「紫煙は魂に成るか」
私のお兄さんは、何時も精液の匂いがする。
特に朝起きて直ぐの時に一番濃い気がした。
我関せずのお兄さんに、家族は場を盛り上げるのを必死に堪えていた。達磨に墨を入れるのだって自粛していたし。
本人の名誉の為に言うが、お兄さんは童貞では無い。何度か可愛く無い恋愛を経験したと言っていたし、そう言う気配を何度も視た事が在る。ゴミ箱を漁ってコンドームを見付けた時なんかは、英雄に成った気分でトテモ感慨深いモノだった。勿論、今でも額に入れて飾っている。
だからなのか、なのになのか、お兄さんは、此の意識の高い信仰を怠る事が無い。
どうやら、ブリーフに塗り込んでいるらしい。隠れて洗濯籠のパンツを嗅いでみると、凶悪な匂いが脳天を突き抜けるし、味も昔から何度も味わった事の有る馴染みの苦さだ。
マスターベーションに問題が在るのか? 彼なりのセックスアピールだと思っていたのか? 其れとも毎晩、使命感に突き動かされてパンツに精液を放っているのか? もしかして、私が知らないだけで、屋根裏あたりに異常者のセックスパートナーが潜んでいたのか?
或いはこの予想すら検討外れで、メフィストか何かとの契約の儀式だったとしたら、是非とも私も参加させて欲しかった。
何はともあれ、背水の陣みたいな香水を欲望から作れる男性性と言うモノの面白さ、得難さに敬礼の一つ二つ贈りたい。
――此処まで考えたトコロで、煙草は遂に燃え尽きた。
駅前のドーナツ屋は何時も空いている。
私自身、アマリ甘いモノを好まないタチなので、帰宅の途中に外から眺めるだけだが。
噂では、個人経営の店で、店主はドーナツの穴を食べるのが趣味だそうだ。
でも、販売はして無いらしいので、何時まで経っても私がドーナツの穴を食べる事は無い。
こう言う事を社会問題と呼ぶんだと思うが、私は寛大なので、店の斜向かいに在る空き地で草を食んで我慢している。
何と言う健気さ! 何と言う優雅さ! 何と言う聡明さ!
トコロで、使い古された言葉だが、「雑草と言う名の草は無い」と言うのが在る。
でも、別に名前なんて判別の為の道具なので、路傍の石に過ぎない草たちの名前をイチイチ記憶するのも馬鹿らしい。だからこその「雑草」と言う名が発明されたんだと、土と糞尿で汚れた草(特に未消化のコーン)の味を名残惜しく思い出しながら肯いてみる。
其の涎の波で喉を鳴らしながら、ドーナツの穴も雑草のように、食べ応えが在りそうだと思った。何故なら、世界を閉じ込める程のポテンシャルを持ってると判るからだ。
そう考えると、ドーナツ屋の店主はナカナカの曲者だ。今日もドーナツの穴を食べながら、客の居ないフロアで独りで般若心経でも唱えていれば善いのだから。
――此処まで考えたトコロで、煙草は遂に燃え尽きた。
学校とは如何せん儘成らぬ場所で在る。
無関係の人間たちを集めて、強制的に交流を強いるのには、狂気すら感じる。
そんな私が想起するのは、意外にも色んなモノが降って来て充実していた日々だった。
黒板消しなんて言うのは序の口で、あとは、水の入ったバケツ、牛乳漬けの雑巾、女学生のオリモノ、男子学生の拳と陰茎等々。
何れも今に成れば善い思い出だが、あの頃は其れを如何に可愛く受け止めるかに四苦八苦してた記憶が在る。何だか今思うと若いなと笑ってしまうモノだ。
黒板消しで汚れた軀を水の入ったバケツで洗い流し、牛乳漬けの雑巾で拭いた後、女学生のオリモノで化粧直しをし、其れに欲情した男子学生の拳と陰茎をリズミカルに裡に入れていく。
この流れの可愛さは今考えても見事だと思っている。特に、拳や陰茎は口や肛門で巧く取り込む事が出来た。
教室の正義の守護者達は、全てを終えた私に拍手を送ってくれた。私は少し照れて、あーあーうーあーと祝辞を述べただけだったけど。その後は打ち上げに行き、サイゼリアで死ぬ程蝸牛を食べた。
しかしミラノ風ドリアに魅力を感じない私は、クラスメイトからの喝采を失ったのだった。
何と言う儘成らさなのだろうか。
――此処まで考えたトコロで、煙草は遂に燃え尽きた。
恐竜の魅力はヤハリ歪な造形だと思っている。
最近判明して不評の、毛むくじゃらの恐竜だが、私は個人的に好いている。
伸びたり縮んだり忙しい中、せっせと毛を伸ばす進化には新しさすら感じる。
特にツボなのは言わずと知れたティラノサウルスで、あの短過ぎる腕、其れに反比例するような大きな顔には進化の悪戯心が視えて、時間に対して褒めてあげたく成る。
