第21話 大妖怪九尾 中編
アリスは空で翼を持つ魔物と戦っていました。
彼女の武闘礼装の噴射口から魔力の輝きが生まれ、地上の人々からはまるで真昼に現れた流れ星のように見えました。
「お前がジャバウォックを倒した武闘姫か!」
空の魔物の中でひときわ大きな存在感を発するのは一匹のドラゴンでした。
「いかにも! 私はアリス。アリス・キャロル」
アリスは堂々と名乗ります。
「貴様は九尾の配下か?」
「勘違いするな。あくまでお前を倒す機会を得る代わりに、あの女狐に手を貸しているだけだ」
ドラゴンは大気を震わせるような声で名乗ります。
「我が名はスナーク! あのジャバウォックを倒したその力、試させてもらうぞ!」
スナークが拳を握るとそこに魔力がやどります。魔力はみるみるうちに肥大化し、彼の拳を包むグローブとなりました。
「シュ! シュ!」
スナークが鋭いワンツーパンチを繰り出してきます。
彼は羽ばたきの反動を利用して拳を打ち出しており、空中でありながら、大地をしっかり踏みしめたかのような重さを持っていました。
アリスはパンチを剣で弾きます。それによって魔力グローブは切り裂かれますが、その下にあるスナークの拳には届きません。
しかも魔力グローブは切った端から再生しています。
「これがドラゴンボクシングの真髄だ。いかに貴様の聖剣が万物を断つとは言え、つねに再生し続ける魔力グローブはそう簡単に引き裂かれない」
アリスはなかなか厄介だと思いました。その間、他の魔物は次々と王都へ向かっていきます。
「まずい!」
かといってスナークを放置することも出来ません。
その時、王都の方から光線が放たれて次々と空の魔物を撃ち落としていきました。
「誰かはわからぬが、かたじけない」
これでアリスはスナークとの一騎打ちに専念できます。
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光線で空の魔物を撃ち落としているのは眠り姫でした。
彼女は王都の防壁の上で腹ばいになって銃を構えています。それはシンデレラとの戦いで使ったものとは違うものでした。
「すごい武器だな。だが、なぜ今まで使わなかったんだ?」
横にいるパートナーのペローが訪ねます。
「このTOUTAKUレーザーライフルはあくまで遠距離用の武器です。武闘姫が相手だと至近距離での戦いになりがちなので、かえって不利になります」
その光線銃は神代の技術において最高傑作とも言えるものでしたが、先程眠り姫が説明した理由であまり使う機会はなかったものです。
「それもそうか」
納得したペローは次々と撃ち落とされる魔物を眺めます。
●
王都の東では大地を駆け巡る稲妻が次々と魔物を倒していました。
稲妻の正体は電光雷鳴拳:瞬電の型を使った白雪姫です。
一通り魔物の群れを倒した後、八つの巨大な影が現れました。
巨人です。
先頭に立つ巨人が締めている帯の色は黒。達人であることは明白です。
残り七人は白帯ですが、巨人であるからには見習いと侮るわけには生きません。
「我ら巨人空手八人衆! 我々の空手を人の世に知らしめるためにやってきた!」
黒帯の巨人が声を張り上げると、空気がビリビリと震えました。
体が大きいから強い。単純ながらだからこそ明白な強さをもつ巨人が八人。魔法と空手の神に愛された白雪姫といえども、窮地に立たされるのは必定でしょう。
「そこにいる人の空手家よ! 我らが求めるはあくまで力を示すこと! 命惜しくば逃げるがいい」
黒帯の巨人に対し、しかし白雪姫は構えます。
「私は逃げない! 自分の魔法空手が最強だと証明するまで、一歩でも引くものか!」
「よくぞ言った! それでこそ私達の弟子!」
援軍が現れました。彼らは白雪姫を鍛えた七人の師匠たちです。
「師匠! なぜここに!?」
