「iに故意よ。」
僕の恋人は「ちいかわ」にソックリだった。
だから僕は恋人の健気さに何時までも惹かれ続けていた。
恋人は何時でも、一生懸命で、でも不器用で、笑顔が可愛くて、でも泣き虫で、僕を護ろうとしてて、でも僕を護れなくて、だった。
隣で震えているのは、何時だって武者震いではなかった。
交わしたキスさえ、何かに縋る様に祈る様に静かだった。
そして何より、僕等の間には、肉体関係を持てなかった。
其の御蔭か、日々は安心で快適で、当たり前の様に畏れを感じ続けていた。
しかし、其れでも好かったのだ。
御飯や御酒の嗜み方が少し下手糞で、僕が諌めると照れ笑った。
一緒に僕の部屋で映画を観ていても、必ず途中で睡りこけていた。
大量に飲んでる抑うつ剤の余りが、少しずつ部屋に溢れていった。
喋るのが苦手で、敢えてオノマトペだけで会話するのが愉しかった。
夜中に突然泣き出す姿に、子供みたいに一緒に泣くのも悪くなかった。
僕はハッキリ言えば、醜い顔をしている。
僕は僕の顔を何もかも気に食わないのだ。
そんな僕に恋人が帽子を贈って呉れた時の気持ちが皆様は判るだろうか?
僕は別に慰めて欲しい訳じゃなく、人と比べて欲しい訳でもなく、只、僕を遠ざけて救って欲しかったのだ。
だから恋人に帽子を贈られた僕は、今も毎日の様に、其の帽子を被っている。
青くて、幅の広いハンチング帽を。
恋人は僕とは違い、顔が整っていた。
眼が大きくて、鼻は高く成り過ぎず、片エクボで、歯並びがトテモ綺麗だった。
笑ったり泣いたりで忙しい其の顔は、こんな僕には勿体無いと思うくらいちゃんとしていた。
得てして、美しい人は、自分の美しさに疑問を持たない。
だから僕は、「少女地獄」の文庫本にゴッホの栞を挟み、勇気を出して贈った。
恋人は「ワァ……!」と相変わらず柔らかい声でシンプルな儘喜んでくれた。
僕が其の短篇小説と栞から、恋人に伝えたい色々事が詰まっているとは想像もしてない様に。
さて、ソロソロ狩りの時間だ。
ブンブンブン回しも遣って来るので油断は出来ない。
今日は天気も佳くて、或いは絶好の草毟り日和だな。
愉快な日々って、何でコンナにも泣けるのだろうか。
胸の中の弱い部分のせいで、爪先から痺れを感じる。
僕も顔が欲しいな。
僕も顔が欲しいな。
今に成って考える。
淋しい時は口笛を吹いてさえいれば、心のシンドイトコロを誤魔化せると言うのは絶対に嘘だ。
だってもう恋人を感じられない僕には、こんなにも口笛には意味が無いことを知っているから。
僕の悪夢は通常の手続きで対応し処理されるかな。
人魚は僕を食べようと躍起に成っているだろうな。
結局、僕は恋人の事が大好きだったみたいだ。
御願いだから最後に一つだけ教えて欲しい。
僕は一体何処から間違え始めてたのか?