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第2話 キャメロット一刀流・アリス前編

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 キャメロット一刀流の歴史は古く、不思議の国が成立する以前の黄昏の時代にまでさかのぼります。
 その頃は、輝かしい神代が終わり、神の加護を失った人々は恐ろしい魔物の恐怖にさらされていました。
 
「我が名はアーサー、力なき人々のための剣なり」

 とある一人の騎士が立ち上がります。彼は聖なる剣をもって人々を襲う魔物を滅ぼしました。
 人々は安寧を求めてアーサーの元に集まりました。
 始めは小さな集まりだったものが、村になりました。村はやがて町になり、そして町は国となりました。

「人々を守りし聖剣は王の証。貴方こそこの国を治めるのにふさわしい」

 人々の願いを受け、アーサーは王様になりました。
 アーサー王の国には彼と同じく、人々を守ることを志した者たちが集まります。
 
「偉大なるアーサー王。どうか我らを弟子にしてください」
 
 彼らは立派な志を持っていましたが、残念なことに誰かから剣を教わる機会に恵まれませんでした。
 
「お前たちの志、しかと受け取った。私の技を受け継ぎ、この国を守る騎士となってほしい」
 
 こうしてアーサー王は彼らの師匠になりました。
 アーサー王の弟子たちは円卓の騎士と呼ばれ、彼らは王の技を後世に伝えました。
 やがてアーサー王の国は滅びてしまいましたが、アーサー王の信念と技は今も生きています。
 それこそがキャメロット一刀流なのです。
 
 現代ではキャロル一族がキャメロット一刀流を受け継いでいます。
 キャロル一族が住むチェスボードの町は騎士の町とも呼ばれ、ここで多くの優れた騎士たちが生まれてきました。
 キャメロット一刀流師範のキャロル卿には二人の娘がいました。
 姉のロリータは大変優れた剣の才能を持っていましたが、妹のアリスは心が優しすぎて人を傷つける剣をとても怖がっていました。
 
 キャロル卿もアリスは騎士には向かないと思い、キャメロット一刀流はロリータに教えていました。
 ある日、チェスボードの町に恐ろしい怪物が現れました。
 
「我が名はバンダースナッチ。燻し狂える竜なり」

 バンダースナッチは灼熱の煙の吐息《ブレス》を吐く、恐ろしいドラゴンでした。

「貴様ら人間を燻製にして食らってやる」

 バンダースナッチは次々と人々を焼き殺し、そして食べていきました。
 町の中心にあるキャロル一族のお屋敷では、戦おうとするロリータをアリスが引き止めていました。

「お姉様、逃げましょう。あんなにも恐ろしい怪物に勝てる人はいません」
「大丈夫、私は武闘姫だ」
「武闘姫でもきっと勝てません」
「それでも戦う。お父様と流派の騎士たちも戦っている。逃げたら私は騎士でなくなり、騎士でなくなったら、たとえ生きていても死んでいる」

 ロリータはアリスを執事のヘンリーに預けます。
 
「アリスを頼む」
「このヘンリー、命に代えてもお守りいたします」

 ロリータは屋敷を飛び出ます。
 
「ドレスアップ!」

 ロリータのドレス・ストーンから生み出された武闘礼装は騎士にふさわしい堅牢な鎧でした。
 ロリータがバンダースナッチに元にたどり着くと、街を守っていた騎士たちの大半が死に絶えていました。キャロル卿は生きていますが、怪我でもう戦えません。
 
「お父様、ここは私に任せ、生き残った者たちを連れてお下がりください」
「すまぬ、ロリータ。無力な父を許してくれ」

 キャロル卿は生き残った騎士に肩を貸してもらいながら戦場を去りました。

「次の相手は女か、そろそろ柔らかい肉を食べたかったところだ」
「おぞましき邪竜よ、覚悟しろ! キャメロット一刀流の奥義をもって退治してくれる!」

 ロリータは手を掲げて叫びます。
 
「いでよ我が聖剣! ヴォーパルブレード!」

 まばゆい光が発せられると、ロリータの手には一振の剣が握られていました。
 これこそがキャメロット一刀流の真髄! 開祖アーサー王が伝えし奥義は、魔力を持って自らの聖剣を生み出す技なのです。
 