「なに、お前の晴れ舞台を見たくてこっそり王都に来ていた。だが、今はそれどころではないな。白帯の巨人は私達に任せろ。武道や魔法の頂点に立つ才覚がないとはいえ、白帯に遅れはとらないお前は黒帯を倒せ!」
「はい!」
白雪姫は百人の味方を得たかのように心強い気持ちになりました。
彼女は拳を握り、巨人に立ち向かっていきます。
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王都の南に現れたのはゴブリンの大群でした。
この魔物は決して強くなく、訓練を受けていない素人でも倒せる程度ですが、しかし実戦を経験している冒険者や兵士にとって最も油断できない魔物とみなされています。
それはなぜか? ゴブリンは人の子供程度でありますが知性を持っているからです。
この世界において知性を持つ魔物ほど油断ならない敵はいません。なぜなら知性があれば戦う力を養えるからです。
事実、ゴブリン流の武道がいくつか存在しています
ここにいるゴブリンたちは九尾にそそのかされてしまっていますが、達人といえるだけの力を持った者がいます。
そんな彼らは王都への侵攻をピタリと止めていました。
ゴブリンと対峙するのは忍者でした。
鋼治と鳩美。加えてかぐや姫は実体分身術である水面の月を使って3人に増えています。
圧倒的な忍者の存在感が5人分。それをまともに浴びてしまったがゆえに、ゴブリンは一歩も前へ進めなくなったのです。
忍者たちは忍ぶ者であることを止め、超人としての威圧感を力強くゴブリンたちにぶつけます。
するとどうでしょうか。未熟なゴブリンたちが発狂して絶命します。
ですが一部のゴブリンは恐怖に引きつった金切り声を上げながらも、かぐや姫たちに向かっていきます。
「お兄ちゃん、お姉ちゃん」
このときに限り、かぐや姫は竹取流忍法の家元としてではなく、鋼治と鳩美の妹として言いました。
「私のために最後まで戦ってくれてありがとう」
「気にするな。俺たちは兄妹だ」
「私達が至らないばかりに、あなたに家元という重責を背負わせてしまった。せめてこれくらいは手伝わせて」
兄と姉の言葉に、かぐや姫は胸を打たれました。
そして、忍者たちはゴブリンの軍勢に向かって一斉に無数の手裏剣を放ちました。
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王都の西から攻めてきた魔物の数は他と比べて10人と非常に少数ですが、戦力としての質は決して低くありませんでした。
なぜならこの方角から現れたのは人狼だったからです。
自分が不思議の国を征服した暁には、人狼が自由に人を食えるようにする。その甘言にそそのかされて、彼らはやってきたのでした。
そんな彼らの前に赤ずきんが立ちはだかります。
赤ずきんは先頭にたつ女人狼に斧を叩きつけますが、相手はそれを正面から受け止めます。
「お前が赤ずきんね。丁度いい。ここで始末してあげる。いい加減目障りになのよ」
女人狼はドレス・ストーンを取り出します。
「ドレスアップ!」
女人狼が武闘姫に変身しました。
「そうか。お前が人狼の武闘姫か! 今まで見つからなかったのはコソコソと隠れていたわけね」
「馬鹿みたいに斧を振り回すし可能のないあなたと違って、私には時勢をみる目があるのよ。九尾が動いた今こそがチャンスよ」
「時勢? お前達人狼にそんなものは決して訪れない」
女人狼は赤ずきんを鼻で笑います。
「たった一人でこの数を倒せると持っているの?」
その時、赤ずきんは斧を振るいました。
気づけたのは女人狼のみでした。彼女はとっさに真上へ飛び上がります。
直後、他の人狼たちの首が残らず宙を舞いました。
赤ずきんは音速を超える速度で斧を振るい、そによって生じた衝撃波が人狼たちの首をはねたのです!
