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第4話 魔法空手・白雪姫前編

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 不思議の国の北、万年雪が山頂に積もる白髪山の麓にはシードルの町があります。
 冷涼な気候のこの土地では美味しいリンゴが沢山育ち、それを使ったリンゴ酒《シードル》はこの町の名産品です。
 白雪姫はシードルの町の領主の娘として生まれます。
 
 ある日、白雪姫は幼い頃に母を失ってしまいます。その後、領主は新しい妻を迎えました。
 カタリーナという名の新しい妻はたいへん若く、白雪姫にとっては継母というよりも、年の離れた義姉と言ったほうが正しいでしょう。
 そんなカタリーナには秘密がありました。
 
「鏡よ鏡。この国で一番強くて美しいのは誰?」

 カタリーナは結婚した時に持ち込んだ鏡に話しかけます。
 するとどうでしょうか。鏡がかすかに震えるとそこから声が聞こえてきたではありませんか。
 
「それは貴女です。カタリーナ様」
「そうでしょう。そうでしょう」

 カタリーナは満足そうに頷きます。
 彼女の鏡は神代に作られた魔法の鏡で、どんな質問にも答えてくれる力を持っていました。
 
「5年後の武闘会で私は優勝できる?」
「カタリーナ様の勝率は98%です」

 100%でないのは少し不満でしたが、自分がほぼ女王様になれるとわかったカタリーナはとても気分が良くなりました。
 カタリーナは部屋の窓を開けます。その先には領主が所有しているリンゴ畑があります
 
「こんな田舎だけじゃない。女王任ればこの国の全てが私のものになる」

 カタリーナは領主の妻になっただけでは満足していませんでした。数年後に開かれる武闘会に参加できるだけの若さと力を持つ彼女は、女王になる野望をいだいていたのです。
 自分の力と、どんな質問にも答えてくれる魔法の鏡があれば野望はかなう。カタリーナはそれを心から信じていました。
 そのため、カタリーナは魔法の鏡のことを秘密にしていました。
 ですがある日、白雪姫が魔法の鏡を見つけてしまいます。
 
「時々、義母様の部屋から知らない人の声が聞こえる。悪い幽霊がいるならやっつけないと」

 心優しい白雪姫はそう考え、カタリーナがいない時に部屋を調べようとしました。

「こんにちは。あなたの名前を教えて下さい」
「誰?!」

 突然話しかけられた白雪姫はびっくりしてしまいます。
 
「こちらです」

 呼びかけられた先には鏡がありました。声はここから聞こえてきます。
 
「私は魔法の鏡。あなたの名前を教えて下さい」
「白雪よ」
「あなたを登録しました白雪様。何かご質問はありますか?」
「この部屋に幽霊はいる?」
「いいえ。幽霊は検知されておりません」
「良かった。幽霊だと思っていた声はあなただったのね」

 白雪姫はホッとします。

「勝手に部屋に入ったと義母様に知れたら怒られる、もう行くわね」

 カタリーナは誰かが勝手に部屋に入るのを大変嫌っており、お掃除のときも使用人を見張っていることを白雪姫は思い出します。
 
「またのご利用をお待ちしております」

 そんな出来事があってから数日後、カタリーナは再び魔法の鏡を使います。
 
「鏡よ鏡。この国で一番強くて美しいのは誰?」
「それは貴女です。カタリーナ様」
「武闘会で私は優勝できる?」

 カタリーナはいつもどおりの答えが返ってくると思いました。ですが……
 
「カタリーナ様の勝率は52%です」
「なんですって!? さっきお前は私が最強だと答えたじゃない!?」

 がくりと下がった勝率にカタリーナは驚きます。
 
「それは現時点のものです。分析の結果、武闘会開催時には白雪様の戦闘力がカタリーナ様を上回ります」

 実のところ、魔法の鏡は何でも知っているわけではなく、知っていることと、そこからの予測しか答えられないのです。
 今までカタリーナが最強だと答えていたのも、彼女以上に強い人を知らないからです。なので、カタリーナより強い人を知れば、その人が最強だと鏡は答えます。
 
「こちらが将来の白雪様の予測です」

 鏡に未来の姿の白雪姫と彼女の強さを示す文字と数字が表示されます。
 文字と数字は神代のものなのでカタリーナは読み取れませんが、しかし彼女は直感的にわかってしまいました。
 数年後の白雪姫は確実に自分よりも強く、そして美しくなると。
 
「冗談じゃない!」

 カタリーナは魔法の鏡を拳で粉砕します。

「この世で最も強くて美しいのは私! 私でなければいけないのよ!」

 カタリーナはお抱えの猟師を呼び出します
 
「白雪姫を殺し、その証拠として心臓を持ち帰りなさい」
「お嬢様を殺すなんて、そんなこと出来ません」
「そう。だったら今すぐ屋敷から出ていくことね。そのまま病気の母親と一緒にのたれ死になさい」

 なんと卑怯なのでしょう。カタリーナは自分では手をくださず、他人に白雪姫を暗殺させようとしたのです。

「……分かりました」

 猟師は母親のお薬のためにお金が必要でした。公爵の屋敷を追い出されて職を失ったら、母親は死んでしまいます。
 ですが、猟師には良心がありました。そのままカタリーナには従うつもりはありません。
 
