第11話 機人CQC・眠り姫後編
武闘会の参加登録を終えた後、眠り姫とペローはひとまずその街で宿を取りました。
「茨の魔女と戦いで受けた傷はもういいのか?」
「ええ。自己修復機能で完治しています」
眠り姫は自分の手が問題なく動くさまをペローに見せます。
「前は1000年もかかったのにずいぶん早く治るんだな」
「あのときの損傷は自己修復機能の想定を超えていました。失った部品を作り直そうとなれば、それだけの年月がかかります」
「とはいえ、時間さえかければお前は不死身なんだろ?」
眠り姫は「いいえ」と答えます。
「私が再起動できたのは、動力源である内蔵ドレス・ストーンが奇跡的に無事だったからです」
「じゃあ、もしドレス・ストーンが壊れたり、奪われたりしたら……」
「ええ、自己修復できずに私は死ぬでしょう」
武闘会で負ければ眠り姫は死んでしまいます。それを知ったペローの顔がさっと青ざめました。
「大丈夫、私は負けません」
眠り姫は安心させるかのようにほほえみます。
「仮に負けたとしても、ドレス・ストーンは武闘会が終われば返却されますし、万が一破壊されたとしても、新しいドレス・ストーンを用意すれば生き返りますよ」
それを聞いたペローはホッとします。
「それは良かった。で、早速他の武闘姫と戦うのか?」
「いえ、まずは情報を集めようと思います」
眠り姫は宿屋の屋根に上がると、空を見上げます。
「何を見ているんだ?」
「衛星軌道上にまだ稼働している監視衛星があります。それを操作して、他の武闘姫の情報を集めます」
「ええっと、空には機械仕掛けの使い魔がいて、そいつに協力してもらうと?」
ペローは眠り姫の言葉をそのように解釈しました。
「はー、神代はすごいもんだな」
「僕のほうがすごいよ!」
あからさまな対抗心を見せてきたのは眠り姫に割り当てられたハピネスでした。
「機械じかけの使い魔なんて邪道だよ。その点、僕はこんなにも可愛くて、楽しくおしゃべり出来……」
横でごちゃごちゃと言うハピネスを無視して、眠り姫は監視衛生と通信を行います。
武闘会開始してからしばらくの間、眠り姫は情報収集に徹します。
そして、ある武闘姫のことを知りました。
そう、我らがシンデレラです。
アリス、白雪姫、かぐや姫、そして赤ずきん。眠り姫は監視衛生を通じて、シンデレラの戦いを知ります。
そして何日も掛けて情報収集した眠り姫は、いよいよシンデレラとの対決を決意しました。
「ペロー、私はシンデレラを倒します」
「勝ち目はあるのか?」
「もちろん。これまでの戦いを見て、彼女の流派の型や行動の傾向は把握済みです。加えて、地の利も活かします。ペロー、地図を開いてください」
言われてペローはこの地域の地図を開きます。
「ドローンからの情報によればシンデレラの場所はここです。武闘会の残り期間を考えれば、彼女は王都へ向かうでしょう」
「勝ち残った武闘姫は最終日までに王都にたどり着く必要があるからな……そうか、風穴山か」
ペローは地図を見て眠り姫の意図が読めました。
「そうです。ここでシンデレラを迎え撃ちます」
●
風穴山がなぜそのような名で呼ばれているのか。それは文字通りこの山には風穴が開けられているからです。
ここも大昔に武闘姫同士の戦いがあり、魔法の光線がこの山を貫き、風穴を作りました。
ゆえにここは風穴山なのです。
眠り姫のよみ通り、シンデレラは風穴山を訪れました。王都へ向かうには、山を貫く風穴を通り抜けるのが一番の近道です。
「シンデレラ、この先に武闘姫がいるよ」
自分と同種の使い魔を感知できるハピネス371が告げます。
「前の赤ずきんのように誰かを騙していないわね?」
「ほ、本当だよ。信じて」
シンデレラは無表情でしたが、ハピネスは天敵に睨まれたかのようにすくみあがってしまいました。
「なら、いいわ」
シンデレラは風穴山の風穴に足を踏み入れました。
風穴は直径が大人の身長3人分ほどで、人が十分に通れるだけの大きさでした。
中を歩いていると硬い感触が靴底から伝わってきます。魔法の光線が貫いたのはちょうど鉱脈があった場所で、溶けた鉄鉱石が冷えてて固まったことで、風穴は鉄の管のようになっています。
そしてちょうど中間点で、シンデレラは眠り姫と出会いました。
「シンデレラ、あなたに勝負を申し込みます」
すでに眠り姫は武闘礼装をまとって戦闘態勢にあります。
「その勝負、受けて立つわ……ドレスアップ」
シンデレラも武闘礼装をまといました。
機人である眠り姫を見て全く驚かないといえば嘘になりますが、しかしシンデレラの関心は別にあります。
誰あろうと!