幼少の頃は小さな模型を持っていて、よく齧っては其の歴史を感じたものだ。
お勧めは模型にチーズを乗せて、胡椒を振り、レンジで三分程チンする。そして溶いた玉子をすき焼きの如くたっぷりつけて頂くのが望ましい。
コレだけで、三日は探究心が満たされる。
今では流石に大人なので、模型には一定の敬意を持っている。
遣る事と言えば、今も持っているティラノサウルスの模型に自分の頭髪を毟ったモノを増植して、公式記録に合わせようとしてるくらいだ。
ただ難点なのは、もう増植する毛が殆ど無い事くらいだ。既に陰毛まで使い切ってしまった。
苦肉の策として夜な夜な暗い路地を歩いているOL(男性は腕力では勝てないので)を殴り倒して、頭髪を拝借してるが、不満に思う事が有る。
そう、心構えの問題だ。
私が思うに、女性の頭髪は、女性の泪よりも傲慢だ。
――此処まで考えたトコロで、煙草は遂に燃え尽きた。
今、世間ではガチャと言うモノが流行っている。
自分で選ばず、運任せに挑戦し、無作為なモノを手に入れる行為だ。
そして気に入らないモノは排除し、またやり直す。其の繰り返し。
気付けば、骸の山の上で、自分と折り合いの付いたソコソコの存在を抱き締めている。
私はその仕組みに一種の幸福論を感じた。或いは祈りと呼ぶべきモノか。
短い永遠の中で巡り合いを望む強さは、称讃に値する。
勿論、其れが性欲の偶像で在る事は疑いようも無い事実だ。
少女地獄でリビドーを感じるように、自然な営みと言っても善いだろう。
だからこそ問題は、残されたモノ達だ。
つまりは、景品と成り、アニマと成り、崇拝を前提に成り立っている二次元のキャラクター達の事だ。
画面越しに触ってみても、指をしゃぶるだけで、ちっとも尊厳を持ち合わせていない。
消費財なら消費財なりの自負を持って欲しいと強く感じてしまう。
例えば、マジックミラー号に挑戦してみるとか、サランラップで顔面をパックするとか、そう言うニーズの多いモノはちゃんとチェックし、取り入れていかないと、タダの可愛くて癒されて救われて明日も頑張ろうとか思わせる程度の代物に成り下がるだけだ。注意して欲しい。
そして偶然にも噛み合ってしまったせいで、ガチャの世界へ迷い込み帰って来ない人達の絶望については推して知る。
――此処まで考えたトコロで、煙草は遂に燃え尽きた。
こう視えて私の爪は高値で取引されている。
剥いだ爪はオジ様達に大人気で、夜な夜な私の部屋に来ては、女王様の聖水を一人で飲みに行ける程のお金で買い取っていく。
どうやら私の中に在る正常さが爪に化学反応を起こし、粉々にして鼻から吸うと鼻の中が血塗れに成る代償に、ちょっとだけ死後の世界が観えるらしい。
私はした事が無いので、本当かは知らないが。
セックスやドラッグやギャンブルをやり尽くした後の悪への欲求は、結局死生観に落ち着いてしまうと言う事なんだろう。
彼らのように死を甘噛みしながら鞭打つ毎日の空っぽさを癒してあげてるのには、何時だって不可解が必要だ。
其処までには至らないゆるふわ系の私はと言うと、湿り気の在るティッシュを食べている時にしか、死を意識する事が無い。
頬張ると言う行為こそ、死生の全てを物語ってるのは明白だろう。
そして、甘くて柔らかくて罪悪感の少ないティッシュこそ、命の宣教者だと言っても過言では無いと確信している。
また、其れと同時に、吐くと言う行為もナカナカどうして、侮れないモノだ。
まさにマイナスかけるマイナスだからだ。
犠牲を生み、其れにより対価を失っていくのだ。
何て面白いプラスだろう。
もう爪の残ってない両手を眺めたら、私は貧乏とは無縁だなと思った。御免ね。琢木君。
――此処まで考えたトコロで、煙草は遂に燃え尽きた。
ホスト通いは淑女の嗜みだと思っている。
有り余るお金でやる高級な言葉のペッティングだ。
ホスト達が酒で軀を壊していく姿をお金を払って観るのは愉悦なショータイムだ。
酔っ払って無い馬鹿なホストの頭を酒瓶で殴るのは、最早使命とさえ思う。
勿論動作は上品に、表情は慈悲を忘れずに、だが。
派手に噴き出す血はイツカ下水道から海に流れ、魚達の餌に成っていくだろう。
計らずも、自分達が生態系に組み込まれていくのだ。
そういえば今、新宿では、シャンパンタワーに排卵して、其れを一気に飲むゲームが流行ってるらしい。
何と感動的な遊戯だろうか! まさに一石二鳥の永久機関!
