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番外編 第460並行世界におけるトラベラーの活動

 世界はたった一つではなく無数に存在します。
 読者の皆様がいる第1並行世界に対し、シンデレラたちがいるのは460番目に発生した並行世界です。
 そんな第460並行世界にメガネを掛けた利発そうな女の子がやってきました。

 自らとトラベラーと名乗る彼女は第2並行世界の人間で、様々な並行世界に出向いてそこで有用な技術や知識を故郷に持ち帰る使命を持っていました。
 ですがトラベラーは不安でいっぱいです。それもそのはず、なぜなら彼女はまだ14歳であり、しかも第460並行世界の調査がトラベラーとして初めての仕事だったからです。

 故郷では天才や神童ともてはやされていましたが、すこし気弱なところがある彼女は自分が一人前の大人と同じように働ける自信がありません。
 それでも一生懸命調査任務を進め、第460並行世界にはドレス・ストーンという女性の戦闘力を飛躍的に高める道具があることを突き止めます。
 これを故郷に持ち帰れば使命を果たせるとトラベラーは考えました。
 しかし……

「お嬢ちゃん、悪いけどこれじゃ足りないよ」
「ええ!?」

 とある商人からドレス・ストーンを買い取ろうとしたトラベラーですが、相手から法外な値段を請求されてしまいます。
 一応、いろんな並行世界での活動資金としてそれなりの量の純金を支給されており、それで支払おうとしたのですが全く足りませんでした。

「半年後に新しい女王を決める武闘会が開かれるからね。今やドレス・ストーンの相場は天井知らずに上がっているよ」
「そんなあ……」
「ああ、でも最近になって新しい神代の遺跡が見つかったからそこで手に入るかも」
「本当ですか!? それは一体どこに!?」

 トラベラーは前のめりになって商人に訪ねます。

「ここからそう遠くはないよ。ただなあ……名うての冒険者が何人も挑戦して未だに帰ってこないから、お嬢ちゃんには無理だと思うよ」
「それでも行きます!」

 今更何のせいかも得られずに故郷には帰れません。
 商人から遺跡の場所を聞き出したトラベラーは早速現地へ向かいました。
 ですが遺跡の入り口はとても不気味で、まるであの世に通じているかのうようです。

「大丈夫よ。訓練校の卒業試験をちゃんと合格したのだから」

 トラベラーは自分を励まし、挫けそうになる心を支えます。
 一見すると彼女はおばけを怖がるか弱い女の子のようですが、しかしそれでもトラベラーに任命された実力は持っています。
 危険な並行世界を調査するために戦闘訓練を受けており、その成績は大人顔負けでした。

 トラベラーは腰の剣を抜きます。刀に似たそれは複数の並行世界の技術を組み合わせて作られた強力な武器です。
 少々及び腰ですがトラベラーは慎重に遺跡の中へと入っていきます。
 しばらく進むと、トラベラーはあるものを見つけます

「ひっ!」

 思わず悲鳴を上げてしまったのは、それが無残に殺された冒険者の死体だからです。
 フルプレートメイルを着込んだ重装備ですが、胴体を真っ二つに切られています。
 トラベラーは死体を注意深く観察します。本当は目を背けたいのですが、この遺跡に潜んでいる危険の正体を知るためには必要です。
 
 どうやら冒険者は単なる刃物で切断されたわけではないようです。死体の断面は焼け焦げており、フルプレートメイルの切り口も溶けたような痕跡がありました。
 高熱を発する何かによって斬り殺されたのは間違いないでしょう。
 そして冒険者を殺した存在はすぐに現れました。

 ガシャンという金属質の足音を発するそれは機械じかけの魔法人形でした。
 神代には機人と呼ばれる機械の人がいますが、こちらは自我を有さないタイプです。
 魔法人形の手には短い棒状の物体が握られています。
 トラベラーは素早く剣を構えます。すると魔法人形も短い棒を剣のように構えました。
 直後、「ブン」という音と主に棒から光線の刃が生まれます。

 トラベラーはすぐに、その武器が冒険者を鎧ごと溶断したものであると理解します。
 魔法人形はドタドタと走りながら光線剣を振り上げます。
 直後、魔法人形の腕が宙を舞いました。
 トラベラーが切り飛ばしたのです。

 彼女はすかさず返す刃で魔法人形の胴を切断します。
 機械仕掛けであるがゆえに魔法人形は上半身のみとなっても動こうとしますが、トラベラーはすかさず心臓部に刃を突き立て、完全に機能を停止させました。
 もしこの場に剣術の心得を持つものがいたのなら、トラベラーの太刀筋を見事と称賛したでしょう。

 それからも魔法人形が次々現れてトラベラーに襲いかかりますが、彼女はその全てを撃破しました。
 彼女は気弱で頼りなさそうに見えますが、それはまだ経験が多くないからです。あと数年もすれば間違いなく一流の仲間入りを果たすでしょう。
 それに気弱であることは逆に言えば油断しないということです。

