美術館と私

私は、美術館の良さが正直分からなかった。
だけど、最近になって分かってきた。

美術館を楽しめない理由は、能動性が低いからだ。
触ることができない。だから私は、壁に飾られている絵をただ見るだけである。

それが退屈である。過去形にできたら立派なのだけれど、正直、現在進行形だ。今でも、しばしば美術館を退屈だと思う。

先日、ルーヴル美術館展に行ってきた。(京都市京セラ美術館で開催されている)

音声ガイドを買って美術館内を回った。ナレーションは、満島ひかりさんと森川智之さん。

満島ひかりさんと森川智之さんが美術館の楽しみ方について語らっていた。
そこで、満島ひかりさんは、「絵画を窓のように楽しむ」と言った。

額縁を窓枠になぞらえて、窓からの景色を楽しむがごとく、絵画を見る。

なるほど、と思って真似してみた。だけど、正直、絵画と窓を連関させるのは私には向かなかった。


けれど、せっかくお金を払っているし、100%楽しみたい。
どうすれば美術館を楽しめるのだろうか?

そう逡巡しつつ、絵画を見て回る。

そのとき、聖母子の絵画に出会った。

サッソフェラート『眠る幼子イエス』

時が止まった。胸が高揚した。
この絵画を見る前と見た後で、世界も私も変化した。

これは、恋である。


それを経て、美術館の捉え方が変わった。

美術館は、恋をする場だ。


そして、私の内なる心の高ぶりを、静かに観る。
美術館賞は、瞑想だ。

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