「何が奥義だ、ただの手品ではないか! 剣などブレスの前には無力!」

 バンダースナッチは煙のブレスを浴びせかけます。
 
「手品ではないことを見せてやろう!」

 ロリータがヴォーパルブレードを大上段で振り下ろすと、バンダースナッチの煙のブレスは真っ二つに引き裂かれたではありませんか。

「我が聖剣は、形なきものを斬る剣なり!」
 
 キャメロット一刀流の聖剣は特別な力がやどります。それは使い手によって異なり、ロリータの聖剣は液体や気体を斬れるのです。

「なんだと!」

 得意のブレスが通用せず、バンダースナッチは驚いてしまいます。
 
「貴様の命はこれまでと知れ! 覚悟!」

 ロリータがバンダースナッチへ斬りかかります。
 しかし、バンダースナッチはロリータの剣を爪で受け止めました。
 
「なに!」

 今度はロリータが驚きます。
 
「ドラゴンがブレスを吐くだけしか能のないトカゲと侮ったか? 人間がそうであるようにドラゴンにも武術がある」

 聖なる剣とドラゴンの爪がぶつかりあい、激しく火花をちらします。
 人と人ならざる怪物の戦いでありながら、それは紛れもなく達人同士の戦いでもありました。
 想像を絶するドラゴンの膂力が洗練された技とともにロリータへ襲いかかります。
 
 ロリータも負けていません。天賦の才と不断の努力で鍛え上げられた剣術、そして超人たる武闘姫の力を持って、邪竜を討ち滅ぼさんとします。
 どちらも戦い方はまるで違いますが、実力は拮抗しています。
 戦いは長引いていきました。
 一方、アリスはチェスボードの町を走っていました。

「お姉様を助けないと!」
「アリス様! いけません、お戻りください!」

 アリスは執事のヘンリーに耳を貸しません。姉のことで頭がいっぱいです。
 キャロル卿と生き残った騎士たちがお屋敷に戻ってきた時、アリスは当然ロリータも一緒だと思いました。
 ですが、まだバンダースナッチと戦っていると聞いた時、アリスはいても立っても居られなくなりました。
 
 アリスの手には剣がありました。子供が練習用に使うものですが、それは間違いなく剣です。刃があり、触れれば切れます。
 怖がって少しも触れなかった剣。今はそれを力強く握りしめています。
 全てはロリータを助けるためです。
 アリスは今まで剣術を習っていないし、体もまだまだ小さい。どんなに頑張っても姉の助けにはならないでしょう。

 それでもアリスの体は勝手に動きました。なぜなら大切な姉が今も命がけで戦っているからです。
 物心付く前に母親を病で失っているアリスにとって、姉のロリータは母親も同然でした。
 やがて町の中心にある広場に出ると、胸に剣が突き刺さったバンダースナッチの亡骸と、その傍らに倒れるロリータの姿がありました。
 
「お姉様!」
「ああ、そんなロリータ様」

 アリスと執事のヘンリーが駆け寄ります。
 ロリータは血まみれでした。頑丈な武闘礼装はバンダースナッチの爪で引き裂かれ、目を背けたくなるほどの傷が彼女の体に刻まれています。
 アリスは分かってしまいました。ロリータはもう助からないと。彼女はバンダースナッチと刺し違えてしまったのです。
 
「ああ、アリス。最後にお前をひと目見られてよかった」

 ロリータは血まみれになった自分のドレス・ストーンをアリスに渡します。
 
「受け取ってくれ。お前ならきっと立派な騎士の武闘姫になれる」
「無理です、お姉様。弱虫な私は騎士になんかなれません」
「なれるさ」

 ロリータは言い切りました。慰めではなく、心からそう思っている言葉です。
 
「本当に弱虫なら私のためにここまで来たりしない。お前はまだつぼみなのだ。いつかきっと、才能という花がお前の中で咲く時が来る」

 ロリータの瞳から光が失われつつあります。命という光が。
 
「ヘンリー、そこにいるのか? ああ、もうほとんど見えない」
「はい、ロリータ様。ヘンリーはここに居ます」
「今までありがとう。そして、これからもキャロル一族を支えて欲しい」
「はい……!」

 ヘンリーの目からは抑えきれなくなった涙が流れています。
 
「ああ、お母様。そちらへ参ります」

 とうとうロリータの命は失われました。
 アリスは涙を拭います。
 
「お姉様の名に恥じぬよう、立派な騎士になってみせます」

 それからのアリスは人が変わったようにキャメロット一刀流の稽古に励みました。
 アリスが剣を握らなかった日は一度もありませんでした。
 父がアリスの母と同じ病にかかってなくなった日も、アリスは稽古をやめませんでした。
 アリスにとって自分の生活の全ては、立派な騎士になるためにあるのです。
 
 数年後、死んだロリータと同じくらいの歳になる頃には、アリスは立派な騎士になっていました。もう弱虫だった彼女の面影はありません。
 ある日のことです、再びチェスボードの町にドラゴンが現れました。
 
