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第20話 大妖怪九尾 前編

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 昔々、神代には九尾という魔物がいました。
 彼女は強く、賢く、そしてなにより邪悪でした。
 持てる力のすべてを使い、人の害となるために使いました。
 多くの国が九尾に滅ぼされました。ある国は単純な暴力で滅びました。ある国はおそろしい狡知によって内乱の末に滅びました。
 
 時には九尾に支配される国もありました。
 ですが彼女は自分の権力が盤石となると、まるで飽きてしまったかのようにその国を滅ぼしてさりました。そして次の悪事にとりかかるのです。
 
 ただただひたすらに九尾は邪悪でありました。それが義務であるかのように。それが使命であるかのように。それが役割であるかのように。
 ある古文書によれば、「私は敵役である」と九尾が名乗ったと記されていたそうです。
 もはや九尾は意思ある災害です。
 
 ですがある時、九尾と戦うものが現れました。
 彼女は、とある国の奴隷戦士でした。貴族たちを楽しませるために、毎日のように危険な魔物と命がけの戦いをしていまいた。
 彼女には魔法の首輪がはめられていました。逃げようとしたり、首輪を無理やり外そうとすると爆発する仕掛けになっており、彼女の自由を奪っていました。
 
 そんな彼女の運命の転換は皮肉にも九尾がもたらしました。
 その時の九尾は単純の暴力で奴隷戦士がいた国を滅ぼしており、その時の混乱に乗じて首輪を外す鍵を手に入れ、ついに自由を手に入れます。
 
 いえ、それは一時的なものでした。それを彼女本人が何よりも分かっていました。九尾がいる限り、自分に本当の自由はないと。
 彼女は九尾を倒すために修行の旅に出ました。

 闘技場のみが自分の世界だった奴隷戦士時代とは違い、広い世界に解き放たれたことで彼女に隠された才能が目覚め、彼女は比類なき力を持った武闘姫となりました。
 そしてついに九尾との対決の日がやってきたのです。

「あなたは……ああ、思い出した。あのときの奴隷戦士ね。せっかく自由を得たというのになぜ私の前に?」
「お前がこの世にいる限り、私の生に安息はない。安息がないということは自由ではないということ。真の自由を得るためにそのために私は……いえ」

 自ら語る九尾と戦う理由をロードビスは違うといいました。
 
「そうじゃない。私はお前と戦いたかった。魔物との戦いには無い、ライバルと戦う喜び。それが得られる可能性をお前から感じ取ったのよ。そうよ。だって私は……」

 いざ九尾と退治することで彼女はようやく自らの本心に気づいたのです。
 なぜなら、そう。彼女は……
 
「武闘姫だから」

 彼女が拳を構えると、九尾はキツネのように「ニィ」っと笑みを浮かべます。
 
「いいわよ。私も今だけは敵役としてではなく、武闘姫として振る舞う」
 
 そう! 九尾も武闘姫なのです。
 強い相手と戦い力を競う。それは武闘姫ならば誰もが必ず持っている心です。
 その武闘姫が今ここに、二人いる。ならばすることはたった一つです。

 そして彼女と九尾は激しい死闘を繰り広げました。
 勝利したのは彼女の方でした。
 それは薄氷を踏むかのような勝利でした。仮にもう一度戦えば今度は負けるかもしれないと彼女は思っていました。
 
 いずれにせよついに生きる厄災であった九尾は倒されました。
 ですが彼女は自分の功績を他人に伝えようとはしませんでした。
 英雄になってしまえば自由を奪われると彼女は考えたのです。
 大衆の都合で戦わされ、自由に勝負相手を選べない。彼女はそれを何より恐れました。
 そうして九尾を倒した彼女は自由と平穏のために何処かへと姿を消したのです。
 
 自由とライバルとの戦いを愛し、人知れず巨悪を倒した英雄。
 彼女の名はロードビス。
 シンデレラが使うロードビス流の開祖です。
 

 ついに武闘会の最終日がやってきました。
 この日における戦いは、女王の御前で行われる取り決めで、参加している武闘姫にとって最後のチャンスです。
 そして日没と同時に、武闘姫立ちたちは集めたドレスストーンを女王に捧げ、そこで最も多く集めたものが次の女王となるのです。
 
 アリスは一番早く王都に到着した武闘姫でした。彼女は不思議の国を侵略しようとする楊貴妃を今度こそ倒すため、王都を駆け巡って探していましたが、一向に見つかりません。
 なぜなら楊貴妃はすでに九尾に殺され、その魂は糧として飲み込まれてしまったからです。
 
