それいけ! 賢人パンマン
もしあなたば賢人パンを食べたら、魚や野菜の粉末を練り込んだことで醸し出される独特の風味に思わず顔をしかめる筈だ。
食文化に中指を突き立てるような代物を作り出したのはガルヴロッシュという男だ。彼はある理由から美食を憎んでおり、美食を否定するために完全栄養食・賢人パンを生み出した。
困ったことに、シャーレアン人の殆どが研究と学問以外は無頓着で、栄養さえあればそれで良いと賢人パンを受け入れてしまったのだ。。
ガルヴロッシュの美食に対する憎悪は賢人パンを生み出してもなお止まらなかった。
彼は賢人パンをより凶悪に改良したヘルスブレッドを開発し、それをシャーレアンの国民食として認可させようとしたのだ。
絶体絶命の窮地に陥ったシャーレアン食文化を救ったのは、ガルヴロッシュの教え子デブロイと光の戦士だった。
世界を救った英雄がなぜと思うかも知れないが、光の戦士はあの一流レストランであるビスマルクでも通用するほどの腕を持つ。
デブロイと光の戦士はヘルスブレッドの栄養はそのままに、それでいて美味しさを損なわないメルヴィンブレッドを開発。選考会でヘルスブレッドに勝利した。
さらにはガルヴロッシュの憎悪を晴らし、彼に味の大切さを理解させた。
その後、考えを改めたガルヴロッシュは、教え子のデブロイと共に今はメルヴィンブレッドをより効率的に作る研究を行っている。
「教授、やりましたね!」
「ああ、まだまだ改善すべき点はあるが一歩前進だ」
到達点にはまだ遠くも、確かな成果を得た二人は喜んでいた。
その時、窓を突き破って何者かが研究室に侵入した!
「やあ! 僕は賢人パンマンだよ」
にこやかに挨拶する彼の頭部は賢人パンで出来ていた。単なる被りものではない。本物だ。焼きたての賢人パンが放つ匂いがそれを証明している。
「賢人パンマンだと!? 何が目的だ!」
ガルヴロッシュはデブロイを庇いつつ問いただす。
「悪い人を懲らしめるためだよ! 賢人パーンチ!」
「ぐわーっ!」
「キャーッ! 教授ー!」
賢人パンマンがガルヴロッシュを殴る。デブロイの絹を裂くような悲鳴が響いた。
「えいっ! えいっ! えいっ!」
「ぐわーっ! ぐわーっ! ぐわーっ!」
賢人パンマンがチョコボ乗りになってガルヴロッシュを何度も殴打する。
「さあ、僕の顔をお食べ」
「もががががー!」
賢人パンマンが自らの顔をちぎり、それをガルヴロッシュに無理やり食べさせた。
その冒涜的光景にデブロイは恐怖で足がすくみ、ガルヴロッシュを助けるどころか逃げる事すら出来なかった。
「さあ、次は君の番だよ。僕の顔をお食べ」
「いやー! 来ないで!」
デブロイは咄嗟に近くの水差しを掴んで賢人パンマンに投げつける。
だが水差しは命中せず、賢人パンマンの足元で砕けた。中の水が飛び散って数滴の雫が賢人パンマンの顔にかかる
「うわー! 顔がー!」
今日なことにただそれだけのことで、賢人パンマンは妙に怯んだ。
研究室の外から複数人の足音が聞こえてきた。騒ぎを聞きつけたにだろう。
賢人パンマンは何かに怯えるかのように、入ってきた窓から逃げ出していった。
●
それから数日後、賢人パンマンの被害はガルヴロッシュだけでは終わらなかった。
賢人パンマンはシャーレアンのあちこちに出没しては人々を襲って、無理やり自分の顔を食べさせた。
そして不思議な事に、賢人パンマンに襲われた人々は、賢人パンなしでは生きていけない体になっていた。
「これは私に課せられた罰か? 賢人パンを世に生み出してしまった愚かな私の……」
病院のベッドに横たわるガルヴロッシュは、襲撃の日からずっと賢人パンしか口にしていない。美食を憎んでいた以前ならまだしも、味に大切さを知った今では拷問に等しい。
「教授……こんな時、あの人がいてくれたら」
デブロイは光の戦士を思い浮かべる。あの人なら賢人パンマンを倒し、ガルヴロッシュを救ってくれる。
しかし現在、光の戦士がどこにいるのか誰もわからなかった。
「失礼、ガルヴロッシュ様の病室で間違いありませんか?」