「お嬢様。カタリーナ様が貴方の命を狙っています。どうか遠くまでお逃げください」
「義母様が……」

 その時の白雪姫は12歳でしたが、不思議とこの現実を受け入れていました。カタリーナは実母と違ってとても冷たい人で、こういうことが起きてもおかしくないと薄々わかっていました。
 
「カタリーナ様については私がなんとかごまかします。これから辛く厳しい人生となるでしょうが、どうか強く生きてください」

 こうして白雪姫はシードルの町から命からがら逃げ延びました。
 そして猟師はイノシシの心臓を白雪姫のものと偽ってカタリーナに渡します。
 心臓を受け取ったカタリーナは屋敷の使われていない部屋に行くと、そこで心臓と怪しい薬を一緒に煮込みます。

「よし、肥料が出来たわ」

 カタリーナはおぞましい方法で作らえた肥料を持って、屋敷の庭へ向かいます。
 庭のすみっこには、りんご園から仲間はずれにされたかのように、実のなっていないリンゴの木がポツンとありました。
 そのリンゴの木におぞましい肥料を与えると、あっという間に毒々しい赤紫色をしたリンゴがなります。
 
「ふふふ」

 カタリーナはいつもはめている手袋を外します。彼女の素手は、赤紫のリンゴと同じ色をしていました。
 カタリーナは赤紫のリンゴをもぎ取ると、それを両手で握りつぶします。

「ああ、いいわ」

 リンゴの果汁が手に染み込むと、カタリーナはとても気持ちよさそうな顔を浮かべます。
 
「これで私の手の毒がより強くなった。この毒りんごの果汁の毒手があれば、私は最強よ」

 何ということでしょう! カタリーナは生き物の心臓を使った肥料で、おぞましき毒りんごを育てていたのです!
 そう! 毒を手に浸して相手を死に至らしめる毒手拳! カタリーナはその使い手だったのです!
 

 
 猟師のおかげで逃げ延びた白雪姫でしたが、子供が当てもないまま生きていけるほどこの世界は優しくありませんでした。
 気がつくと深い森の中を何日もさまよっていました。
 疲れと空腹でとうとう白雪姫は倒れてしまいます。
 
「猟師さん、ごめんなさい」

 白雪姫の心にあるのは申し訳ないという気持ちでした。せっかく助けてくれた命を、ここで終わらせてしまうからです。
 ふわりと体が浮くのを白雪姫は感じます。ああ、とうとう天国に召されるのかと思いましたが、すぐに誰かが抱き上げてくれていると気づきます。
 
「かわいそうに、こんなにやつれて。もう大丈夫だ」

 誰かが助けてくれた。白雪姫は安心のあまり気を失ってしまいます。
 それから少しして、目覚めた白雪姫は7人の男女と出会います。

「それは大変だったね。なら、ここに住むといい。今日から君は私達の8人目の家族だ」

 事情知った7人は白雪姫を暖かく受け入れました。
 こうして森の中で新しい生活が始まります。
 彼女を助けた7人の男女は、武闘家と魔法使いの集まりでした。彼ら、彼女らは自分が極めたひとつの技や魔法に関しては達人でした。しかし、他の技や魔法は平凡なレベルだったために大成できず、こうして森の奥で寄り添いながら生きていたのです。
 
「私にあなた達の武道と魔法を教えて下さい」

 森での生活を初めて数ヶ月、白雪姫は新しい家族たちにお願いしました。女の子として生まれた以上、武道や魔法を覚えたいと思うのは当然です。
 こうして7人の男女は白雪姫の師匠となりました。
 7人の師匠は自分たちが極めた技と魔法を伝授していきます。とても、とても熱心に白雪姫を鍛えます。
 
 一つを技や魔法を極めるためだけに人生を費やし、しかし結局なんの成果も得られなかった7人の師匠は、せめて誰かに技を伝授することで、自分たちの努力は無駄ではなかったと証明したかったのでしょう。
 教えられる側の白雪姫も熱心に修行に勤しみました。
 こうして白雪姫と7人の師匠の生活は4年半ほど続きました。

 もうすぐ武闘会が開かれる頃、カタリーナはある噂を耳にします。
 各地の武道大会で圧倒的な実力を見せて優勝している少女がいると。
 この国では、20年に一度の武闘会だけでなく、小さな大会があちこちで開かれています。
 人々はこう言います、『彼女は天才で、”白雪のように”美しい』と

 噂の少女の評判を聞いた時、カタリーナは嫌な予感がしました。もしかしたら白雪姫が生きているかも知れない。
 そこでカタリーナは噂の少女が出場している大会をこっそり覗いてみました。
 
「白雪! やはり生きていたのね!」

 成長したその姿は間違いなくしら白雪姫でした。
 白雪姫はカタリーナより強くなる。魔法の鏡の言葉を思い出した彼女は、こっそり白雪姫の後をつけます。
 そして、白雪姫と7人の師匠たちが暮らす家がカタリーナに知られてしまいました。
 