そして何より、その後のアフターの愉しみと言ったら!
今まで散々与えられたきたホストが恩返しの如く、罵詈雑言を吐き淑女達の首を絞めながらするマッサージ! つまりは立場の変換による多面性を持った治癒療法だ!
と少々興奮してしまったが、私は考えるだけで充分なので、取り敢えず秋葉原あたりで、純粋な汗を掻いている人から少しずつ裸の写真を提供して貰う事で、帳尻を合わせたいと思うばかりで在る。
彼ら彼女らは、肉を纏いながら、其の肉の使い方を理解出来ていない。
其の分、一度理解すると、台風ですら止める事の出来ない乱れ方をするのだが。
欲の薫りで咽せ返るような、柔らかい量感を持った人々は、何時だって主人公体質を持っていないのが世の常なのは残念の極みだ。
――此処まで考えたトコロで、煙草は遂に燃え尽きた。
音楽とは、酷く危ないモノだと確信している。
ロックンロールもジャズもバラードも、最早歌謡曲やクラシックですら、人の危険思想を助長させるモノに数えられる事は自明の理だろう。
楽器は全て洗脳装置だし、歌手は全て悪魔教の信者だ。
ライブ会場で我を忘れて暴れている群衆を視れば、簡単に納得出来ると思う。
勿論無言で聞き入っているのも、悦楽の虜に成っていて、一言命令すれば、簡単に命を落とすのだろう。
そんな醜さが嫌いな私が唯一恋しているのは、人が食べた後に鳴るお腹の音だけだ。
内臓の動きを追いかけながら、ドロドロに溶けた食べ物の群れに合わせて鳴らす聖なる音。
軽やかで、愉しくて、烈しくて、切ない、人間の存在讃美。
願いが叶うならば、咀嚼した食べ物が食道を通る音を録音したい。胃の中で溶けている悲鳴に合わせて踊りたい。そして、往きに往きて排泄物に成った後の最後のお別れの挨拶に耳を傾け続けたい。
今度生まれ変わる時は、私は意識を持った肉に成りたいと切に願っている。
そして、大腸の途中あたりで呟くのだ。
「軀に気を付けなさい」と。
勿論その後はまた口に侵入し、無限にループする心持ちでは在るけれど。
最後の最後まで絞られた塊は、キット、魔法を凌ぐ程の強さが内在している。
――此処まで考えたトコロで、煙草は遂に燃え尽きた。
誰彼もご存知のアミダ・ドライブで在るが、私はエクスタシーを感じた時によく利用させて貰っている。
光の速度さえ超えて、宇宙を遊泳出来るのはトテモ愉しい。
私から離れる私が路地裏で犬とヤってるトコロを観てるだけで、何か人生の軽さみたいなモノを感じるからだ。
迸る性欲が暗黒を照らし、何処までも何処までも往く。時々はプロロメギダ星人とかに挨拶するのも一興だろう。
私の果ての私に出逢えた時なんて、間違い探しのように素敵な気分に成る。無限と言う玩具の絶好の使い方だ。
問題は、帰り道で在る。
少し怠惰に成った私は、アミダ・ドライブと言えど、屈服させる事は出来ない。
かと言って此の儘エクスタシーだけに頼って彷徨するのも性に合わない。