ムーンキーパー族の男女が現れた。双子なのか、二人は一つの存在が男と女に別れたかのようにそっくりだった。
身なりから察するに何処かの屋敷の使用人だろう。
「君たちは?」
デブロイに介助されガルヴロッシュは身を起こす。
「私はウィリアム・アイレスバロウ」
「妹のウィルマと申します」
「アイレスバロウ? もしや万能使用人と呼ばれているあのアイレスバロウ兄妹か?」
ガルヴロッシュは噂で聞いたことがある。フリーランスの使用人で、家事から護衛までなんでもこなすとか。
「過分な評価でございます」
兄のウィリアムが奥ゆかしく微笑む。
「私と妹は現在、ある屋敷で雇われており、そこの奥様から賢人パンマン事件の解決を命じられております」
「そうか、調査はどこまで進んでいるのかね?」
事件発生から数日ではまだ多くは明らかになっていないだろうが。
「賢人パンマンは特殊な蛮神です。被害者が賢人パン以外を口にできないのも一種のテンパード状態にあるのが原因です」
「そ、そこまで判明しているのか」
いくら有能と評判とは言え、まさかここまでとはガルヴロッシュは思いもよらなかった。
「はい。召喚者の名はジャイム。魔法大学の学生であり、賢人パンの発狂重鎮信奉者です。彼はアシエンが裏社会で流通させていた蛮神召喚マニュアルを入手し、自分だけのオリジナル蛮神、賢人パンマンを召喚したのです」
賢人パンマンの正体だけでなく、黒幕すらアイレスバロウ兄妹は突き止めていた。事件は早々に解決するだろうとガルヴロッシュは胸を撫で下ろす。
「私どもは被害者の治療も行っております。ウィルマ」
「ええ、任せて」
ウィルマがテンパード治療用使い魔ポークシーを呼び出し、ガルヴロッシュへエーテル放射を行う。それにより彼の変質した魂は正常化される。
「お見舞いの品も用意させて頂きました。どうぞお召し上がりください」
ウィルマがバケットを差し出す。中には美味しそうなサンドイッチが入っていた。
豊かな香りに食欲を刺激されたガルヴロッシュは、年甲斐もなくかぶりつく。
数日もの間、賢人パンしか口にできなかったため、ウィルマのサンドイッチは涙が出るほど美味しかった。ガルヴロッシュは食事のあるべき形をあらためて噛み締める。
「さて、私どもは賢人パンマンを討滅しますのでこれで失礼します」
「まってくれ」
ガルヴロッシュはアイレスバロウ兄妹を呼び止めた。
「私もついて行く。賢人パンを生み出してしまった者として、この事件を見届けたい」
●
シャーレアンが収集した動植物を保存するための広大な地下人工空間ラヴィリンソス。そこには拡張計画の急な変更で、中途半端に掘削されたまま放置された洞窟がある。ジャイムはそこをアジトにしていた。
「ガルヴロッシュ様、私やウィルマから離れすぎないようご注意ください」
「ああ、分かった。わがままを言ってすまない」
賢人パンマン討滅に同行するのを断られると思ったが、アイレスバロウ兄妹は嫌な顔ひとつせず了承してくれた。
先頭はウィリアム、後ろはウィルマでその間にガルヴロッシュを挟んで洞窟を進む。
「罠はない。ウィルマ、そっちは?」
「こちらも異常なし。今のところ挟み撃ちの危険はないわ」
アイレスバロウ兄妹は油断なく周囲を警戒する。
ウィリアムの背中にはガンブレードがある。帝国製ではない。ボズヤ式の本物だ。
一方、ウィルマの腰には東方の剣である刀があった。
アイレスバロウ兄妹はどこでこれらの武器の扱いを学んだのだろうか。少し興味を持ったガルヴロッシュが尋ねて見ると、二人は仕事の縁で学ぶ機会があったと言う。
縁とは言うが、ガンブレイカーや侍の技は外国人が気軽に学べるようなものではない。慣例を無視してでも伝授したいと、師匠側に思わせるだけの信頼がなければ不可能だ。
ガルヴロッシュはアイレスバロウ兄妹の人脈の底が見えなかった。
やがて開けた場所にでた。ゴウンゴウンと重たい音が聞こえる。何か大きな機械が動く音だ。
ガルヴロッシュにとっての罪の象徴が鼻腔をくすぐる。焼きたての賢人パンの匂いだ。
おお、何たることか!
