あの角を曲がれば

3/31のイベントで公開する小説の一部を紹介しています。是非当日は楽しんでもらえればと思います。


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「あの角を曲がれば」-If you turn the corner.

おめでとう。よく頑張ったね。
母と一緒に見た合格発表通知。 来月、マコトは地元を旅立つ。



 風が強い日。タクシーを降りて、両手いっぱいに食材が入った袋を抱え歩く。今日は友人宅でご飯を振舞う会があるのだ。日々これといった行事がないマコトは、今日という日が楽しみで昨夜から色々と思考を巡らせ、修学旅行前日のような寝付けない夜を過ごした。寝不足で身体の中心がポカポカとあたたかい。二十代前半の時のような体力はないが、まだまだ童心を持っていたいと思う。季節は春になり始めて、少しは暖かくなってきた東京だが、未だ冬の名残を残し、去っていく冬を忘れないでと言わんばかりの空が広がっている。

歩くマコトの先で、小さい子がその両足と身体を一生懸命使って、一歩また一歩と地面を踏み締め歩いている。本人は気付いているのだろうか。あなたが歩く姿すら愛しいと、隣で見守る母からの、大きな愛に包まれた視線に。コツっと足が絡まり、その小さく弱い子が冷たいアスファルに倒れた。すこし間があいて泣き喚いた彼を横目に、マコトは大きな歩幅で友人宅へ急いだ。角を曲がるまで、母の大きな愛に耳を傾けながら歩く。

青い空に銀色で光るマンションに着き、インターフォンで大きな扉を二つ進むとやっとエレベーターがある。右手には低層階用エレベーター、左手には高層階用エレベーターの文字が見え、高層階へ行く箱に乗り、今日振舞う料理を再度確認する。真鯛のグリルカルパッチョ、牡蠣のチーズオーブン焼き、砂肝コンフィとセルバチコのサラダ。そして、唐揚げ。最後にゴルゴンゾーラのペンネ。
 今日集まるメンバーは、この家の主の浩二さんとその妻のリンさん、そして同い年の馬場と二つ年下の小倉くん。みな職種はバラバラであるが、三ヵ月ほど前に、あるお店で催されていたカクテルパーティをきっかけに仲良くなり、それから何度か飲みに行っては、お互いの身の上話からくだらない話で笑いあった。マコトたちは、リンさんとは同席したことがなく、今日が初対面の日だ。この会が行われるきっかけは、二週間前にいつもの居酒屋で集まった時、浩二さんがリンさんを喜ばせたいと言い出したからだ。
「3回目の結婚記念日だから、普段やらないことをやりたいんだ。旅行もいいけど、俺たち旅行は好きだから年に2回くらい行くし、そんなにイベント感が無いというか」
「浩二さんはいいなー、俺は旅行したくても忙しくて、そんな余裕ないっすよー」馬場がそう言って、お箸にカチッと歯を当てながら焼かれたホッケを食べる。「馬場さんは旅行が無くても、美味しいご飯があればそれだけで幸せそうですよ」一番年下だが、いつも観察眼に長けている小倉くんが日本酒の熱燗に手を伸ばす。なんだよそれ?そう言って笑う馬場のおちょこに上手に酒を注ぐ。その隣で浩二さんは、銀色に光る薬指の手を顎につきマコトに目をやった。「なあ、マコトは料理ができるんだからさ、うちでみんなに料理を振舞うとか、どうかな? リンのことも紹介したいし、たまにはそんな結婚記念日もいいと思わない?リンに聞いてみてからだけど」
 その言葉を皮切りに、後日リンさんが快く承諾をしてくれた日から、馬場と小倉くんも乗っかり、今日という日が決行に向かった。マコトは趣味で楽しんでいた料理が誰かの結婚記念日を彩るパーツになれることが心底嬉しかった。  この人は僕らのことを大切にしてくれるように、いやそれ以上にリンさんのことを愛している。そう確信できる。月並みだがそんな関係は素敵だと思った。大切な人の笑顔のために、丁寧に向き合いたい。だからこそ、今日のメニューにはこだわった。 エレベーターを降りて廊下に着くと、ホテルでしか見たことない絨毯の上を、足早に高揚して歩く。この絨毯の上でもさっき見た彼なら転げてしまうのかな、と思った。風に煽られていた母親の赤いマフラーを思い出す。これまで自分のために作っていた料理が、歳月を経て今この場所で、東京で知り合った友人と呼べる人たちに食べてもらえる。みんな喜んでくれるかな。少し不安になった心とは裏腹に、顔には自然と笑みがこぼれていることに気づく。

 「お、やっと来たー。待ってたよ」馬場が玄関まで迎えに来て、マコトの荷物を持ってくれる。ほら、こっちだよ。まるで自分の家かのように馴染んだ馬場の、ペタペタと歩く足元をキャラクターものの靴下が窮屈そうに覆っている。こんな靴下も履くんだな、友人とはいえまだまだ出会いは浅い。知らないこともある僕たちの関係は面白く感じた。これからもいろんなことを知っていくのかな、そう思いながらリビングへ入る。
「今日のシェフです!リンさん、楽しみだね」十五分ほど遅れただけだが、馬場は持ち前のコミュ力で既にリンさんと打ち解けている。マコトさん、ありがとうございます。小倉くんは相変わらずしっかり者だ。
「マコト、急だったけどありがとう。今日はよろしく。何か手伝えることあれば何でも言ってね」ほら、とりあえず。そう言って缶ビールを差し出してくれた右手は相変わらず銀色に光っていた。その先に見えるリンさんの銀色にも視線を伸ばしまた戻す。気にしないで、ゆっくりして待っていてください。マコトは自分の役目を大いに受けてみようと思う、今日はやり遂げるまでずっと緊張していそうな気がする。

乾杯。木目調のテーブルを囲む景色を見ると、少しだけ実家にいた日々を思い出す。マコトの実家は五人家族で、木目調のテーブルを囲んでいた。幼い弟と、一つ下の妹はマコトが地元を出る最後の日も楽しそうにしていた。
「お母さん買い物に行ってくるから。あ、マコト、向こうに行ってから住む家の住所、早めに覚えておきなさいよ。迷子になっちゃうよ」

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続きは当日に読めます。
ありがとうございました。

奥野翼

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