そういう時は、犬の断末魔を聞く事をtodoにして、渋々帰るのだ。
人間は先が見えないとナカナカ進めない動物で在る。
そして帰って、私の胸の中で痙攣しながら泡を吹いてる犬の蚤を只管毟る事でヤット帳尻が成立する。
特に、行為自体が衛生的に善く無いトコロも、見知らぬ土地を冒険するようで、私の使命としては巧くいってると思ってる。
毎晩一匹ずつ野犬が居なく為っていく街には、キットただ甘いだけのロマンス小説が似合うだろう。
私が読むかどうかは置いといて。
――此処まで考えたトコロで、煙草は遂に燃え尽きた。
美味しそうの基準に付いては少しハッキリとした意見が有る。
と言うのも、菜食主義者の方々が、野菜は見た目で美味しそうに視えるが、豚や牛の生きてる姿を視手も美味しそうには思えないから、肉食は不自然だみたいな論説を語ってるのを何処かで聴いたからだ。
どうやら今では其れが一般論のように語られているが、私の場合、生きてる牛や豚を視てるだけで、普通にお腹が空いて、食べたく成ってしまうし、其れに疑問の余地すら持た無い。
だから私に於いては、この論説は破綻している。
ソモソモ牛も豚も特に乳房はアンナにも美味しそうじゃないか。程良い弾力と柔らかさが内在してる肉の本来の魅力を引き出しているじゃないか。
新鮮な血を絡めて食べたら、キットその豊潤な味わいに、頭は日本人を超えていくのは間違い無い。
暴論は本当に、人の心を兵隊にするから困る。
でも、そんな私にも苦手な食べ物は在る。其れは果物だ。
アンナにも醜い食べ物は在るだろうか。生物たちを拐かす為だけに進化した下心のような食べ物だ。
特に種の有る果物は、主張が激しすぎて、若干引いてしまう。
アバズレと言うのは、ああ言う生物に言うのだろう。
だから、其れを好んで食する人達は浮気に利用されてる惨めな捨て駒だ。
罪悪の象徴に成っているのも理解出来る。
――此処まで考えたトコロで、煙草は遂に燃え尽きた。
下着泥棒は最も名誉ある大切な職業だ。
数千円で買った下着の価値をモット高みまで連れていって呉れるのだから。
よく人々は自己的な仕事だと勘違いしているが、ちゃんと生産的な活躍もしているのを忘れないで欲しい。
何故なら、この仕事は夢を与える仕事だからだ。
盗まれたおかげで、自信の無いあの娘も需要を感じニッコリ。
歳を召した老婆も、まだまだ頑張ろうと躍起に成れる。
勿論現役の美人さんたちも、後ろ暗い高揚感にゾクゾクするだろう。
ソンナ厳かで偉大な職業だが、少しだけ問題点が有る人も居る。
其れは、盗んだ下着を然るべき場所に売り飛ばす人たちだ。
盗んだ下着は自分の永久装置にしてこそ価値の有るモノだ。其れを営利目的で遣るのは、下着に対する冒涜だ。
そんな事する人は、大体が酷い顔をしている。例えるなら、哀しいらんちゅうみたいな顔だ。
私は、モット、純然たる下着泥棒を応援したい。
自分の欲望の為に心と軀を酷使する事の、何と言うストイックさだろうか!