そこには全自動賢人パン製造マシーンが次々と賢人パンを生み出す姿があった。
「うわーっ!」
賢人パンマンに襲われたときのトラウマが蘇り、ガルヴロッシュは思わず叫んだ。叫ばずにはいられなかった。恐怖を声にして出さなければ、冒涜的賢人パン量産光景で発狂しかねなかった。
「ようこそ私の英知の泉へ」
ヒューラン族の男が現れる。彼がジャイムだ。
「英知の泉? 私どもにとっては違法な闇パン工場にしか見えませんが」
「愚かな賢人パン未食者にとってはそう見えるだろう」
ジャイムはウィリアムを鼻で笑う。
「私はシャーレアン魔法大学の学生だが、元々入学は難しいと言われていた。だが賢人パンを食べ続けて勉強した結果、見事に主席合格した、この事実の意味をお前たちは理解できるか?」
ジャイムは自分の世界に陶酔しているようで、相手の返事を待たずに言葉を続けた。
「すなわち賢人パンは人を賢くする! なにせ”賢人”パンだからな! そして私は真実に気づいた! すなわち、全人類が賢人パンのみを食べるようにすれば、我々はより高位な知性体へと成長できると!」
ジャイムは狂っていた。
「それで蛮神・賢人パンマンを召喚したのですね」
ウィルマがあきれるようにため息をつく。当然だ。
「メイドの分際が口に気をつけろ! 蛮神ではない! 賢人パンマンは人を賢く導く唯一神だ!」
狂人ジャイムは口角泡を飛ばしながら叫ぶ。
「いでよ賢人パンマン!」
「まかせて!」
焼きたての匂いをまといながら、狂気より生まれし怪蛮神が飛び出す。
「それいけ! 賢人パンマン!」
ジャイムの号令と同時に、賢人パンマンが拳で顔面をガードしながら低い姿勢で突進してくる。
それを迎え撃ったのはウィリアムだ。
ガンブレードが振り下ろされる。それに対し賢人パンマンが地面を蹴るように踏み込み、鋭いアッパーカットを繰り出す。
二人の攻撃がぶつかった瞬間、爆発が生じた。ガンブレードは爆発によって威力を高めるのだ。
爆煙の中からウィリアムと賢人パンマンが飛び出す。
きっと賢人パンマンの拳は吹き飛ばされただろうとガルヴロッシュは思った。
だが賢人パンマンの拳は無傷。恐るべき強靱さだ。
賢人パンマンは恐るべきフットワークで攪乱を試みる。戦いの素人であるガルヴロッシュにとってそれはまるで瞬間移動のようだった。
アイレスバロウ兄妹が駆ける。
もしこの場に一流の冒険者がいたのなら、アイレスバロウ兄妹の実力は、賢人パンマンよりわずかに劣るとわかっただろう。
だがそれは個々の実力での話だ。
アイレスバロウ兄妹は賢人パンマンを遙かに上回る強みがあった。
連携だ。
アイレスバロウ兄妹の連携は完璧だった。双子の兄妹では説明がつかないほど、二人の間には意識のずれがなかった。まるで二人で一人の人間であるかのようですらあった。
蛮神・賢人パンマンといえども、アイレスバロウ兄妹を同時に相手にするのは厳しかった。
賢人パンマンは強烈な右ストレートをウィリアムに放つ。
ウィリアムは防御する様子はない。必要なかった。賢人パンマンの腕がウィルマの刀で切り飛ばされた。
ウィリアムのガンブレードが賢人パンマンに突き刺さり、爆発した。
「うわーっ!」
賢人パンマンが吹っ飛ばされ、後方にあったコンテナにたたきつけられる。
コンテナがひしゃげると中からおびただしい数の賢人パンがこぼれ落ちた。
「負けるな! 立て! 賢人パンマン! お前が負けたらこの星の未来はどうなる!?」
ジャイムの声に呼応するかのように賢人パンマンが動き出す。
