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僕はかわいそうじゃない/「怪物」

https://youtu.be/S3XB1sFhQiA


映画「怪物」を鑑賞した。
帰りはなんだか歩きたくなって、電車に乗らず家まで1時間以上の道のりを歩いて帰った。湧き上がってくる気持ちを整理したくて。

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映画の感想を話す前に、僕の個人的な話をしたい。

僕がはじめて男の子とキスしたのは、小学校低学年のころだった。
前後は忘れたけど、仲の良い男の子と誰もいない男子トイレで、なんだか自然な流れでキスをした。
でもまだ2次性徴も迎えていなかった僕は状況をよく理解しておらず、なんだか楽しいな・・・ぐらいの感覚だった。

幼稚園のころから「女っぽい」といじめられてきた。
スポーツよりも室内で女の子といる方が楽だったし、ミュージカルとか大好きだったし。戦隊ヒーローは好きだったけど、悪いやつをやっつけたいとか思ったことはないし。

小4のころ、クラスの何かの発表で2人1組を作らなきゃならなくなって、僕はなぜかクラスのヤンチャな男子と組まされた。
そのとき彼が「えー、オレ女と組むの嫌だ」と言った。
クラス中に笑いが起きた。先生も、笑ってはいなかったが何も言わなかった。今でもその光景を鮮明に覚えている。

この映画を見て、そんな自分の思い出が次々と浮かんできた。
歩きながら、僕は湊くんや星川くんだったころの自分を思い出していた。

声を大にして言いたいのは、これは間違いなくクィア映画だ。
そして、そのことをはっきり言ったって作品の力は失われることはない。観客を信じて欲しい。

でも一方で、これは日本中にいる保利先生や湊くんの母親や星川くんの父親のための映画だ。
当事者のための作品ではない。だからあんなラストシーンになる。

あのラストシーンをポジティブな気持ちで見られるのは、当事者じゃない人たちだ。
だって、最後まで誰もしっかり2人を肯定してくれてないじゃないか。

だから僕は、この長い感想を書いている。
作品ではなく湊くんと星川くんにあの頃の自分を重ね合わせ、2人の想いを無駄にしたくないと思ったから。
2人を肯定したくてたまらなくなったから。それは、あのころの自分を肯定してあげることになるから。

小学校を卒業して20年以上が過ぎた。
今はいじめられていないし、自分のことを受け入れてくれる人たちがたくさんいる。湊くんや星川くんの時期を通り過ぎた今の僕だから引いて見られた。
でも今まさにクラスで星川くんみたいな扱いを受けてたあの頃の僕が見たらしんどい作品だし、実際にああいう小学生は存在しているだろう。

僕はナマケモノにはなれなかったし、車から飛び出す勇気もなかった。
それでも、いままで生き残った。
だから、「怪物」を見てもし辛くなっている10代の人は、諦めないで欲しい。

「僕はかわいそうじゃない」
このセリフ、本編で2回登場する。
湊くんが母親に、そして保利先生が彼女に向かって言う。

今回僕は、保利先生というキャラクターのことについてもずっと考え続けている。
はじめに書いた、僕のことをクラス中が笑ったときに、黙っていた先生と重ねて。

“西田ひかると結婚したい”と書いた保利先生は、僕と同年代か少し上、つまりまあまあキャリアを積んだ中堅教師だ。
自身が小学生だったころは、まだまだLGBTQへの認知も教育もされていなかった世代だ。

僕はつい湊くんや星川くんに感情移入して見ていたので、保利先生のこともそういう目で見てしまった。

分かるよ、保利先生は悪い先生じゃない。
でも、僕のことは助けられない。
「男らしく」とか組体操とか、先生の小さな言動に少しづつ傷つく。

でも、時間はかかったけど、保利先生は湊くんのお母さんより先に、湊くんの気持ちも星川くんの家庭の問題にも気づいたよね。
きっと、不器用だけど保利先生には希望があるよ。
いつか、僕たちのことを助けてくれるよ。そんな風に思いたい。

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鑑賞中、隣の高校生ぐらいの女の子がずっと泣いてた。
どういう涙なのか分かんないけど、傷ついた涙じゃなきゃいいな、と心から願う。

さっき僕は“湊くんと星川くんの想いを無駄にしたくないと思った。2人を肯定したくてたまらなくなった”と書いた。
だから、できるだけこの作品がつくられた意義みたいなものを考えてしまう。

小学校のころの僕の苦しさを、日本映画でこんなにしっかり描いた作品を、僕ははじめて見た。
今まで"存在しない"ことになっていた苦しみや悲しみを形にした、というのは意味があったんじゃないかと思う。
存在が認識された、というのは世の中が変わる大きな一歩だと信じたい。

これから、もっともっと幸せな、湊くんや星川くんが家でも学校でものびのび過ごせるような、そんな作品が作られるきっかけになって欲しい。
この作品がそのきっかけになることを、心の底から願っている。

些末な感想①
田中裕子の校長先生の不気味さが際立っていた。
個人的に一番印象に残ったのは音楽室のシーン。
湊くんがはじめて自分の気持ちを打ち明けようとしたとき、校長先生はこう言う。
「誰かにしか手に入らないものは幸せって言わない。誰にでも手に入るものを幸せって言うの。」
この言葉の真意を、僕は今も計りかねている。

些末な感想②
湊くんの一人称が「みなと」だったのにとても共感した。
僕も高校ぐらいまで一人称がなかなか決められず、「僕」も「俺」も「私」もしっくりこなくて、名前で呼びがちだったから。
自分をみんなが使ってる型にハメられなかったというか。
今は社会で生きていくために「僕」を使っているけど、本当に気の置けない関係の人の前では名前で呼んじゃったりしている。
坂本裕二がそこまで考えたかは知らないが、とても共感できた。

些末な感想③
星川くんの父親を演じた中村獅童は、当事者をケアする団体に出演料全部寄付するとかしてもいいんじゃないか。
そういう宣伝の仕方、当事者の応援の仕方もあると思います。
ああいう人、現実にもいるんだから。ああいう風に描いた責任があるよ。俳優以外にも。
(だから、作品全体で何かしらアクションして欲しい)

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