どのような存在であろうと!
勝負を受けて立つのが武闘姫です!
シンデレラと眠り姫のハピネスが風穴の天井近くまで飛び上がり、試合を見守ります。
眠り姫は即座に両手の拳銃を向けてきました。シンデレラにとっては全く未知の武器ですが、拳が届かない距離で使おうとしているので、それは飛び道具だとすぐに理解します。
一瞬タイミングをずらして二丁の拳銃から弾丸が放たれます。
弾丸は常人にとって目にも留まらぬ速さです。ガラスの時間10%を使ったシンデレラを持ってしても、ぎりぎり見えるほどでした。
鋼のガラスの手甲で弾丸を弾きます。
とはいえ次も簡単に銃撃を防げるとは限りません。ガラスの時間を20%に引き上げればできるでしょうが、それは向こうの手の内を見てからとシンデレラは決めています。
肉薄したシンデレラが右ストレートを打ちます!
ですが眠り姫は必要最小限の体捌きで躱しました。
シンデレラは自分が感じていたものに間違いはないと確信します。眠り姫は銃を使いますが、間違いなく武闘家であると!
単純な身体能力で言えば、眠り姫はガラスの時間10%を使ったシンデレラの動き一歩劣ります。しかし、眠り姫はシンデレラの動きを完全に予測することで、劣る一歩を補っていました。
眠り姫は二丁拳銃を巧みに操って攻撃してきます。銃を使うその型は、たとえ徒手空拳でも恐るべき拳法でしょう。
シンデレラは裏拳やチョップを繰り出し、銃口を自分から反らします。
飛来する銃弾は恐ろしいほどの速度ですが、軌道は単純な直線です。防御や回避が困難なら、その必要が無いようにすれば良いのです。
「ハッ」
一瞬の隙きをついてシンデレラが掌底を眠り姫の胸に叩きつけます! が、手応えはありませんでした。
打撃の瞬間、眠り姫は後ろに跳んで衝撃をゼロにしたのです! 動きを完全に読んでいるので当然でしょう。
しかも距離を取られてしまいました。シンデレラは間合いを詰めるべく接近します。
当然、眠り姫は銃口を向けてきます。その角度から、シンデレラは相手が足を狙っていると見抜きました。
ほんの僅かだけシンデレラは横にずれます。
銃弾は点の攻撃です。標的が少しでも動いたら簡単に外れてしまうとシンデレラはもう分かっていました。
背後で銃弾が風穴の内壁に当たる音を聞きながら、眠り姫に拳を叩き込もうとするシンデレラですが、直後に未知の攻撃を受けます!
