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愛を知らぬ騎士 後編

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「ここは敵魔術師の討伐を優先すべきだ」
「ですがエミヤ、敵の数は油断なりません。ここはモードレッドと合流し、体勢を整えるべきです」

 モードレッドが崖下へと消えたあと、立香たちはその場から離脱してゴーレムたちから一旦身を隠した。
 それから今後の方針を皆で話し合っていたのだが、そこでアルトリアとエミヤで意見の対立が起こった。

「モードレッドなら独力で私達に合流できる」
「ですが!」

 しかしアルトリアはそこから先の言葉を口にすることは出来なかった。
 モードレッドの実力は直接戦ったことがある自分のほうがエミヤよりも把握している。だから理性では彼の意見が正しいと理解できる。しかし、正確に言葉へ換えられない胸騒ぎがあるのだ。

「一体どうした、アルトリア。君らしくもなく、今日は迷いを感じるぞ」

 エミヤが言う通り、確かに自分は迷っているとアルトリアは自覚していた。
 少し前ならば、このような迷いはなかったはずだ。

「メディアはどう思う?」

 立香が隣りにいるキャスターに問う。

「エミヤの坊やと同意見。私達が戦っているゴーレムは術者が死ねば形を保っていられないから、さっさと倒してしまうのは悪くない手よ。あとはマスターの判断に任せるわ」

 サーヴァントたちの意見を聞いた立香は思案を巡らす。
 アルトリアは心の中で立香に願った。どうかあの子を見捨てないでと。
 そこでこの胸騒ぎの正体を悟った。こうまでモードレッドにこだわっていたのは、戦力が失われることではない。
 アルトリアはモードレッドの身を案じていたのだ。
 いや、今さらあの子の身を案じる権利があるのだろうかと、アルトリアは自らを恥じた。

 愛する人々のために王としての責務を全うしているつもりだったが、この身を捧げた王道はある意味では呪いだ。王の責務からくる重圧に自らの心を殺した結果、愛を必要とする少女に手を差し伸べるどころか、絶望へ叩き落としたあげく殺したのだ。
 今さら親らしく振る舞おうとしたところで手遅れなのはわかっている。それでもなおモードレッドに手を差し伸べよと、自らの胸に宿る何かがアルトリアに命じていた。
 
「よし、決めたわ」

 立香は手の甲に刻まれた令呪をアルトリアへ向ける。
 令呪。それはマスターがサーヴァントへ命令を下す魔術の一種だ。
 これを使えば自害の強要すら出来るが、立香に刻まれているのは時間経過で再使用が可能である反面、強制力が低下しているタイプだ。

 そのため、サーヴァントへの命令権というよりも、令呪に内包されている魔力をつかってサーヴァントの力を一時的に増強するために使われることが多い。
 おそらく立香はアルトリアに対して、迷いを断ち切るように命じるつもりなのだろう。強制力は低くとも、その程度ならば十分に作用する。

「令呪をもってアルトリアに命じます」

 三画のうちの一つが赤く輝く。

「自らの良心に従いなさい」

 令呪が一つ消え、魔力が開放されてアルトリアに作用する。

「行って、アルトリア。そして生前は出来なかったことをしてきて。私達はゴーレムを操る魔術師を倒してくるから」
「マスター……」

 アルトリアは胸が熱くなるのを感じた。

「感謝します」

 一礼の後、アルトリアは全力で駆け出した。
 もうアルトリアに迷いはなくなった。迷うこと無くモードレッドを助けに向かった。
 まずはモードレッドが落ちた川へと向かい、そこからさらに彼女が流されたであろう川下を目指す。

 立香と離れているにもかかわらず強い力が全身に行き渡っているのを感じる。
 令呪の魔力だ。今のアルトリアは良心に従っている時に限り、常に万全の状態となる。
 川の途中、岩に引っかかっている剣を見つけた。

