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愛を知らぬ騎士 前編

 改変された歴史、すなわち特異点によって人類の未来が消滅する人理焼却。その事件を人理継続保障機関フィニス・カルデアが解決してから数ヶ月が過ぎようとしていた。
 セイバーのサーヴァント、アルトリア・ペンドラゴンは自身のマスターである藤丸立香を探していた。
 自室や食堂など心当たりのある場所に立香はいなかった。一体どこにいるのだろうと考えながら廊下を歩いていると、マシュとモードレッドの姿があった。
 
「マシュ、ちょうどよかった。マスターがどこにいるかわかりませんか?」
「先輩なら展望室にいるのを見かけましたよ」
「ありがとう、マシュ」

 そのまま展望室へいこうとした時、モードレッドの刺々しい視線に気がつく。

「なにか?」
「ふん! 別に」

 モードレッドは理由を言わずに立ち去っていった。
 アルトリアとモードレッドの関係は良好とは言えない。それは二人の逸話を知れば無理もないだろう。なぜならアルトリアはアーサー王であり、モードレッドはその「息子」なのだから。

 後世に伝わっているアーサー王の伝説は実態とは大きく異なっている。アーサー王は男として振る舞っていた少女であった。モードレッドはアーサー王が自身の姉であるモルガンとの間にもうけた不貞の子とされているが、実際はモルガンがアルトリアの遺伝子を元に自分の体内で作り出した人造人間という、伝わっている伝説と比べて複雑な関係となっている。

 モードレッドはアルトリアに自分を後継者に指名するよう求めたが、アルトリアは王の資格なしとしてそれを拒否。これが引き金となってモードレッドは反乱を起こしブリテンを滅ぼした。
 モードレッドの刺々しい視線を無視しながらアルトリアは立香のいる所へと向かった。

 展望室に到着すると、一人で風景を眺めている立香の後ろ姿があった。
 ここカルデアは極寒の地に建てられているので、展望室と言っても美しい風景を望めるというわけではない。何もかもが凍りついている温かさ無き世界が見えるだけだ。しかし、壁ばかりの場所で過ごすよりかは人の心にわずかながらの潤いをもたらしているのは確かだ。

「マスター、お時間を頂いても良いでしょうか?」
「どうしたの、アルトリア」
「貴女に相談したいことがありまして」
「ええ、わかったわ」

 立香は微笑みながら答えた。

「それで、何を相談したいの?」
「モードレッドについてです。同じマスターに使えるサーヴァント同士、彼女とは全幅の信頼を預けるとはいかないまでも最低限の協調はするべきだと思っているのですが、どうも彼女は生前の出来事にとらわれていて、私に敵意ばかりを向けているのです」

「アルトリアはモードレッドのことをどう思っているの?」
「問題児とは思っていますが、そこまでです。モードレッドの反逆で国が滅んだのも、私が王としてもっと上手くやっていれば防げたこと。憎むと言うほど敵意はありません」
「……」
「マスター?」

 立香はなにか考え込んでいる様子だが、アルトリアはその心中を察せられない。
 
「ねえアルトリア、モードレッドは誰かに愛されたことがある?」
「さて、どうでしょうか。母親であるモルガンはモードレッドをただの道具としてか見ていませんでした。それに、私と同じく男して振る舞っていた彼女に恋人がいたとは思えません」

 マスターが突然そのような質問をしたことに戸惑いつつ、アルトリアは答えた。

「あなたはモードレッドを愛したことがある?」
「いいえ」

 アルトリアはきっぱりと言った。

「王として特定の個人に肩入れするわけにはいきません」

 ブリテンの民全てを分け隔てなく愛する。それがアルトリアの信念であった。

「そう……」
「マスター?」
「どうして誰もモードレッドを愛さなかったの?」

 深い悲しみが立香にあった。

「そ、それは……」
「アーサー王に害意を持つモルガンが生み出したから? 人ではなくホムンクルスだから? でも、モードレッドは自ら望んでモルガンの子として、ホムンクルスとして生まれたわけじゃない」

 誰かから生まれてきたのか。何として生まれたのか。それらは誰も自分自身の意思で選ぶことはできない。故に、それは愛される権利を剥奪される理由にはならないのだ。

「モードレッドは自分の生まれに負い目を感じていた。だからこそ、愛される価値を持つ人になろうとした。彼女が王になろうとしたのは単なる野心じゃない。王になって、その苦悩を自分が代わりに背負えば、アルトリアから愛してもらえるかもしれないと思ったからよ」

 モードレッドには愛されたいという願いがあった。そのことに、アルトリアは今まで全く気づかなかった。

「モードレッドにとって、あなたは愛されるための最後の希望だった。それが潰えた時、おそらく彼女はこの世に自分を愛してくれる人はいないのだと思った。この世の人は全て敵と思うようになってしまい、自分を人生の袋小路に追いやった。そうしたら、あとはもう暴力を振るうしかない」