 トラベラーは慎重に慎重を重ねることで、確実に敵を倒し、狡猾に仕掛けられた罠を看破しました。
 やがて遺跡の最深部に到達すると、トラベラーの目の前に巨大な金庫が現れます。
 金庫の扉はとても頑丈そうですが、半開きの状態になっています。

 中に入ってみると大量のドレス・ストーンがあったのですが、どれも粉々に砕けていまいた。
 状況を見るに、誰かが金庫内のドレス・ストーンを爆弾で破壊したようです。
 ドレス・ストーンは女性を超人に変える強力な兵器です。

 トラベラーの調査によれば、神代では大きな戦争があったようで、例えば敵にドレス・ストーンを奪われるくらいならその前に破壊した、ということがあってもおかしくありません。

「ここまで来て空振り?」

 怖い思いをしてようやくたどり着いたのにこの有様。トラベラーは泣きなくなりますが、それを我慢してまだ無事なドレス・ストーンがないか探し始めます。

「あった!」

 幸運にも破壊を免れたドレス・ストーンが一つだけ見つかりました。
 これで帰還できるとトラベラーはホッとします。今日だけで一生分の怖い思いをしたような気分でした。
 トラベラーは晴れやかな気分で金庫から出てくると、いつの間にか誰かいました。

「おや?」

 目が覚めるように美しい中性的な少年でした。
 ですが冒険者のようには見えません。上等な服を着てとても身なりがよく、一流貴族の愛息子という感じです。
 突然の遭遇にトラベラーは思わず身構えます。

「そう怖がらないで。僕はチャーミング。君は?」

 柔和な笑みを浮かべるチャーミングですが、どういうわけか少しも安心できません。

「私はトラベラーです。あなたはなぜこんな場所に?」

 もし彼もドレス・ストーンが目的ならとても厄介なことになります。

「僕かい? 軽い腕試しさ。神代の遺産に興味はない」

 ひとまずドレス・ストーンを奪われる心配はなさそうなので、トラベラーは内心ホッとします。

「それにしても途中の魔法人形は君がやったのかい? なかなかの腕だね。おかげで腕試しのはずがただの遠足になってしまった」
「それは……すみませんでした。私は急ぐので」

 頭を下げたあと、トラベラーはチャーミングの横を通って遺跡の出口へ向かいます。

「ああ、ちょっとまって」

 背後からチャーミングに話しかけらたその時! トラベラーは凄まじい殺気を感じ取ります!
 トラベラーが反射的に剣を抜くと、その刀身にチャーミングの水平チョップが叩きつけられます。

 ガーンと固いものがぶつかり合う音。どう考えても、生身の手が剣にぶつかった音ではありません。
 見ればチャーミングの手はガラスのように透明な物質で覆われていました。

「うーん。変身してなきゃ鋼のガラスの生成量はこんなものか」
「一体何を!?」

 ドレス・ストーンはすでに渡しています。チャーミングがトラベラーを攻撃する理由はないはずです。

「言っただろう。ここには腕試しに来たって。魔法人形はだめになってるから、君が相手をしてもらうよ」

 先程の柔和な笑みと異なり、ゾッとするような歪んだ笑顔をチャーミングは浮かべます。
 無数に存在する並行世界には多種多様な文化や歴史が存在しますが、当然人の価値観も膨大な多様性を持っています。およそ狂人としか思えない価値観でも、その並行世界にとっては常識的であるのは当然なのです。

 とは言え、トラベラーとしては任務の性質上、現地人との戦闘行為は極力避けるべきです。
 彼女はチャーミングから距離を取ろうとします。

「逃さないよ」

 しかし信じられない速度でチャーミングは回り込んできました。
 電撃的速度でチャーミングの拳が繰り出されます。トラベラーかろうじてその攻撃を剣で弾きました。

「思ったとおりだ。君、なかなか出来るね。魔力で体を強くする技も使えるようだ」

 トラベラーの故郷である第2並行世界で魔法は科学的に解明されており、魔力はフォースエナジーと呼ばれています。危険な並行世界の調査において、身体強化の能力を訓練で身につけるのは必須なのです。

「君は僕を楽しませてくれるかな?」

 チャーミングが繰り出す怒涛の攻撃をトラベラーはしのぎます。
 ですが常に余裕を見せているチャーミングと違って、トラベラーに余裕はなくとても必死です。
 そこでトラベラーは戦いから抜け出すため、腰のポーチから煙幕弾を取り出して地面に叩きつけます。

「わ!」

 あたり一面が煙に包まれます。今がチャンスと、トラベラーは脱兎のごとく逃げ出しました。

「逃げられちゃったか。でもまあ、いいか。思ったほど、楽しくなかったからな」

 一人取り残されたチャーミングはポツリと呟きます。

「やっぱり、僕の相手にふさわしいのはシンデレラ、君だけだよ。君との戦いは、きっとこの世で1番素晴らしいものになるだろうね」


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