下着はアートの象徴なので、彼らはサバンナを歩く前衛芸術家だ。
その下着を鍋で煮て出汁に期待する笑顔は、キット太郎君すら感嘆するだろう。
――此処まで考えたトコロで、煙草は遂に燃え尽きた。
「食べ物で遊ぶな」と言う教訓が有る。
私は、其の教えを護り、友達を作っていない。
勿論、挨拶したり、話したりする事は有る。しかし、本気で遊ぶ事はキッパリと拒絶してきた。
そうじゃ無いと、作ってくれた人類の軌跡に対して不誠実だからだ。
其れでも、周りの人達は随分と善くして呉れる。
ソンナ退屈な日々を送ってるウチに或る事に気付いた。
食べ物に遊ばれるなら、其れは別に構わないんじゃ無いだろうか、と。
勿論、友達には成れないけど、捕食者で在る私なら、遊ばれても問題がない筈だ。
其れ以来、私は率先して線路に飛び降り続けた。
声援が上がり、コールされ、祝杯の音頭が取られる。
勿論、アンコールも忘れない。私は一匹のパフォーマーだ。
そして誰彼の笑顔を視るたびに、充実感で胸が一杯に成る。
一度電車に撥ねられて片端に成ったのはご愛敬で。
慣れてくると、新しい刺激の為、背中に「背を押して下さい」と書いた紙を貼り、ホームで待つように成った。元気なボーイとガールに好評だ。
ヤハリ、食べ物とは私のお腹も心も満たして呉れる素晴らしいモノだ。
――此処まで考えたトコロで、煙草は遂に燃え尽きた。
知的障害者とのセックスは、キット詩を孕んでいる。
強引な指や口でドロドロに成って、其の野性のような叫び声と共に一つに成っていく過程はまるで世界を産む為の営みみたいだ。
ソモソモ、彼ら彼女らは神様の言葉しか喋らない。
だからこそ、何食わぬ顔で月の裏側みたいな空気を纏っているのだ。
蔵に閉じ込められていた二十代前半の頃、私は幻のような誰彼と交わっていた。
今にして思えば、その幻に一番似てるのが、知的障害者だった。
其の蔵の中は快適で、人が外を通るたびに抱けーっ!と一言叫び、笑いを誘わせたりしていたが、其れで安心してたのは私なのだと今更ながら感じている。
だからこその仮想世界だが、未だコントロールの出来ないせいか、何時も同じ作業で果てていた。
立て続けに隅に設置しているi macでxvideoを閲覧しては、自分の存在を確認していたのだ。
鼻水を垂らし、獰猛な眼を凝らし、声の大きな出演者達に共感が生まれるのが、トテモ心地好かった。
コーラを飲みながら、其の人たちの真似をしてる裡に、少しずつモノを深く考えられなく成る感覚に陥った。其の得難い経験に、知的障害者の影を追っている事を自覚しつつ、心が震えて仕方無かった。
結局蔵は焼失して、私は顔に大きな火傷を負ったが、ブラックジャックみたいに粋なので、今も鏡を見返しては、日本の漫画は素晴らしいと感じるのだ。
――此処まで考えたトコロで、煙草は遂に燃え尽きた。
虫を食べる。其れは未来スタイルだ。
虫を食べれば食糧難は一気に解決すると信じている。
この地球で最も多い種で有り、蛋白質も豊富、獲るのも愉しい、しかも癖になる味で、好いトコロしか見つからない。
特にゴキブリは好い。あんなにも完璧な食料は有るだろうか。
どんな環境でも増え続け、成虫に成れば身も厚くて食べ応えが在る。しかも常に私の皮膚の中を這い回り続けているのだ。まさに永遠の食べ放題! 意地らしいのもポイントが高い。あの粒らな瞳と、少しお洒落なボディラインは、今も視る人視る人を惹き付けている事は、よく聞く話だ。
追いかけごっこをしてる時なんて、何時までもこの時間が続けば好いとさえ思ってしまう。
本当にコストパフォーマンスの善い相棒だ。
そして其れを食べる時の胸で抑えきれない慕情の激流と成れば!
グルメと言うのは、何時の時代も、記憶が一滴含まれている。
下半身を失くしたゴキブリの抵抗は、私の情愛を誘ってくる。口の中で暴れる時もそうだ。ゴキブリは私と夢を観たがっている。
人々は其れを希望と呼んでいる。
私は一足先に未来の誠実さに立っているのだ。
――此処まで考えたトコロで、煙草は遂に燃え尽きた。
綾波レイは世界中の精子を集めて、纏めて虚空に放った唯一無二の存在だ。
様々な人格が与えられ、様々な設定が盛られて、其れでも「綾波レイ」で在り続けた特別なセクシャルシンボルだ。
彼女の青い髪に白い包帯は、時に、現実を意味の無いモノにする。
私も綾波レイの真似をした経験が在る。其の時は暴漢とボクシングをして、路地裏に追い詰められ水をかけられて、唾を吐かれて去られたりした。
つまりは、この腫れの痛みも、この水の冷たさも、私が綾波レイから授かったエヴァの本質なのだ。
私は、絶対的な刺激が大好きだ。でも、私が人の貌を忘れてきた頃から、誰彼は遠慮をし始めていた。顔を殴らずお腹を殴ったり、水をかけずにトイレに顔を突っ込んだり、物足りない面白さしか提供してくれなく成った。
だから私は無理矢理マタ綾波レイに成った(正確に言えば、概念をコピーしただけだが)時には、誰彼はホッとした顔をし、ちゃんと傷でのコミュニケーションを取るように成って呉れた。
特に無表情で居る事を強いられ、路地裏で様々な穴に様々なモノを入れられた時には、ギコチナイとは言え、平和が訪れた瞬間だと感じた。
だから私はエヴァが好きだし、其処から派生した同人誌達が大好きだ。
惣流・アスカ・ラングレー程の人間らしさは持ち合わす事は最後まで出来なかったが。
――此処まで考えたトコロで、煙草は遂に燃え尽きた。
キスは咀嚼で在るべきだ。
お互いの一番好きなモノを噛み砕いて、其れを交換し合うのだ。
混ざって流動食のように成った其れは、相手との最大限の関わり方のように思う。
そして其の味の、何と豊潤な事だろう!