「これで一対一よ」
女人狼から赤ずきんを嘲る気持ちが消えます。
この戦いは人を蹂躙するものではなく、自分の生死がかかった戦いであると女人狼は理解したのです。
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王都には一本の大きな河があり、地図上から見ると北東から南西にかけて袈裟懸けに流れています。
そして上流側と下流側には水の魔物の侵入を阻むための水門がありました。
それらは強固に造られており、王都建設以来一度も破られたことはありません。
ですがそれは今日限りとなってしまいます。
ドーンという轟音とともに上流門が破られたのです。
「これ以上魔物を進ませるな!!」
駆けつけた兵士たちは弓や魔法で攻撃しますが、敵は水中であるためにその威力の殆どが減衰してしまっています。
ですが、どういうわけか魔物は安全な水中から姿を見せたのです。
「あ、あれは水閃魔魚! まずい!」
兵士たちの隊長はその魔物の正体を知っていました。彼は部下たちに撤退を命じようとしますが、それよりも速く敵の攻撃が放たれます。
水閃魔魚の口から尋常ならざる圧力と勢いで水流が放たれました。それは建物を次々と切断して兵士たちに迫ります。
その時! 河から巨大な水の壁が現れて兵士たちを水閃魔魚の攻撃から守ったではありませんか。
「ここはアタシにまかせろ!」
現れたのは人魚姫でした。彼女が水の魔法を使って兵士たちを守ったのです。
「助かりました! どうかご武運を!」
水中では無敵と謳われるほどの武闘姫が現れたのです。兵士たちはその場を人魚姫に任せ、他の場所にいる人々を守るために向かいました。
水閃魔魚は人魚姫に水流を放とうとします。ですが彼女のほうが一手早かった。
河から巨大な水の竜巻が水閃魔魚を天高く打ち上げたのです。
そして人魚姫は河から巨大な水の槍を作って水閃魔魚を串刺しにしたのです。
「よし!」
ですが敵を倒した直後の人魚姫に、4つの水流が襲いかかります。
人魚姫はとっさに水の壁で防御しました。
攻撃してきたのは新たに現れた四匹の水閃魔魚です。
「まさか一匹だけじゃなかったとはな。だが水中戦じゃあアタシは負けねえ!」
シンデレラだけは例外だけどな。と心のなかで付け加えて人魚姫は水閃魔魚を倒すために河へ飛び込みました。
●
今、兵士たちの目は王都の外にいる魔物たちへと向けられていました。
しかし敵はなにも魔物たちだけではありません。
人々が魔物から逃げるため、王都の中心へと避難する中、どういうわけか防壁に向かう複数人の男女がいたのです。それも明らかに人目を避けて。
彼らは防壁の内側に怪しい物体を何個か貼り付けていきます。
「よし、準備はできたな?」
「ええ。全ては九尾様のために」
なんとことでしょう! 彼らは九尾を信奉するカルト教団の一員なのです。
「でも、本当にこんな小さなもので王都の防壁を崩せるか?」
教団員の一人が疑わしい目つきで防壁に貼り付けた物体を見ます。
「大丈夫よ。問題ないわこれは……」
女の教団員が仲間の疑問に答えようとしますが……
「それは神代で作られた爆薬よ。それが起爆すればこのあたりの防壁は木っ端微塵になるでしょうね」
彼らは突然現れた人物……すなわちグレーテルを驚きの眼差しで見ます。
「やれやれ、案の定といったところかしらね」
「なぜわかった!?」
「当然でしょう? 伝説によれば九尾はかなりずる賢くて人をたぶらかすというじゃない。だったら今回もあんたたちみたいな連中を九尾が用意してもおかしくない」
女の教団員は仲間たちに素早く命じます
「早く爆破して!」
しかしそれよりも早く、グレーテルが連射した矢が爆薬の起爆装置を全て破壊したのです。
「あなた達が余計なことをしようとするせいで、私はタダ働きをしないといけないのよ。おとなしくしてなさい」
働くからには報酬を得なければならないのがグレーテルのポリシーですが、王都存亡の危機とあっては嫌々ながらも働かざる得ません。
「ドレスアップ!」
女の教団員は懐からドレス・ストーンを取り出して変身します。
黒ずくめの武闘礼装を見る限り、どうやら暗殺者タイプの武闘姫のようです。
「大義のために死ね!」
黒ずくめの武闘姫が短剣を抜きます。その刃には怪しい色の液体が塗られており、毒であるのは間違いないとグレーテルは判断します。
ほかの教団員たちもそれぞれの武器を取り出しました。
こいつらを捕まえて突き出せば、報奨金は出るのだろうか? そんなことを考えながらグレーテルは弓を引きます。
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