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Turnout「映画が開く、タゴール・ソングの100年」(10)南アジア紀行(②ハリドワール編)

[画像]ハリドワールのガートからの眺望。クンブ・メーラー(「壺祭り」の意)の時期には、インド全土からこの聖地に修行者たちが足を運ぶ。(2012.03.07 道しるべスタッフ撮影)

 映画『タゴール・ソングス』の世界にまつわる記事をお届けする、Turnout「映画が開く、タゴール・ソングの100年」。「南アジア紀行」ではベンガル地方を揺籃(ようらん)する南アジアの各スポットに、道しるべスタッフ、サポーターから寄せられた現地の画像とともに迫ってまいります。

 前回(9)バナーラス編に続き、今回もガンジス川沿岸の聖地をご紹介します。バナーラスからはるか北西へ、ヒマラヤ山脈の水源近くの聖地の様子を、ヘッセの『シッダールタ』の文章を道しるべにたどってまいりましょう。
 街の地理を理解するために、文章はガンジス川の源流とその成り立ちから始まります。

女神が地上の川として降臨するまで

 前回のバナーラスよりも、ハリドワールは内陸部に位置し、より水源に近い聖地です。ヒマラヤの山すそを下るガンジス川がちょうど平地に合流するあたりが、このハリドワールです。山間に位置しているので、バナーラスのような喧騒もなく普段は少しひっそりした街です。

 ガンジス川は現地ではガンガーと呼ばれ、その名は川を神格化した女神の呼び名でもあります。天から降り立ち、地上を流れる川となった神話が今も伝えられています。
 
 ヒマラヤ中部のガンゴートリ氷河にガンジス川の源流であるバギラティ川があります。その名は、女神ガンガーをこの地上に招来した神話の王バギーラタ王に由来しています。

バギラティ川とヒマラヤ

[画像]そびえ立つヒマラヤ山脈のガンゴートリ氷河より端を発する、ガンジス川の源流のバギラティ川。
(出典:Vaibhav Pisal  "Bhagirathi river and peaks"
https://www.flickr.com/photos/186817610@N08/49504093663/in/photolist-2iqvqmg-2jF7Vd6-2ihakcM-zCBSaw-b6GXGP-gUUNta-5SEEsM-2k6P5XH-7bsMUU-29EWiwu-dkxoWu-aKtrXr-7bp1V4-e4Hthi-21uamaG-8VGWgq-AGr9G7-gUTHVp-2iSBNgR-qhbFCB-LGw92F-2ibePC1-H275N-Fyxkya-6f8Ryg-5AvjF9-26UfMyo-znq1Uh-8nLCSK-YeZNgx-29M4BPA-QVUj7k-zzJe69-23PZzx9-U1kY4n-yL5T8h-2gByUzH-pCDmFb-4r2uov-6cE2W8-5EQKFz-WGy6L4-7iWfnU-8C5D1a-pEuYEr-ShNTs-24nTuTN-C2f1er-U5vPjr-JUMxKo
(accessed December 1st,2020))

 バギーラタ王はその4代前の王から、いかなる罪も浄めるガンガーを地上、そして地下世界にも降臨させようと苦行に励んでいました。4代前のサガラ王が自らの傲慢な振る舞いで神の怒りを買い、6万にも及ぶ息子が非業の死を遂げてしまったことがすべての始まりでした。ガンガーはヒマラヤの娘でその力は主に天界でのみ発揮されていたため、王たちはガンガーを地上・地下に降臨させ、息子たちが無事に昇天できるよう呼び続けていたのでした。

 バギーラタ王の頃についに苦行が実ったものの、川の女神であるガンガーが降臨するには天から落ちてくる際の急流を受け止めるため、さらに苦行を積むことを余儀なくされました。その苦行も成就した暁に、シヴァ神はその水流を額で受け止め湖としてためた上で、頭髪の間から川として流れるように計らってくれたとされています。

 インドの母なる大河がヒマラヤ山脈から地上の人間に恵みをもたらしていることは、今もダイナミックに沿岸の人々に語り継がれています。

神が降り立った地・ハリドワール

 このハリドワールはヒマラヤ山脈からガンジス川が地上に合流する地点であり、女神が地上の人々に恵みを行き渡らせる地点にあります。それだけでなく、神が足跡を残した地としても信仰されています。

 そもそもハリドワールという名前は「神(ハリ)」「門(ドワール)」という言葉でできており、街の名はこの地に降り立ったとされる「ヴィシュヌ神へ通じる門戸」を意味します。川の右岸には「ハリキパイリー(神の足跡)」と名付けられた聖なるガート(沐浴場)があり、ハリドワールでヒンドゥー教徒しか入れない最も神聖な場所の一つです。

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[画像]ハリドワールのハリキパイリーからの眺望。日暮れが近づくと、アールティーを待ち構えるヒンドゥー教徒が続々と集まってくる。(2015.03.09 道しるべスタッフ撮影)

 このハリキパイリーで取れる川の水は「神の水」として参拝客に珍重され、各地での祭りのために持ち帰られます。聖なる水を壺に収めて奉じる「壺祭り(クンブ・メーラー)」はハリドワールを含めた4つの聖地で盛大に開催される祭りで、12年の一度の大イベントめがけて400万人にも及ぶ人々が集まります。

 ハリドワールの観光名物ともなっているのが、ハリキパイリーで夕暮れとともに行われる祈り・アールティーの風景です。火をくべて、精霊を川の暗がりへ流す光景は、あの世とのつながりを思い起こさせ幻想的です。

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[画像]ハリドワールのアールティーの様子。(2015.03.05道しるべスタッフによる)

 禁欲の修行、俗世の生活と遍歴する中でガンジス川にたどり着いたシッダールタは、川に傾聴することでついには悟りへの境地に至ります。

友よ、川はたくさんの声を、非常にたくさんの声を持っていはしないか。

王者の声を、戦士の声を、雄牛の声を、夜の鳥の声を、産婦の声を、嘆息する男の声を、なおそのほか無数の声を持っていはしないか。

生きとし生けるもののすべての声が川の声の中にある。
[出典]竹田武史 構成:写真 ヘルマン・ヘッセ『シッダールタの旅』新潮社P.145-148

 川面は決して単調ではなく、幾重にも変化します。ガンジス川もここハリドワールではバナーラスよりも源流に近く、現地人でなくとも沐浴しやすい環境です。土地柄ごとの変化を楽しむことも一興ではないでしょうか。ぜひインドを育む母なる川の恵みを感じてみてください!

ハリドワール_アールティー(精霊流し)

[画像]アールティーでの精霊流しの様子。(2015.03.05道しるべスタッフによる) 

 南アジア紀行、さらにはインド音楽の連載は、ベンガル地方、そしてタゴールについての記事も交えながら連載してまいります。今後も、どうぞお楽しみに!

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