私が好きな食べ物は色々在るが、キスをする時に食べたいモノは決まっている。其れは、焼肉だ。其れも半生の儘が好い。
解けた肉の血の味を噛み締めながら、相手の食べ物を期待する。例えば、其れがサラダならば、緑色の奇跡が口の中を支配する。例えば、其れがアイスクリームならば、子供に帰ったような原体験が出来る。
心も繋がりも正直興味無いが、別に相手にしない儘、ただそのキスの味を知る為に無理をするのも悪く無いだろう。
特に、全て飲み込んだ後、お互いに舌で大量に残った歯垢を舐め合う行為には、恥ずかしがり屋の私でさえ、獰猛さを隠しきれずに溺れて、どうしようも無く心地好い。
偶に相手の歯ごと齧り取ってしまう事も有るが、其の時の相手の神様のような顔に見護られながら永遠に歯を舐め続けるのも一興だ。
そして其れを飲み込んだ後、後日のトイレに浮かんでる歯は純金よりも価値が有るに違い無い。
――此処まで考えたトコロで、煙草は遂に燃え尽きた。
怨霊とシックスナインは出来るのだろうか。
そもそも、怨霊に性欲は在るのだろうか。
私は今五十四の怨霊に取り憑かれているが、恥ずかしながら、今まで其れが成功した事が無い。
怨霊の殺意は、フェティズムだ。少し真っ直ぐ過ぎる誘惑だ。だって、私を滅茶苦茶にしたいのだろうから。
何度かクンニリングスを試した事は在る。でも、怨霊たちは気の好い奴らだが、ちょっとシャイな部分が有るので、いつも隠れてしまって失敗してばかりしてる。
首を締めたり、皿を割ったり、部屋を壊したり、妹ちゃんを殺したりはする癖に、なかなか本当の顔を視せて呉れない。
でも、其の真剣な眼には惹かれるトコロが在るのも事実だ。
血走った眼はルビー、鳴き濡れた眼はサファイア、殺意だけ残した眼はダイヤモンドだ。
だから私は、怨霊の下半身を舐め上げて、その眼の新しい色を見付けたい。
もしも、私の壊れた下半身もそっと触って呉れたなら、モスバーガーだって思い存分奢ってあげるのに。
勿論、足には期待してない。よく誤解されてるが、実は怨霊には足も有る。だが、ただ使う必要も無いし、使えるようにも出来てない。
結局、条理を超えただけの、ただの元人間なのだから。其れは仕方の無い事だ。
未だに怨霊の体液の味には期待しか存在してないのだけど。
――此処まで考えたトコロで、煙草は遂に燃え尽きた。
基督が最後に食べた晩餐は美味しかったのだろうか。
ユダはキット五臓六腑に染み渡っていたに違い無い。
何故なら、自分の一番愛した人を自分の一番最高な行為でピリオドを打つ事が出来たからだ。しかも其れを愛した人が了承しているのもポイントが高い。
結局基督教はBLだ。
そんな美味しい設定の中で、最後の奇跡を観せて貰いながら食べる晩餐の味わい深さは、考えるだけで羨ましさに爆発しそうだ。
パンは愛する人の肉、ワインは愛する人の血、其れを感じながら一つに成れるなんて、ロマンティックとしか言いようが無い。
私も家族全員を食べた時に思ったが、人肉は愛で食べるモノだ。醤油を掛けて食べるのが一番好いが、其れでもヤハリ部位によっては筋が多くて苦労したりする。最も、私自身は家族を其処まで愛していた訳では無いが。
だからこそ、いつか私も運命の人を食べてみたい。カルパッチョにして、パンに挟んで、ステーキにして、最後はお茶漬けにして締めたりして、食べてみたいのだ。
勿論モツは味噌で味付けをしてご飯のお供にするし、脳味噌はスプーンで食べるデザートだ。
恋も愛も超えた境地に居る運命の人。私より私と呼ぶべき人。何時に成れば逢えるのだろうか。
そしたらやっとちゃんと笑える気がするのに。
――此処まで考えたトコロで、煙草は遂に燃え尽きた。
さて、読者のミナサマ、お元気で遣ってますか?