 次に到着したのは白雪姫です。
 白雪姫はクレオパトラを殺した者が気がかりでした。
 とはいえ次の女王を決める武闘会です。陰謀の一つや二つ、あって当たり前でありもし誰かが自分に害意を向けるというのならば、七人の受け継いだ空手と魔法で打ち破るのみと心に決めています。
 
 かぐや姫は自分が忍者であることを注意深く隠して王都入りしました。
 忍者とは超人です。その人智を超えた存在感をむき出しにすれば、心の弱いものは発狂死しかねません。そうしたことを引き起こさないよう、忍者は忍ぶ者であり続けるのです。
 ゆえに、人々は竹取流忍法家元の名を知っていても、その姿は知らず、かぐや姫は鋼治や鳩美とともに人知れず王都入りを果たしたのです。
 
 反対に、自分の存在感を隠すどころかむしろ積極的に発散していたのが赤ずきんです。
 人狼の武闘姫がいると噂を聞きつけて武闘会に参加した彼女ですが、結局最終日まで遭遇することはありませんでした。
 やはり噂。根も葉もないデタラメに過ぎない。そう思いつつも最後まで戦い抜いたには、万が一があるからです。
 もし最終日まで残った武闘姫に人狼がいれば殺す。赤ずきんはそのつもりでした。
 
 眠り姫はシンデレラと戦いの後、自分のハピネスを通じて運営側に棄権する旨を伝えていました。
 ですが、誰が新しい女王になるのかを確かめるため王都にやってきていました。
 神代で造られし生きた人形、機人である彼女はたいへん目立つため全身をすっぽり覆うローブをまとい、パートナーのペローとともに武闘会の終わりを待ちます。
 
 人魚姫は武闘会に参加していませんが、この日は王都にいました。
 今日に次の女王が決まったあと、明日は戴冠式があります。人魚姫は海兵の代表として出席しなければならないからです。
 人魚姫は王都で一番の酒場でラム酒を飲みながら長い休暇の最後を楽しんでいました。
 
 王都中が武闘会の最終日でお祭り騒ぎになっている中、グレーテルだけは自分とは無関係と、次の仕事の準備を進めていました。
 王都で一番の道具屋に足を運んだ彼女は、チャーミング王子から受け取った神代貨幣で最高級の魔法の薬や道具を買い漁っています。
 
 奇しくも王都にいる武闘姫なシンデレラと戦ったことがある者ばかりでした。
 

 一方そのころ王宮では、アレクシア・ベアトリクス現女王とその側近たちが抜き差しならぬ状況に陥っていました。
 武闘会に優勝したものはアレクシア女王の子供であるチャーミング王子と結婚する決まりとなっています。
 
 ですが、そうなると新しい女王に今まで隠してきたチャーミング王子の秘密が露見し、ひいてはベアトリクス家の権威が失墜し王族分家に降格。建国に関わったファリール家かリース家のどちらかが王族宗家となってしまいます。
 
 そうならないようアレクシア女王たちはシャーリー・マルタンに取引を持ちかけ、チャーミング王子の秘密を守る代わりに、裏で彼女が優勝できるように取り計らう予定でした。
 
 しかし寄りにも寄ってチャーミング王子がシャーリーのドレスストーンを奪ったために、彼女は脱落し、女王となる視覚を失ってしまったのです。
 
「いったいあの子は何を考えているの!」

 アレクシア女王が会議机を叩くと樫の木で作られたそれが木っ端微塵に粉砕されます。
 前回の武闘会に優勝して以来、政務のためにずっと実戦から遠ざかっているアレクシア女王ですが、彼女は宮廷武術10段の武闘姫だった人です。どれほどのブランクがあろうと、素の状態でこの程度の力は発揮できます。
 彼女が机を破砕するのはこれで三度目で、側近たちは驚いたり怯えたりせず冷静さを保ち、会議を進めていきます。
 
「やはり魔法を使って優勝した武闘姫の自我を操作する他ないのでは?」
「それは操作された者の振る舞いや言動が不自然になって事が露見しやすいという結論になっただろう」
「なら買収は……」
「堅物のアリスが優勝した場合、通用するどころかむしろ危険だ! 他の武闘姫も金でどうこうできるような性格じゃない」