「これはクラレント!」

 ここにあるということは、モードレッドは丸腰だということだ。
 あの子は思っていた以上に危険な状態にある。アルトリアは先を急いだ。
 

「甘いな、マスターは」

 アルトリアがモードレッドを助けに向かった後、エミヤはため息混じりに言った。
 メディアもエミヤ同様に少々呆れた顔をしている。

「確かにエミヤの言うとおりだと思う。でも、私はこれが不正解とは思わない」

 普段は普通の少女らしく振る舞っている立香であるが、この時は違っていた。

「なぜなら、モードレッドを助けるためにアルトリアを向かわせろという自分の良心に従ったのだから」

 エミヤとメディアは自分たちがなぜ彼女を自らのマスターであると認めたのかを改めて理解した。
 魔術師としての素養がなく、眼を見張るような才能があるわけでもない。恐れを知らぬ勇気を持つわけでもなく、強大な力を持った存在に対して人並みの恐怖心を抱くこともある。

 それでもなお人理焼却を防いだ偉業を成し遂げたのは、彼女が確かな良心を持っていたからに他ならない。
 たとえこの世全てが敵になろうとも、決して自分の良心に妥協しない。
 どのような結果になろうとも、それをいとわず自らの良心に従う。

 それが藤丸立香という少女だ。
 彼女はサーヴァントのような超能力は何一つ持たない。しかし、彼女を知る者の多くは彼女を超人だと認めるだろう。
 決して良心に背かないという苛烈な有り様は、紛れもなく人を超えた人であるからだ。
 

 サーヴァント最優と謳われるセイバーであっても、無敵ではない。素手での戦いを強いられているのなら、なおさらだ。
 モードレッドは戦い続けた。どれほどのゴーレムを叩き壊したかわからない。当たり一面に無数の残骸が転がっている。

 酷使した両手から血が流れている。指をわずかに動かすだけで痛みが走る。もしかすると骨にヒビが入っているのかもしれない。
 襲いかかってきた全てのゴーレムは叩き壊したが、決して無視できない痛手を数発受けていた。すでに鎧は粉々に砕け散っている。マスターからの魔力供給量が低下している状況では、再生成することもかなわない。

 満身創痍であった。モードレッドは認めたくはなかったが、自分はこれ以上戦えない。味方が助けに来てくれるのを期待するしかない。
 味方という言葉を思い浮かべた時、モードレッドの脳裏に浮かび上がってきたのはアルトリアの顔であった。

「馬鹿かオレは」

 モードレッドは自らの愚かしさを鼻で笑った。
 アルトリアが助けに来てくれるものか。立香ならともかく、反旗を翻した騎士を助ける王がいるはずもない。
 彼女にとってモードレッドなどモルガンが妄執で作り上げた醜いホムンクルスでしかないのだから。

 そうして自らアルトリアが助けにくる可能性を否定していると、ふいに視界がにじみはじめた。
 雨が目に入ったのか? いや違う。それは自らの瞳から溢れている涙であった。

「ああそうか。オレはいまだあの人に……」

 愛されたがっていた。
 その言葉を口にしようとした時、遮るかのようにズシンと大きく重い音が響いた。
 ハッとなって振り向くと、今まで倒したゴーレムの5倍以上の身の丈を持つ巨大ゴーレムがそこにいた。

 おそらく、ここで自分はサーヴァントとしての死を迎えることになるとモードレッドは理解した。
 剣を失い、鎧を砕かれ、自分を愛するものはいないという現実に打ちのめされ、モードレッドの心から力が失われつつあった。
 しかしそれでも、あるいはだからこそ、モードレッドは戦おうとした。

 痛みに耐えながら拳を握る。
 どれほど心が弱っても、闘志は残っていた。それはマッチに灯った小さな火のようなものであっても、彼女の心から闘志は消えないのだ。
 自分は騎士であるという矜持がモードレッドを支えていた。三流であろうとも騎士である以上は、敵から目を背けずに立ち向かうのだ。
 