体が半壊し、まともに戦えるとは思えないが、ウィリアムとウィルマは油断なく武器を構えている。
まだ、戦いは終わっていないのだ。
それを証明するかのように、コンテナからこぼれ落ちた賢人パンが賢人パンマンへ吸い寄せられる。
その体に次々と賢人パンが吸収されると賢人パンマンは先ほどより3倍もの体躯へと巨大化した。
「私が作った賢人パンはクリスタルの粉末を練り込んだ特別製だ! 賢人パンマンの力は今ここに極まった!」
「賢人パーンチ!」
極・賢人パンマンがアイレスバロウ兄妹めがけて拳を振り下ろす。
二人は即座に回避する。
拳が地面にたたきつけられた時、爆発が生じる。火薬によるものではない。純粋な物理的パワーの爆発だった。
衝撃で砕けた岩がガルヴロッシュに向かって飛んでくる。戦う者でない彼は避けられない。
すかさず、アイレスバロウ兄妹が間に入って飛来する岩を武器で弾き飛ばしてくれた。
「すなない、迷惑をかけた」
「ガルヴロッシュ様、お気になさらず」
「ウィリアムの言うとおりです。それに、ガルヴロッシュ様には例の件でお力添えいただいておりますから、この程度お安いご用です」
極・賢人パンマンがうー、うーと癇癪を起こした子供のようなうなり声を上げながら、自分の拳をがん、がんとぶつけ合う。
「さて、相手は切り札を切りました。なら、いったん引きましょう。ガルヴロッシュ様、失礼します」
ウィリアムはガルヴロッシュを小脇に抱えて洞窟の外へと向かう。ウィルマもそれに続いた。
「逃がすな、賢人パンマン!」
「わかったよ!」
極・賢人パンマンが猛烈なタックルを繰り出してきた。このままでは跳ね飛ばされてしまう。
衝突の瞬間、アイレスバロウ兄妹は紙一重でタックルを躱した。
勢いが止まらない極・賢人パンマンはそのまま洞窟の外へと飛び出す。
「うわーっ! 僕の顔がー!」
極・賢人パンマンが顔を押さえながらもがき苦しむ。
洞窟の外は雨だった。天からのしずくが賢人パンマンの顔をぬらしている。
少し遅れて追いついてきたジャイムがそれを見て驚愕する。
「馬鹿な!? 雨だと! 天候スケジュールでは、今の時間は晴れだったはず!」
ラビリンソスは保存する動植物のために人工的に天気を再現する。
「管理部門に事情を伝え、今だけ天気を変えていただきました。これはガルヴロッシュ様のお力添えのおかげです」
賢人パンマンの弱点は水であるとアイレスバロウ兄妹は見抜いていた。事実、賢人パンマンは雨の日は決して出没しなかった。何よりガルヴロッシュとロブロイが襲われたとき、しずくがかかっただけで賢人パンマンは悲鳴を上げて逃げていった。
そしてガルヴロッシュはラビリンソス天候管理部にいる学生時代の後輩に頼み込み、今だけ雨を降らせてもらった。
「戻れ! 賢人パンマン!」
ジャイムは指示を出す。極・賢人パンマンも大慌てで洞窟内に避難しようとする。
そこをウィルマが防いだ。逆袈裟に振り上げた刀が極・賢人パンマンの体を切り裂く。裂け目からは賢人パンくずがぼろぼろとこぼれ落ちた。
極・賢人パンマンが膝をつく。ガルヴロッシュは敵を追い詰めたと思ったが、ウィリアムとウィルマは警戒を解かない。極・賢人パンマンを前後から挟む形で武器を構える。
アイレスバロウ兄妹の判断は正しかった。
「うわーっ!」
極・賢人パンマンが猛烈なダブルラリアットを繰り出した。
「いいぞ! 賢人パンマン!」
ダブルラリアットの風圧で賢人パンマンは降り注ぐ雨を吹き飛ばしていた。
暴力の竜巻がアイレスバロウ兄妹に襲いかかる!