 最初の傀儡を用意するという陰謀は数年前から慎重に慎重を重ねてて進めてきたからこそ、今まで露見しなかったのです。
 わずか1週間では準備がたりず、どの案もことが露見する危険を持っていました。
 
「この際、速やかな対応はあえて諦めるわ」

 アレクシア女王が意を決して家臣たちに伝えます。

「女王、といいますと?」
「当面は、優勝者に何もしない。チャーミングに関しては急な病にかかって誰にも会えないことにします。そうして時間を稼いで、あの子の秘密を守るための策を整えるしかないわ」
「かしこまりました。ではそのように」

 話がまとまり、アレクシア女王は部屋の隅で会議を見守っていた宮廷魔法使いに目を向けます。

「チャーミングの様子は?」
「今は大人しくしておられています」
「大丈夫なのね?」
「はい。王子の私室には二重三重に封印の魔法を掛けております」
「なら安心ね。あなたの魔法で封じられたら、たとえ全盛期の私でも突破は不可能よ」

(どうせ母上たちは僕がどこにも逃げられないと思っているんだろうな)

 ある意味、この国をひっくり返す程の大事をしでかしたというのに、チャーミング王子はのんきと言えるほど軟禁されている私室でくつろいでいました。
 実際、アレクシア女王はチャーミング王子に具体的な罰を与えることは出来ません。罰するにしてもその理由が、あらかじめ用意していた傀儡を倒してしまったからという、絶対に公にできない内容だからです。
 
 チャーミング王子は目の前にある水晶玉を覗き込みます。軟禁される際に持ち込んだものでした。
 シンデレラに付きそうハピネスの視界を写したそれには、彼女が他の武闘姫と王宮闘技場で対峙している姿がありました。
 
 シンデレラと対峙する武闘姫はみな彼女と一度は戦っています。
 全員、武闘礼装を着用し、いつでも戦えるようになっています。
 闘技場の観客席は武闘会最後の戦いを見るべく、大勢の人々がいました。
 そしてアレクシア女王が高台から闘技場の武闘姫たちを見下ろしていました。
 
「これより、武闘会最終戦を始める! 現時点で最も多くドレスストーンを持っているのはシンデレラ! 最後の望みを掛け、シンデレラに挑まんとするものは名乗り出よ」

 アレクシア女王が高々に宣言すると、爆発したかのように観客たちが沸き立ちます。
 一方で、水晶玉ごしに闘技場の様子を見るチャーミング王子のはどこか冷めていました。

「勝ち残ったのは全員シンデレラと戦ったことがある者のみ。しょせん消化試合……おや?」

 水晶玉の映像のアングルが変わります。シンデレラのハピネスが視界を動かしたからです。
 向かう先は闘技場の入り口。何者かがやってきたのです。
 それは輝く九つの尾を持った女でした。
 
「消化試合なりにちょっぴり楽しめそうだ。ちょっぴりだけ」

 その女が現れた途端、武闘姫たちは一斉に警戒しました。彼女の姿形は人なれど、気配は明らかに人ならざるものだったからです。

「あなたは誰?」

 シンデレラが問います。
 女は答えます。シンデレラだけでなく、この場にいる全員が聞こえるように。

「聞きなさい! 矮小なる人間ども! 私は九尾! 大妖怪九尾! 長きにわたる月日を掛けて復活した!」

 一瞬、静寂が場を支配します。大勢が彼女の言っている言葉を即座に理解できませんでした。誰もが知る伝説の大妖怪。恐怖の代名詞とも言える存在がこの場にいるはずがないと。
 しかし彼女から発せ得られる気配は紛れもなく人ならざるもの。
 誰かが悲鳴をあげます。それがきっかけとなりました。恐怖は一瞬で伝播し、闘技場の観客席はパニックに陥りました。
 
 さらには王都中に激しい警鐘が鳴り響きます。それは魔物襲撃を知らせるものでした。
 
「私は全ての魔物の母! すでにこの地域の魔物を操り王都を包囲している! 人よ、思い知りなさ! 今日は武闘会最後の日ではない! 不思議の国最後の日よ!」

 邪悪な高笑いをする九尾に拳を打ち込む者がいました。
 シンデレラです。
 九尾はその攻撃がはじめから分かっているかのように避けました。
 
「九尾は私に任せて。みんなは王都を襲う魔物をお願い」

 みな腕に覚えのある武闘姫。目の前の強敵を他人に任せることに抵抗がないと言えば嘘です。ですが皆シンデレラと一度戦っています。戦ったからこそ、その実力を信頼していました。