ふくらはぎと肩に、熱したナイフで切られたのような痛みが走ります。
まったく予想外の攻撃を受け、シンデレラは一瞬よろめきますが、どうにか踏ん張ります。
眠り姫の銃口は今だシンデレラに向けられています。
しかしそれはわずかに狙いが外れていました。正確には、シンデレラが避ける方向を予測して狙ってます。
シンデレラはその場で動かず、防御の姿勢を取ります。
眠り姫が放った予測射撃は、シンデレラが避けようとしなかったので彼女の両側を通り過ぎます。
シンデレラは眠り姫の動きに注意します。先程受けた未知の攻撃に備えるためです。
極限まで高められた集中力によって、シンデレラの時間感覚が鈍化します。
眠り姫に動きはありません。例の攻撃はまだのようです。
背後では外れた銃弾が内壁に当たる音。それが"複数"聞こえてきました。
「!」
ここでようやく、攻撃の正体に気づきました。シンデレラはとっさに躱そうとします。
金属質の内壁で反射した銃弾が、シンデレラの肌を浅く切ります!
跳弾!
それが眠り姫が放った攻撃の正体!
最初の攻防はシンデレラに思い込みを誘発させる仕込みだったのです! 銃の攻撃は一度避けてしまえば次はないと!
実はシンデレラの掌底を受けた直後に、眠り姫は弾丸を跳弾しやすい材質の反射弾へ密かに変えていたのです。魔力を物質化する力を持っているからこそできる芸当でしょう。
更には金属質の内壁が弾丸をより反射しやすくしています。
これこそ、眠り姫がこの場所を戦う場に選んだ理由だったのです!
「気づくのが早いですね。私の予測ではあと一回くらいは気づかれないはずでした」
「わけのわからない攻撃を受けたのよ。その瞬間に思い込みは全部捨てた」
二人共も相手は決して油断できないと、改めて気を引き締めました。
シンデレラは金属質の地面を砕けるほどの力蹴り、眠り姫に迫ります!
眠り姫が射撃!
しかし、シンデレラは地を蹴って別方向へ飛びました。そして天井や内壁を次々と蹴って、まるで彼女が跳弾であるかのように風穴の内部を跳びはねます。
「私の弾道計算を乱すつもりですね!」
跳弾など当てずっぽうではまず命中しません。人間を遥かに超える思考速度を持つ機人だからこそできる芸当なのです。
確かに激しく内壁を飛び回るシンデレラを跳弾で仕留めるための計算は凄まじく複雑となるでしょう。
そのため眠り姫は戦い方を変えました。
眠り姫はシンデレラの位置とは無関係に銃を乱射します。
二丁の拳銃を操る眠り姫の動きはまるで美しい舞いのようでした。
放たれた無数の弾丸は風穴の内部を乱反射します。
「うわー!」
「危ない!」
試合を審判する二羽のハピネスは流れ弾に当たらないよう、急いで離れます。
無数の跳弾が眠り姫の周囲を跳びはねますが、緻密な弾道計算によって彼女本人には命中しません。
それはいわば跳弾の結界!
うかつに飛びこむのは危険です!
しかし! おお、なんということでしょう! シンデレラは構わず飛び込みました!
跳弾が左右からシンデレラに襲いかかります。危ない!
ですが、シンデレラに弾丸が命中すると、なぜか金属質の音が鳴り響きました。
彼女の両手には黒く薄い何かがあり、それで跳弾を防御したのです。
それは風穴の内壁でした。シンデレラは飛び回りながら、金属質の内壁を引き剥がして即席の盾としたのです!
シンデレラは盾を投げ捨てて、再び至近距離まで間合いを詰めます!
「この距離なら、跳弾は使えないでしょう」
二人の距離は至近です。もし眠り姫が跳弾をシンデレラに当てようとしたら、自分も当たってしまう危険があります。
「浅はかですね!」
シンデレラと眠り姫は激しい攻防を繰り広げ、その周囲を弾丸が跳びはねます。
跳弾は何度かシンデレラの肌をかすめますが、眠り姫は無傷です。
たとえシンデレラが至近距離であろうと、眠り姫の弾道計算は狂いません。
状況は依然として眠り姫が優勢!
