本を読んで心をわしづかみにされた話
12月に入りまして、部屋の掃除でも始めようかと本棚の整理をしたのですが、ただ単に、本棚に並んでいる文庫本を取り出す、表紙を眺める、また元の場所に戻すという作業をしているばかりで、本棚に新たな空きスペースができるわけでもなく、なんとも不毛な作業を続けています。
そんなことをしていると、
「そう言えばこんな本を昔買って読んだんだなぁ…」
と思わぬ発見もありまして、掃除する手が止まり、本を読みはじめ、いつの間にか物語に没入している。そんなことをしています。
で、最近手に取って、改めて読んでみた作品が切なくって悲しくって、涙腺ゆるゆるになってしまったことを話している、月曜日のポッドキャスト📻
その作品は、東野圭吾さんの『秘密』
映画化、ドラマ化もされた作品なので有名かつ人気の作品なのですが、発売されたのが1998年と言うことなので、かれこれ25年前の作品です。
文庫本が発売されてすぐに買った本だったと思う。
スキーバスが転落し乗っていた妻と娘が入れ替わってしまったという話で、
「そんなことあるわけないじゃろ~」
と思いながらも、読み進めていくうちに妙にそれが現実味を帯びていて、すっかり入り込んでしまい、一気に最後まで読んでしまいました。
東野圭吾さんの文章力、リズム感、テンポ感、展開の仕方、すべてにおいて圧巻の作品なのですが、おそらく初めて読んだときはまだ20代。
どこかまだ、主人公の平介の気持ちに寄り添えないというか、他人事のように感じてしまっていたところがあったのも事実。
それから20数年経って改めて読み返してみると、これがもう感動で胸がキュッとなる。
いやぁ…切ない。悲しい。
これがハッピーエンドなのか?と問われれば、なんとも言えない。ハッピーかもしれないし、ハッピーじゃないかもしれない。
読み終えて本を閉じた後もしばらくボーっとしてしまった。
この読後感というか、余韻というか、そう言うものを久しぶりに感じました。
やっぱり歳を重ねたことで共感できるものがあったり、歳をとってしまったがゆえに、高校生のピュアな恋愛小説にはどこか青さみたいなものを感じてしまったり、確かに感受性みたいなものは鈍くなっているとは思うけれども、歳を経てから改めて『秘密』を読んで、そこで感じたものは初めて読んだときよりも大きなものでした。
久しぶりにいい読書体験をしたなぁ…と思いながら、掃除の手はすっかり止まっているのです。
そして、『翳りゆく部屋』は名曲なのです。
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