「かたじけない! 騎士の名にかけて王都を必ず魔物から守ると誓おう」

 アリスは王都の北へ向かいました。

「必ず九尾を倒せると信じているわ」

 東へ向かったのは白雪姫です。
 
「この国は私の故郷。魔物の好きには點せ無いわ」
 
 南はかぐや姫です。途中、鋼治と鳩美と合流して魔物の討伐へ向かいました。
 
「魔物の中に人狼がいるかも知れない。そっちは任せたわよ」

 そして赤ずきんは西にいる魔物を倒しに行きました。
 その他、闘技場にいる兵士たちは恐慌状態に陥った観客たちを避難させていきます。
 もちろん高台にいたアレクシア女王も近衛兵に守られながら王宮内へ退避します。
 やがて闘技場はシンデレラと九尾のみとなりました。
 
「人の割には随分と威勢がいいわね。やはり武闘会を最後まで勝ち残っただけはある」

 九尾が懐から取り出したのはドレスストーン! それが意味することはつまり!
 
「ドレスアップ!」

 九尾が武闘姫に変身します!
 その光景を目の当たりにしたシンデレラは言葉を失いました。

「私がドレスストーンで変身したのがそんなに珍しいことかしら?」

 九尾はニヤニヤとした笑みを浮かべます。

「別に、そうじゃないわ。ただ……」

 思っていたのと違う。小さくつぶやいた言葉はシンデレラ本人にしか聞こえませんでした。
 
「私は九尾よ。いくらあなたが最強格の武闘姫といえども、私ならこの場から一歩も動かずにあなたを倒してみせるわ」

 九尾は念動の魔法を使いました。
 すると、王都の各地で人々の避難誘導をしていた兵士たちが持っていた剣がひとりでに動き出し、一斉に闘技場へと飛んでいきました。
 王都中から集まってきた無数の剣の全てがシンデレラに向けられます。

「剣の雨を喰らいなさい!」

 念動の魔法そのものはそれほど難しくはありません。しかし大妖怪の手にかかれば、このような想像を絶する攻撃が可能となるのです。
 襲いかかる剣の群れに、シンデレラは鋼のガラスで作った手甲で直撃弾のみを弾き飛ばします。
 しかし、王都中から次々と現れる剣は尽きることがありませんでした。
 剣が襲いかかる密度は増し、間隔は短くなっていきます。
 
「さあ、頑張りなさいな。どこまで耐えられるかしら」

 その時! シンデレラが弾き飛ばした剣が九尾の方へ飛んでいったではありませんか!
 
「!」

 九尾はとっさに避けますが、その際に集中力がきれて剣を操る念動の魔法が解除されます。
 
「一歩も動かないんじゃなかったの?」

 シンデレラの言葉に九尾は思わず自分の足元を見ます。ほんの一歩だけですが、九尾は確かに動いていました。
 弾かれた剣が九尾へ向かったのは偶然ではありません。シンデレラは狙ってそうしたのです。
 
「小娘が!」

 九尾は足元に手を付きます。
 何らかの攻撃の予兆を悟ったシンデレラは即座に真上へ跳躍します。
 直後、先程までいた場所を中心に無数の石でできた刃が現れたではありませんか。
 それは現代では失われた神代の魔法、大地の魔法:剣山の型!
 
「もらった!」

 しかしそれはあくまで本命の攻撃のためのつなぎ!
 九尾は手のひらから炎の魔法:鳳の型を打ち出しました。
 シンデレラは空中! 追尾能力を持つ炎の鳥を回避するのは不可能!
 九尾が勝利を確信しました。ですがその直後に炎の鳥がシンデレラのチョップによって真っ二つに切られてしまいます。
 
 無論、ただのチョップでは触れた瞬間に炎の鳥が大爆発を引き起こしていました。
 シンデレラは手のひらから極限まで薄くした魔力の刃を生み出して切ったのです。それは人に例えるなら痛みを感じさせずに相手を切るのと同じでした。
 見事に炎の魔法:鳳の型を無力化したシンデレラは着地し、九尾をにらみます。
 
「大妖怪を自称するなら、こんな大道芸じゃなくちゃんと鍛えた技で戦いなさい」

 九尾は怒りで反論する言葉すら失い、シンデレラに殴りかかっていきました。


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