「でやぁ!」
 
 モードレッドは地を蹴り、ゴーレムの頭部めがけて矢のごとく速度で飛び上がる。これまでの戦いで、ゴーレムの感覚器官は人同様、頭部に集中していると分かっていた。完全に倒すためには四肢を砕く必要はあるものの、まずは目を潰して相手の動きを阻害させる必要がある。

 だが、ここでモードレットの目論見が外れてしまう。
 ゴーレムはその巨体からは想像できないほどの俊敏さで、空中に跳び上がったモードレッドと掴んだのだ。

「何!?」

 ゴーレムはモードレッドを地面へと叩きつける。
 凄まじい衝撃が襲いかかりモードレッドは意識を一瞬失ってしまう。
 この一撃で内臓が傷ついたのか、咳き込みながら血を吐いた。
 ゴーレムが最後の一撃を与えるべく、拳を振り上げる。
 ああ、これでおしまいか。モードレッドが諦観しようとしたその時、凛とした声が響いた。

「私の子に何をするか!」

 青と銀の風が駆け抜けた直後、岩で作られたゴーレムの腕が粘土のように切断されたのだ。
 モードレッドは自らが目にしている光景に言葉を失う。
 右手にエクスカリバー、左手にクラレントを持ったアルトリアが自分よりも遥かに巨大な持つゴーレムに立ちはだかっているのだ。

 まるで、傷ついた子を守る親のごとく。

 大型ゴーレムが更に現れた。一体、二体、まだまだ増えていく。
 巨人の軍団の前に、アルトリアの体はあまりに小さいが、そのような物理的な体格差など感じさせないほどに騎士王は強い威容を放っていた。

「エクスカリバー! そしてクラレント! 我が子を害する敵を討て!」

 アルトリアが両手の剣を振るうと、エクスカリバーからは黄金色の、クラレントからは真紅の極光が放たれてゴーレムたちを残らず飲み込む。
 光が収まった後、ゴーレムは跡形もなく消滅していた。
 エクスカリバーとクラレントの光によって分厚い雨雲は切り裂かれ、鮮やかな青色が空に現れる。

「無事で良かった」

 柔らかな陽の光を背に受けたアルトリアは優しげな笑みをモードレッドに向ける。

(ああ、嘘だ。幻覚に決まっている)

 モードレッドは自分は正気ではないと思った。これは死の間際に見る白昼夢であると。

(夢なら早く覚めてくれ。オレにこんな残酷なものを見せないでくれ)

 自分を誰かが愛してくれるという願望。願望だからこそ、現実には起こりえないとわかっている。それを、こうして見せつけられたことでモードレッドの心は激痛で悲鳴を上げる寸前だった。
 アルトリアは二つの宝具をあっさりとその場で手放し、傷つき倒れていたモードレッドの体をひしと抱きしめる。

「な、なにを……」

「私は間違っていた。あなたを拒絶するのではなく、こうして一度でも抱きしめてさえいれば、カムランの丘は無かったかもしれないのに」

 アルトリアに抱きしめられる確かな感触に、モードレッドはこれが現実であると認めざる得なかった。

「今まで愛さなくて、ごめんなさい」

 その一言を耳にして、モードレッドは自分から何かが剥がれ落ちるのを悟った。

「やっぱり、あんたは人の心がわからない。どうして……どうしてよりにもよって……気持ちが一番弱っているときに、それを言うんだよ」

 初めて知った人の愛に、少女は泣いた。
 

 アルトリアがモードレッドを助け出し、ゴーレムを作っていた魔術師を倒して特異点は無事に解決された。
 それから三日後、立香はアルトリアとモードレッドの姿を食堂で見かけた。
 向き合って食事をしている二人は特に会話をすることはなく、親子と言うにはあまりにぎこちなかったが、以前のような険悪な空気は感じられない。

 ふと厨房に目を向けると、そこで料理をしているエミヤと目が合った。
 君の思惑通りになったなと目で語りかけてくる。
 もちろん善くあってほしいと願ってはいたが、確信を持ってことに望めたことはマスターとなってからは殆どなかった。
 だからこそ、今のアルトリアとモードレッドを見て、心の底から良かったと思った。

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