極・賢人パンマンが狙ったのはウィリアムだ。
敵の攻撃の勢いは余りにすさまじい。素人のガルヴロッシュですらうかつな攻撃は危険とわかる。
だがウィリアムがとった行動は真逆だった。むしろ果敢に前へ踏み込んで横薙ぎの一撃を繰り出す。
極・賢人パンマンの拳とガンブレードが激突する!
ガンブレードの爆発が生じた。その衝撃ベクトルはダブルラリアットの回転方向と真逆だった。回転エネルギーが相殺され、極・賢人パンマンの動きが硬直する。
言うだけは簡単だ。だが攻撃を加えるタイミングや打ち込む角度。どこかにわずかな齟齬があれば逆に弾き飛ばされる危険があった。
それでもウィリアムはやってのけたのだ。
「上だ! 賢人パンマン!」
ジャイムの声に極・賢人パンマンが顔を上げる。
その視線の先にはいつの間にか上空へ飛び上がったウィルマの姿があった。彼女は逆手に刀を持ち、それを極・賢人パンマンに突き刺そうとしている。
「け、賢人パーンチ!」
極・賢人パンマンはおそらく残っている最後の力を振り絞って拳を突き上げた。
だがウィルマは巧みに体を空中でひねり、極・賢人パンマンの拳をすり抜けて、その旨に刃を突き刺した。
そのとき、ガルヴロッシュは一瞬だけ時間が止まったかのように錯覚した。
「あ」
何かを取りこぼしたかのような声を上げ、極・賢人パンマンは崩れ落ちるように倒れた。
後に残ったのはいびつな蛮神の体を作っていた賢人パンのくずだけだった。
「ああ、賢人パンマンが……世界はもう終わりだ」
野望が潰えたジャイムは無気力となった。抵抗はせず、おとなしくアイレスバロウ兄妹に拘束される。
うなだれるジャイムと賢人パンマンの残骸を見たガルヴロッシュの胸の内にあるのは、事件解決の安堵感ではなく、後ろめたさであった。自分が賢人パンを生み出しさえしなければ、ジャイムは狂人にならなかったし、賢人パンマンだって生まれはしなかった。
目に見えない何かがのしかかる感覚に襲われ、ガルヴロッシュはその場にうずくまってしまいそうだ。
「ガルヴロッシュ様、あなたの責任ではありません」
ガルヴロッシュははっと顔を上げる。
「ジャイムが魔法大学に主席合格したのは単に努力の結果です」
「人はパンを食べただけで狂ったりしません」
その通りである。
「この事件はジャイムの内なる狂気が原因であり、賢人パンは巻き込まれただけです」
アイレスバロウ兄妹の言葉に、ガルヴロッシュは心が洗われるような気持ちになった。
●
「事件を解決してくれてありがとう。本当は休暇を取る使用人の代理という話だったのに、大変な仕事を任せてしまったわね」
「私とウィルマはお客様の平穏のために働いております」
「兄の言うとおりです。賢人パンマンが野放しになっていれば、ご帰郷されるアルフィノ様とアリゼー様は心が安まらなかったでしょう」
申し訳なさそうに言うアメリアンス・ルヴェユールに、アイレスバロウ兄妹はなんてことは無いという風に返した。
「ねえ、もうしばらくウチで働くことは出来るかしら?」
「申し訳ありません奥様。次の仕事が控えておりますので」
「この後、すぐに出発しなければなりません」
「二人を必要としている人がいるのなら、私のわがままで引き留めるわけにはいかないわね」
アメリアンスは報酬に少し色をつけてアイレスバロウ兄妹に渡した。
ルヴェユール家を後にしたアイレスバロウ兄妹はそのまま港へと向かった。
「ウィリアム、次の依頼はなに?」
「タタル様が光の戦士様の誕生パーティーを開催されるのでそのお手伝いだ」
「誕生パーティーね、なら一生の思い出になるよう頑張らないと」
「そうだな。光の戦士様にこの星を救っていただいたんだ。私とウィルマなりの形で、ご恩返しするとしよう」
こうしてアイレスバロウ兄妹は次の依頼人の元へと旅立っていった。
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