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Turnout「映画が開く、タゴール・ソングの100年」(19)南アジア紀行(⑥エローラー前編)

[画像]エローラー石窟のカイラーサ・ナータ寺院(マンディル)。あたりの玄武岩の山を削り出し、壮麗な彫刻の寺院を造り上げた技術に息を呑む。(2020.02.15 道しるべサポーター撮影)

 映画『タゴール・ソングス』の世界にまつわる記事をお届けする、Turnout「映画が開く、タゴール・ソングの100年」。「南アジア紀行」ではベンガル地方を抱く南アジアの各スポットに、道しるべスタッフ、サポーターから寄せられた現地の画像とともに迫ってまいります。

 インドにおける美術の発達を古代の石窟にたどる連載は、インドの建築遺産の中でも傑作と名高いエローラー石窟へ歩みを進めます。
 
 映画『タゴール・ソングス』では、美しい歌が現地の情感あふれる景色とともにスクリーンと劇場に広がります。近代以前からベンガル地方には歌を愛でる文化があり、近隣からの移民により急速に発展したコルカタは因習に囚われない進歩的な知識人を生み出し、タゴールをはじめとする文化人を輩出します。

 北はヒマラヤ山脈、南はインド洋へ縦横に広がる大地で、美的価値観はどのように育まれたのでしょうか。エローラー編では、古代インドにおける目を見張る建築遺産から、インドにおける美の源泉をご紹介してまいります。

■岩山から掘り出したエローラー石窟の驚異

 古代インドでは仏教、ジャイナ教が興隆した後、ヒンドゥー教が台頭していきます。各宗教はインドのそれまでの土着の宗教とは対照的に、崇拝する神々とそれに寄り添うシンボルをに掘り込み、彫刻による芸術の技術を磨いていきました。

 前回のアジャンターも位置するデカン高原は、インドの国土の4分の1にも及ぶ巨大な岩盤です。高原の各地にはむき出しになった石を見かけることができます。古代インドでは、この岩盤がキャンバスとなったのです。

 石の肌ざわりは生物体のそれと異なっている。生物の身体のみに許された生命の脈動を石は持たない。しかし、自らを刻ませて「世界」となったインドの石の造形は、生命を与えられて言葉を語るのである。
([出典]辛島昇監修『世界の歴史と文化 インド』新潮社 2000年 P.102※太字は道しるべスタッフによる)

 特に石が雄弁に語り掛けてくるのが、このエローラー石窟です。壁画が貴重であったアジャンターと違い、ここでは彫刻が目を引きます。

 石窟群は、石窟観光の拠点アウランガバードから北西約25キロの地点にあります。車で1時間ほど進めば、デカン高原の岩山を切り開き作られた荘厳な石彫りの寺院群が観光客を待ち構えています。

 二キロ以上にもわたる石の塊にノミを振るい、光のあたる部分を作り出すことによって得られた意味のある空間。それがエローラーである。
([出典]辛島昇監修『世界の歴史と文化 インド』新潮社 2000年 P.102※太字は道しるべスタッフによる) 


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[画像]エローラー石窟のカイラーサ・ナータ寺院の威容。(2020.02.15 道しるべサポーター撮影)

 古代の建築遺跡として比べられるアジャンターとの違いは、仏教に留まらず、ヒンドゥー教、ジャイナ教と3つの宗教の遺跡が隣接していることです。三宗教の総合的聖地となった歴史から、石窟を寄進した王朝が自らが帰依する神々以外への信仰にも寛容だったことがうかがえます。

■シヴァ神の世界につながるカイラーサ・ナータ寺院

 その三宗教の遺跡の中でも、もっとも目を引くのがヒンドゥー教の寺院である第16窟カイラーサ・ナータ寺院です。

エローラ石窟寺院 そそり立つ壁

[画像]エローラー石窟のカイラーサ・ナータ寺院の彫刻群。寺院の周りには、本堂を取り囲む祠堂の彫刻が彫り込まれている。(2020.02.15 道しるべサポーター撮影)

 「カイラーサ」とは、ヒンドゥー教の主神シヴァ神の住処とされるヒマラヤの聖なる山の名です。「ナータ」は「主」の意味で、この寺院はカイラーサ山に住まうシヴァ神に捧げられた神殿なのです。

 寺院は玄武岩の山を上から幅45メートル、奥行85メートルにわたって削り出した空間に、岩を削り出すだけでシヴァ神が住まう山の世界観を表現しています。上から下へと掘り進めるだけであたかも石を積み上げて造ったかのような寺院を創り出してしまった古代の技術と情熱には驚くばかりです。

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[画像]カイラーサ・ナータ寺院の周囲。玄武岩の山の実際に掘り出した領域は、間口70メートル、奥行100メートル、高さ30メートルの規模に及ぶ。(2020.02.15 道しるべサポーター撮影)

カイラーサ寺院 17メートルのマンダパ トリミング後(下のみ)

[画像]カイラーサ・ナータ寺院の前堂付近。画像左部にそびえるのは前堂の両脇のスタンバ(記念柱)で、高さは17メートルにも及ぶ。(2020.02.15 道しるべサポーター撮影)

 あまりのスケールの大きさに、全景をカメラに収めるのは一苦労です。

 寺院は入り口から本堂まで一本の通路で結ばれています。

【寺院のつくり(伽藍構成)】
[楼門]
 入り口の門。複雑な構造。
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[ナンディ堂]
 「ナンディ」とは、シヴァ神が乗り物としている牝牛の呼び名。
 ナンディを祀る祠が本堂の前に設けられています。
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[前堂(マンダパ)]
 本堂に接する屋根の低い構造物。
 ↓
[本堂(ヴィマーナ)]
 砲弾形の祠堂がそびえたつ。前堂と一体となったこうした造りは、のちに
 インド南東部オリッサ地方で盛んになる寺院様式。

([出典]
 ・辛島昇監修『世界の歴史と文化 インド』新潮社 2000年 P.101
 ・神谷武夫著『インド建築案内』TOTO出版 2003年 P.361,364-365)

 高さ30メートルある寺院の天井は吹き抜けとなっており、視線の向かうままに天界に誘われる心地がします。

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[画像]カイラーサ・ナータ寺院上部にて。岩山を切り開き作られたことを実感する高さ。(2020.02.15 道しるべサポーター撮影)

 シヴァ神は、世界する破壊する力を秘める攻撃的な神で知られています。精密な彫刻の中には、矢の一閃で金・銀・鉄でできた悪魔の三つの都市を焼き尽くしてしまった「三都を破壊するシヴァ」など、数々の有名なエピソードが彫り込まれ、ヒンドゥー教徒に畏れ多い神の姿を今も伝えています。

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[画像]エローラー石窟の壁面の彫刻。精緻な彫刻は古代の営みを今に語り継ぐ。(2020.02.15 道しるべサポーター撮影)

 次回の南アジア紀行では、エローラー石窟の仏教、ジャイナ教の遺跡をたどりながら、古代インドでヒンドゥー教が仏教を凌ぐ勢力へ成長し、それぞれの宗教が影響し合いながらインドが形作られるプロセスをたどっていきます!

【参考文献】
・辛島昇他監修『南アジアを知る事典』平凡社 2005年 P.109,301
・辛島昇監修『世界の歴史と文化 インド』新潮社 2000年 P.97,100-101
・神谷武夫著『インド建築案内』TOTO出版 2003年 P.360-375

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