかり紹介したにも関わらず、試しもせずに否定するのならば、ただの食わず嫌いと言えるだろう。
 なに? 生ハムが高い?
 まあ、確かにそれは否定しない。
 それぐらいの出費は対価と割り切って諦めて欲しいが、それでもイマイチな生ハムしか買えないと言うのならば、これを試して貰いたい。

 ピーマン。

 縦に細切りにした生のピーマンを4~5本、安物の生ハムで巻いて食う。
 フルーツでも何でもないが、安物の生ハムを最高に引き立ててくれる。
 生ハムにピーマンと言うと時折怪訝な顔をされるが、なに、青椒肉絲の組み合わせだ。相性はいい。
 アクセントに黒胡椒をパラリとだけ振るのもいいだろう。
 コレが美味いと思ったら、ピーマンをパプリカに替え、それも美味いと思ったら、オープンで焼いて甘みを引き出したパプリカに替えてみて欲しい。
 焼き茄子のようにしっかり焼いて皮を取り除いたパプリカは、もはやフルーツと言っても過言ではない甘さだ。
 ここまで言って安物の生ハムにピーマンも買えないし、それでもまだ生ハムメロンを否定しようと言うなら、勝手に料理にフルーツを使うと死んでしまう教の信者と見做すからそのつもりで。

 ※ この記事はすべて無料で読めますが、料理にフルーツを使うと死んでしまう教より、ワタクシにお布施として投げ銭(¥100)をした方がいいと思う。
 なお、この先には料理にフルーツがダメな人に問いたい事しか書かれてません。


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(´・Д・)」 文字を書いて生きていく事が、子供の頃からの夢でした。 コロナの影響で自分の店を失う事になり、妙な形で、今更になって文字を飯の種の足しにするとは思いませんでしたが、応援よろしくお願いします。