(どうにかガラスの時間に対応できている。白雪姫戦やかぐや姫戦のように出力を上げたとしても、ほんの数秒が限界! 私の耐久性能ならシンデレラの自滅が先!)
しかし、そこで眠り姫にとって想定外の事が起きました。
シンデレラの行動予測が次第にずれ始めてきたのです。
(そんな、まさか。いいえ、間違いない)
隙きを見せるような同様で貼りませんが、眠り姫は確かに驚きました。
(シンデレラは成長している!)
眠り姫はシンデレラの動きを完全に読み切っており、彼女の行動に対して最適な対応をしてきました。
だからこそなのです、
シンデレラは眠り姫との戦いの中で! 改善すべき部分に気づき! 成長したのです!
(シンデレラの動きを分析し直さなければ!)
眠り姫は一瞬たりとも気が抜けないほどの激しい攻防を繰り広げつつ、跳弾の弾道計算も行っていました。そこへ更にシンデレラの動きの再分析が加わり、眠り姫の人工頭脳に大きな負荷が加わります。
結果、眠り姫のありとあらゆる行動に、ほんの僅かな、ほとんど誤差とも言っていい遅延が生じました。
これまでシンデレラと強敵たちの戦いを目にしてきた読者の皆様ならばおわかりでしょう。
この遅延が! どれほど致命的であるかと!
もちろん、それを見逃すシンデレラではありません!
シンデレラは眠り姫の腕を掴みます。
「しまった!」
そして、そのまま一本背負いで眠り姫を地面に叩きつけます!
眠り姫に取って運が悪いことに、倒れた直後に跳弾が彼女の右膝に命中してしまいました。
「……私の負けです」
眠り姫は負けを認めました。右膝はまだかろうじて動きますが、しかしシンデレラほどの達人が相手ではもはや戦えないでしょう。
「武闘会の規則に従い、私のドレス・ストーンを譲渡します」
眠り姫の胸部が開かれ、内部ドレス・ストーンが顕になりました。
「それを取ったら、あなたはどうなるの? まるで心臓のように見えるけれど」
「これは私の動力源です。失えば完全に機能が停止するでしょう」
1000年前に大破した時、眠り姫はドレス・ストーンを傷つけてしまいました。それでも完全に失ったわけではないので、長い年月を掛けて自己修復できました。
しかし、体から完全に取り外されてしまったら、二度を動くことはできません。
眠り姫の自己修復機能は存在しないものを生み出せないのです。
「……そう」
シンデレラは一言つぶやき、そのまま風穴の出口へと歩きだします。
「シンデレラ?」
「私がしたいのは力比べよ。人殺しじゃない」
シンデレラはそれほどドレス・ストーンに執着しているわけではありません。倒れたままの眠り姫をその場に残し、王都へと向かいました。
●
ペローは風穴の外で待っていました。眠り姫の戦法上、近くにいては流れ弾に当たってしまうからです。
「そんな!」
シンデレラが風穴から出てきたのを見て、ペローは愕然とします。
「眠り姫が負けた……」
ドレス・ストーンを奪われた眠り姫は死にます。ドレス・ストーンをもう一度取り付ければ蘇るとはいえ、ペローは胸が締め付けられる思いです。
シンデレラの姿が見えなくなった後、ペローは急いで風穴に入ります。
「眠り姫!」
しかし眠り姫は生きてました。右膝に損傷を受けていますが、ドレス・ストーンは奪われていません。
「ああ、良かった!」
ペローは倒れている眠り姫を抱き起こします。
シンデレラが彼女を見逃した理由をペローは分かりませんが、今はただ友人が生きているのを嬉しく思いました。
眠り姫はペローに肩を借りて立ち上がります。
「すみません、ペロー。人の良き友人であるべきなのに助けてもらって」
「かまわないさ。いや、こうあるべきなんだ」
「どういうことでしょう?」
「友人とは助け合うべきなんだ」
「ペロー……ありがとうございます」
ペローの温もりとともに、眠り姫は友人の本当の意味を理解します。
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