 立香はアルトリアを見て言った。
 
「誰にも愛されなかったから、モードレッドは反逆の騎士になってしまった」
「し、しかし、だからといって、資格なき者に王権を譲れば民を不幸に陥れてしまいます。それに、何も王になることが唯一愛される方法ではないはずです。何より、私一人にこだわらなくとも、世界にはモードレッドを愛する人がかならずいたはず。彼女はその人を探すべきだった」

 アルトリアは自分の言葉がどこか言い訳じみているように感じた。
 
「そうね。いくら愛されなかったからといって、国一つを滅ぼすのはとても悪いこと。それがモードレッドの罪であるのは間違いない。アルトリアを諦めるべきだったのかもしれない。でも、どんな形にせよ、血のつながった人からの愛を諦めないのは悪いことだと、そう切り捨てるのは本当に正義なの?」

 言葉が刃のようにアルトリアへ突き刺さる。
 円卓の騎士の一人であるトリスタンから言われた言葉が脳裏をよぎる。

『王は人の心が分からない』

 王としてアルトリアは非情な決断をいくつも下した。良心の痛みに耐えながら、愛する人々のために自らの心を殺して理想の王たらんとした。
 そう、心を殺してしまったのだ。大勢を幸福にしようとするあまり、自分に寄り添うものを愛するという心を殺してしまったのだ。
 寄り添うものを愛せないものが、それ以外の多くを愛せるのだろうか。

「アルトリア」

 立香は悲しげな眼差しでアルトリアを見る。
 展望のガラス越しからごうごうと吹雪の音が聞こえてくる。まるで何かに嘆いているかのように。

「あなたの国が滅んだのは、あなた一人が悪いわけじゃない。一人ひとりの心のすれ違いが重なってしまった結果だと思う。だから、所詮いまさらというのはわかっているけれど、カルデアにいる限りはお互いの心に向き合ってほしいの」
「はい……わかりました……失礼いたします」

 顔から血の気を失ったアルトリアは展望室から立ち去る。
 ふいにカムランの丘でモードレッドを討ち取った時のことを思い出した。
 あの時、アルトリアが槍で貫いて絶命する直前のモードレッドの顔が浮かび上がる。
 それまでは憎悪を露わにした表情であったが、命を絶たれる瞬間に限っては親に見捨てられた子どものような泣き顔であった。
 その理由を、アルトリアは今思い知った。
 

 凍えるほどに冷たい雨がモードレッドの意識を暗闇から引きずり出す。

「ああ、痛え……」

 全身を苛む痛みに耐えながら立ち上がる。

「ここは、どこだ?」

 周囲を見渡す。モードレッドは森の中を流れる川の岸辺にいた。
 森はかなり深い。空が雨雲に覆われているというのもあるが、十数メートル先は真夜中のように暗い。

 モードレッドは自分が何故ここにいるのか記憶を手繰りよせる。
 微細な特異点が発見されたのはつい昨日のことだ。自然消滅する可能性が高かったものの、人理焼却の再発の危険性も僅かにあるため、大事を取ってその特異点の解決に向かった。

 現地では特異点の原因となっている魔術師が生み出したゴーレム軍団との戦いとなった。
 その戦いの中でモードレッドは不運に見舞われた。
 戦場となっていた崖で地震が発生。よりにもよってモードレッドの足元の地面が崩落して、崖下の川に転落してしまったのだ。

 もはやどれほど流されたかわからない。マスターである立香との繋がりを希薄に感じているので、そうとう離れているのは確かだ。
 マスターから魔力の供給が期待できない以上、戦闘力の低下は免れない。

「なんてこった、クラレントがない」

 モードレッドにとって最悪な状況であった。よりにもよって宝具を失ってしまったのだ。川に落ちた際に何処かへ流されてしまったのだろう。

「早く戻らねえと」

 優先すべきなのは味方との合流だ。立香の近くなら戦闘力は戻る。クラレントはその後に探せばいい。
 まずは川上へ向かおうとしたが、モードレッドは自分が敵に囲まれていると気づいた。

「ちきしょう、もうきやがったのか」

 目に見える範囲で5体のゴーレムがいる。感じ取れる気配も含めれば10は超えるだろう。

「上等だ。クラレントがなくったって、有象無象のゴーレムなんざ屁でもねえ!」

 モードレッドは手近な一体に向かって走り出し、ゴーレムの脳天に手刀を叩きつけて粉砕する。
 同時に、残るゴーレムたちが一斉にモードレッドめがけて襲いかかってきた。


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