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うぇいの哲学

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哲学みがある記事のまとめ
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#私のイチオシ

言葉は世界を切り分ける刃である。その意味で、言葉には暴力性が本質的に含まれる。言葉は世界を取りこぼす。

「言葉には暴力性がある」――この命題について本記事では考察したい。すなわち、人間が普段何気なく用いる言葉には本質的に暴力性が内包されているというスキャンダラスな内容を提示することが、本記事の目的である。 「言葉の暴力」というフレーズでまず想起されるのは、いじめやハラスメントであろう。けれども、私が言いたいのはそのような社会問題の一部という程度を超える、最も根本的なことなのである。(もちろん、それら社会問題が些末なものだと言っているわけではない。本記事での議論が、根底のところ

大衆はどこにいるのか?

哲学を学ぶと、現代の”常識”と呼ばれるものがどれだけ一時的なものかが感じられるようになります(そして捻くれていきます)。それで、「現代人は~なところがバカだよね」とか考えたり言っちゃったりします。 けれども、哲学を学ぶ自分もふつうの現代人として日常生活を過ごしているわけですから、自分で自分に説教しているとも言えます。 哲学を学んでいる自分は特別だぜ!と僕は思っているけど、実情は凡庸な大学生の一人です。僕が専らやっていることと言えば、YouTubeの再生数1を刻むくらいのこ

「人生に意味があるのか」という問いに向き合うための、2つのアプローチ

記事の要約 人生の意味について、どのように考えるべきなのでしょうか。究極的には「個人の人生の意味」が問題になってくるのでしょうけど、まずは「一般的に生きる」ということがどういう事態なのかを考えることから始めようと思います。なぜなら、私たちはさしあたり他の人と同じように生きているからです。一般的な生について考えた後で、「自分の人生の意味」にアプローチしたほうがよいでしょう。 そもそも、人生の意味を問うてしまったのはなぜなのでしょうか。現代日本の構造上、人生の意味を考えざるを

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生存と繁殖の先に何があるのか?(人生の意味への問い)

記事の概要人間社会は非常に複雑ですが、社会が存続するためには生殖活動が行われ、新たな個体がこの世界に参入し続けなくてはならないという事実があります。 社会や共同体でルールが定められている理由は、人々が平和に暮らすため、言い換えれば人々の「生存」と「繁殖」のためなのです。 では、人類が生存し、繁殖した先には何があるのでしょうか?...  しかしそもそも、このような問いを立てること自体が、生物学的には「バグ」であるように僕には思われるのです。というのも、「生存と生殖」を円滑

この世界に、「この自分」が何を付け加えればよいのだろう ハッピーエンドのその先の生き方を構想する

1. 「たぶん、自分が死んでも淡々と世界は続いていくよね」と思う人に向けて現代日本に生まれてよかったなーってすごく思うんですよね。歴史の教科書を読めばわかるけど「衣食住に困らないで暮らしていくこと」がヒトの最終的な目的だったわけで、そう考えると、まぁ大変だけど労働すればとりあえずは目的達成できるねって状況です。 「じゃあ、僕たちは何のために生きるのだろう?何をして生きていこう?」 昔話って、「こうして、いつまでもいつまでも平和に暮らしましたとさ」みたいなお決まりのフレーズ