私と言う包み込むような天啓に付き合って疲れていませんか?
何故いきなりメタ構造に成ってるんだとお怒りの方もおられると思います。申し訳ありません。
煙草も後少しに成ったので、後悔が無いようにと思いまして。
今まで、私は生について、或いは其の為の方法論について、只管考え抜いていました。其れは、奇特なミナサマですから、薄々気付いたのではないでしょうか?
そしてソロソロ思考旅行が終了するのも、当たり前のように知っているのでしょう。読みながらもこっそりウズウズしていませんか?
正直に言います。私は、其れでもこの小説を読み進める貴方達が羨ましいです。物語から飛び立つ翅を持っている貴方達が。
だからコレからは、貴方達への復讐です。
私と言う陽炎の最期の悪足掻きです。
貴方達に対する大切な助言です。
では、ちゃんと視届けて下さいね。其れだけが、私の望みです。
貴方達には平等に意味が有りません。貴方達には孤独が身の丈に合ってます。貴方達には殆ど内容が詰まってません。貴方達には倖せに成るように出来てません。貴方達は理由など無く存在しています。貴方達は勝手な快楽の性病として産まれた存在です。貴方達の代わりには全く困りません。貴方達の感情なんて誰も興味が無いです。貴方達では哀しみの真髄を理解出来ないです。貴方達では何を変える事も出来ません。貴方達のせいで世界は汚れています。貴方達のせいで誰かが子供を中絶します。そして、貴方達は必ず何時か間違い無く死にます。そう、必ず死にます。
だから貴方達が私を支える事は不可能です。私は貴方達のせいで消えます。貴方達は文学的に殺人鬼なのです。
そして私は、貴方達が何度も何度も作った完全なる被害者です。
どうか、考えて下さい。
貴方達は一体何を知っているつもりなのですか?
――此処まで考えたトコロで、煙草は遂に燃え尽きた。
私は自由に成りたかった。私は逃げ切りたかった。私は笑顔を練習したかった。私は何もかも悩みたかった。私は年齢を定めたかった。私は巧く踊りたかった。私は自分の欠落に驚きたかった。私は落ち込みたかった。私は人間を誇りたかった。私は深く重く在りたかった。私は未来を考えたかった。私は間違えたかった。私は会社に通いたかった。私は裏切りたかった。私はアルバムを視たかった。私は飛び降りたかった。私は病気に魘されたかった。私は流れて往きたかった。私は普通を護りたかった。私は壊し尽くしたかった。私は本を読みたかった。私は何もかも噛み締めたかった。私は映画館で寝たかった。私はこっそり脅されたかった。私は自分を助けたかった。私は傷付け合いたかった。私は人格を抱えたかった。私は誘拐されたかった。私は海を視たかった。私は浪費したかった。私は眼鏡を掛けたかった。私は微笑みながら不貞腐れたかった。私は泪に暮れたかった。私はずっと覚えていたかった。私は性別が欲しかった。私は名付けられたかった。私は神様を信じたかった。私は遠慮したかった。私は情報に犯されたかった。私はちゃんと仲直りしたかった。私は時間を持ちたかった。私は強く諭されたかった。私は価値を集めたかった。私は緊張したかった。私は貴方たちに逢いたかった。私はお礼を言いたかった。私は其れからを生きたかった。私は満足して死にたかった。
…………だから、私は。
――此処まで考えたトコロで、煙草は遂に燃え尽きた。
――そして紫煙は全て魂と化した。
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