「こんなところにいたのね。次は私の手で始末してやる」
 

「師匠たちにお話があります」

 家に帰ってきた白雪姫は前々から考えていたことを伝えます。
 
「私はもうじき開かれる武闘会に参加します」
「最近、あちこちの大会に出ていたのは実戦経験を積むためか」

 そう言ったのは、森で行き倒れていた白雪姫を見つけた師匠でした。
 
「あのまま死ぬところだった私を師匠たちは助けてくれました。その恩を返すにどうすれば良いのか考え、ようやく答えが出ました」
「それが武闘会に出場する理由か?」
「はい。師匠たちから教えていただいた、魔法と空手の技が最強だと証明する。それが私なりの恩返しです」
「そうか。なら、私達からお前に贈り物がある。いつかこういう日が来ると思って、取っておいたものだ」

 師匠たちが出してきたのは古い箱でした。鉄のようであり銀のように見える金属で作られているそれは、おそらく神代のものでしょう。

「お前が街に出ている間、森の奥で神代の遺跡を見つけた。これはそこで手に入れたものだ」

 箱の中にあるのは雪の結晶のような形をしたドレス・ストーンでした。
 
「武闘会に出るのなら、これが必要だろう。今日からお前はただの白雪ではなく、武闘姫の白雪姫だ」

 白雪姫はドレス・ストーンを師匠から受け取ります。
 
「ありがとうございます」

 白雪姫にとってこれ以上の贈り物はありません。
 それから一夜があけ、白雪姫は7人の師匠たちに見送られながら旅立ちました。
 ところが森の入口で不思議なおばあさんと出会ったのです。
 
「お嬢さん、美味しい美味しいリンゴはいかが?」

 おばあさんの籠にはリンゴがいっぱい入っていましたが、毒々しい赤紫色をしています。
 
「いらないわ」
「そう言わずに。このリンゴは見た目は悪いけど、それは美味しい証拠なの。さあ、さあ」

 おばあさんは怪しいリンゴをまるで押し付けるかのように白雪姫に渡そうとしてきます。
 
「喝ッ!」

 激しい気合とともに白雪姫は看破の魔法を放ちました。
 
「ぐわーっ!」

 白雪姫が放った魔法を受けると、おばあさんはのたうち回ります。するとどうでしょうか、姿が変わって正体を表したではありませんか。
 おばあさんの正体はカタリーナでした。彼女は毒りんごで白雪姫を暗殺しようとしていたのです。
 
「やはりあなたでしたか、義母様」

 一度は命を狙われたのです。カタリーナが再び自分を殺そうとしてくるのを、白雪姫はわかっていました。
 
「小娘の分際で小賢しい真似を! ええい、こうなったら実力でお前を殺してやる!」

 カタリーナの手には彼女のドレス・ストーンが握られています。武闘会に出るのであれば、持っていて当然です。
 
「ドレスアップ!」

 武闘姫に変身したカタリーナは、先程の毒りんごと同じおぞましい赤紫色の武闘礼装をまとっていました。
 対抗して、白雪姫も変身します。
 
「ドレスアップ」

 白雪姫の武闘礼装は雪のように美しい白帯がありました。玄人を示す黒でないのは、初心を忘れない心構えから来ています。
 
「死ねー!」

 カタリーナが襲いかかります。彼女の手は毒りんごの果汁が染み込んでいて、どんな小さな怪我でも致命に至るでしょう。
 カタリーナが繰り出す猛毒即死チョップを白雪姫は既のところでかわします。
 
「何が天才よ! 私の攻撃をかわすので精一杯じゃない」

 次々とチョップを放つカタリーナは気づいていません。白雪姫はかわすのが精一杯ではないのです。
 むしろその逆!
 カタリーナの動きを完璧に見きっているからこそ、必要最小限の動きでかわしているのです!
 
「これで止めよ!」

 カタリーナは首を狙う猛毒クロスチョップを繰り出しました!
 しかし当然! 白雪姫はその攻撃をも見切っています。
 白雪姫は毒手に触れないようカタリーナの腕を掴み、すかさず解毒の魔法を使いました。

「毒あるものよ消え去れ!」

 毒々しい色だったカタリーナの手は、一転して白魚のようなきれいな手になります。
 
「そんな! 私の毒手は魔法なんかじゃ消えないはず」
「どんなに強い毒でも、それを上回る力で解毒すればいい。単純なことよ」

 毒が綺麗さっぱり消えた自分の両手を見たカタリーナはがっくりと膝から崩れ落ちます。
 カタリーナは長い年月をかけて自分の毒手を育てていきました。その努力が一瞬で無駄となり、絶望のあまり彼女は気を失ってしまいます。
 白雪姫はカタリーナを一瞥し、歩きはじめます。
 毒手を失ったカタリーナは再起不能です。もはや眼中にはありませんでした。
 
 白雪姫の心にあるのは、これから戦うであろう強敵たちです。
 彼女たちを全て打ち倒し、7人の師匠から受け継いだ技と魔法が最強であると証明する。自分の魔法と空手の才能はそのために授かったのだと、白雪姫は考えていました。


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