「我が弟弟子バンダースナッチを討ち取った騎士はどこだ!」

 空から町中に響き渡る声を発したのは、真っ黒なドラゴンでした。
 
「ジャバウォックだ!」

 町の誰かが悲鳴をあげます。
 ジャバウォックは不思議の国だけでなく、南や東の国で名前を知られている恐ろしいドラゴンでした。
 その姿を見たアリスは空に向かって声を張り上げます。
 
「もう居ない! 我が姉は、その命と引き換えにバンダースナッチを打ち倒した!」

 ジャバウォックがアリスのところまで降りてきます。
 
「ならばお前を代わりに殺し、我が流派の汚名をそそぐ」
「いいだろう、その勝負、受けて立つ!」

 アリスは姉から受け継いだドレス・ストーンで武闘姫に変身します。
 彼女の武闘礼装は青と白の美しい重装鎧でした。
 
「いでよ我が聖剣! ヴォーパルソード!」

 すでにキャメロット一刀流を極めたアリスは、自分自身の聖剣を呼び出します。それは姉が作り出すものと良く似ていました。
 
「いざ、尋常に」
「勝負!」

 先手はジャバウォックでした。彼は真っ黒い炎のブレスを繰り出します。
 しかしアリスが聖剣を振るうと、黒い炎が真っ二つに引き裂かれました。
 自慢のブレスを破られ、ジャバウォックは唸り声をあげます。
 
「私のヴォーパルソードは姉と同じく形なきものを斬る! ブレスは通用しないと知れ」
「つけあがるな人間! ブレスなどしょせんは小手調べよ!」

 ジャバウォックが爪をふるいます。兄弟子だけあって、速度も力もバンダースナッチをはるかに上回っていました。
 このままではアリスはドラゴンの爪に引き裂かれるでしょう。
 しかし!
 アリスの鎧が一瞬光ったと思ったら、彼女の姿が消えたではありませんか!
 
「どこだ!?」
「お前の後ろだ」

 いつの間にかアリスはジャバウォックの背後にいました。
 ジャバウォックは振り向きざまに尻尾をアリスに叩きつけようとします。
 ですが手応えはありませんでした。さっきま後ろにいたはずのアリスの姿も見えません。
 
「上か!?」

 見上げると先程の尻尾攻撃をジャンプして避けたアリスがいました。
 アリスは落下しながら剣を振り上げます。
 
「チェストォォォォ!」

 裂帛の気合とともにアリスは縦の一文字斬りを繰り出します!
 
「無駄だ! そんな大振りな攻撃」

 ジャバウォックは両腕でアリスの攻撃を防御しようとします。
 この一瞬、彼の脳裏をよぎったのは、これまでの修業の日々でした。
 その修行とは灼熱の溶岩の中に腕を一瞬だけ突き入れるというものです。それを何回も繰り返すことで、ドラゴンの鱗が鍛えられます。
 体がとても丈夫なドラゴンでも、とても危険な修行です。腕を溶岩から引き抜くのがほんの少し遅れてしまえば、腕を失ってしまいかねません。

 ジャバウォックはその修業を数百年のあいだ何度も何度も繰り返しました。
 辛く苦しい修行を経た鱗は、この世で一番頑丈だとジャバウォックは自負しています。どんな名剣、どんな達人による攻撃だろうと受け止める確信がありました。
 ですが、なんということでしょう!
 アリスの聖剣はジャバウォックの両腕をまるでバターのように切断し、そのまま体を切り裂いたではありませんか!
 
「馬鹿なーっ!」

 これにはジャバウォックも驚愕してしまいます。この激しい痛みがなければ、夢に違いないと思ったでしょう。
 ジャバウォックはずしんと音を立てて倒れます。
 
「我が聖剣に断てぬものなし!」

 こうしてアリスはジャバウォックに勝利しました。この話はまたたく間に広まり、不思議の国のアリスの名は他所の国にまで響き渡っていったのです。
 それから数カ月後、次期女王を決める武闘会の開催が迫り、アリスは武闘姫として参加することを決意しました。
 
「これより私は武闘会に参加いたします」

 出発の日、アリスは家族が眠る墓に立ち寄ります。
 
「武闘会には多くの武闘姫が参加します。当然、邪な心を持つ者もいましょう。そのようなものが女王にならないために私は戦います」

 そこに執事のヘンリーがやってきました。
 
「アリス様、準備は出来ております」

 ヘンリーの後ろでは立派な馬車があります。
 
「お父様、お母様、そしてお姉さま。行ってまいります」

 こうしてアリスはチェスボードの町から旅立ちました。


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