人はなぜ戦争をするのか。どうしたら戦争はなくなるのか。その1 NHKスペシャル「ヒューマンエイジ 人間の時代 第2集 戦争 なぜ殺し合うのか」(6/18初回放送)の感想Facebook投稿を転載。

 最近始まったNHKスペシャルの新シリーズ「ヒューマンエイジ 人間の時代」。そもそもの志は高いし、世界の各地での研究最先端を追う取材VTR部分はお金もかかっていて素晴らしいと思うのだが、最近のNHKスペシャルに共通する欠点、スタジオ部分がいまひとつ。スタジオに呼んでいる専門家の人選が的外れ、構成脚本がいまひとつ。

 ではあるが、それでも見る価値はあると思う。

ヒューマンエイジ 人間の時代 第2集 戦争 なぜ殺し合うのか

 欠点としては、スタジオ専門家として登場した山極壽一氏(元京大学長、人類学者)が、この件に関しては全然専門家ではない。ふつうのおじさんの感想みたいなことしか言えない。ので、山極氏コメントのところで番組がぼんやりしてしまった。山極氏のせいというより、キャスティングした番組側の問題である。

今回の番組は要約すると、人が戦争をするのは

①子育て用に出されるホルモン、オキシトシンが、身内仲間への共感、守ろうという感情と行動を高めるのと同時に、「仲間ではない」と線引き、認定した相手に対する攻撃性を誘発する。これが「人間が戦争をやめられない」根本的原因という研究が世界中で進んでいる。

②活版印刷が発明されて以降、「仲間でない」と認定した相手を、「人間ではない」と感じさせるプロパガンダが大量有効に行われるようになり、最新のコミュニケーション手法が、大規模な戦争、残虐な殺戮を加速させ続けたこと。コミュニケーションテクノロジーが進化するほど、「相手を人間でない」として戦争を肯定拡大する力は増えていく。

「生物学的に避けられないオキシトシンの作用 敵・味方(家族・仲間)の線引き機能」×「その時代の最新コミュニケーション技術によるマスコミニケーションによるプロパガンダ「敵を人間ではない」と感じること。」というのが、この番組での「人間は戦争をやめられないどころかも歴史が進むほど残虐で死者が飛躍的に増えていく構造、原因」ということである。

「仲間を守るために、人間ではないと認識認定した敵を殺戮することが肯定されること。」というのが戦争のメカニズム。

 ウクライナの戦争で起きていること、自分の心の中に起きていること、現地の人だけでなく、日本人の心の中に起きていることを見れば、説得力はある。

 今回、唯一、本当にこの問題についての専門家と呼べる、世界の紛争地で平和構築を目指す活動をしているNPOの理事長、瀬谷ルミ子さんが登場するのだが、戦争を止める、なくすためのアプローチとして

「対立するよりも協力した方が自分たちの生存率が上がる仕組みを作る」

ということをあげて、リベリアでの成功例などを紹介するが、瀬谷さんはその裏側にある厳しい現実も指摘する。

「多くの和平合意では、武器を手放したら、その人たちの戦争中の罪は問わないという恩赦が盛り込まれる。しかし、家族を殺されたという被害者からしたら、家族を殺した敵方が、無罪放免になって職業訓練まで受けている。そこにジレンマはあるけれど、そこであらがっていると残った数少ない子どもや家族まてせ殺されてしまうかもしれない。なので平和のために泣く泣くそれを受け入れる」
「平和と言う言葉は私たちからするときれいごとだけれも、実際の紛争や戦争を経験した人々が積み上げている平和というのは血と汗と涙の積み重ね」

という言葉は重たい。

 オキシトシンはそもそもは「子育てホルモン」として注目されてきたもの。子だくさんわが家の夫婦は、オキシトシン過剰分泌状態で半生を生きてきたはずなので、おそらく「敵認定した相手への攻撃性」もすごく高い状態で生きてきたのである。

 そして、広告屋として「プロパガンダ」については、専門家として生きてきたのである。

 なので、この番組の内容、すごくよく分かる。ので、今、「オキシトシンで敵味方線引きをして、敵認定した相手を「悪魔」呼ばわりして、メディアのプロパガンダに乗って「××は人間ではない、悪魔だ、だから殺すしかない」と息巻いている人を見ると、「あああ、なんだかなあ」と思うのである。

 どちらか一方だけが人間で、どちらか一方が悪魔やけだものである、というモノの見方が戦争をエスカレートさせるのである。それがこの番組の結論である。

 つまり、本当は、どちら側も人間だし、どちら側にも残虐性もずるさもあるし、どちら側にもある種の正当性、理屈はある。

 そして、戦争をやめるためには、和平を構築し維持するには、敵対していた相手と「協力して双方の生存率が上がる仕組み」というのをなんとかして編み出して、家族を殺した敵も、生き続けていくということを、納得も許すこともできなくても、呑み込んで前に進むしかない、というのが戦争をやめるための、ただ一つの道なのである。人間ではない、悪魔でケダモノの敵を殺し尽くすことが戦争終結の道ではない。

 ウクライナの戦争のニュースは日本でもたくさん流れるが、それと同じくらい、もしかするとそれ以上悲惨な状況がスーダンで起きている。政府と準軍事組織の戦いで、人口の一割くらいが隣国チャドに難民として逃げている。しかし日本ではほとんど報道されない。たくさんの報道でウクライナの戦争については「ウクライナの人は身内(西側、民主主義側に入りたがっている人たち、ロシアは悪魔」という構図が日本人の中に出来上がっているが、スーダンの内戦は、どちらのことも「身内、仲間」とは感じられず、どっち側も「関係ない人たち」なのである。

番組HPから

「ヒューマンエイジ 人間の時代 第2集 戦争 なぜ殺し合うのか

初回放送日: 2023年6月18日

歴史上記録に残る戦争や紛争を調べ上げると、その数1万回以上。総死者数は1億5千万人にものぼる。今もやまない戦火。なぜ人間はこれほど戦争にとりつかれたような生き物になってしまったのか。最新研究から、人間の「仲間と助け合う本能」が、同時に戦争への衝動を生む皮肉なメカニズムが見えてきた。それを乗り越えて、平和な世界へ向かうことはできるのか。俳優・鈴木亮平が多様な分野の第一線の専門家と共に探求していく。」

番組HPから

追記したFacebook投稿

 さきほどのNHKスペシャル、『ヒューマンエイジ 人間の時代 第2集 戦争 なぜ殺し合うのか』についての感想の続きと言うか補足。

 「子育てホルモン」オキシトシンには、敵と味方との線引き作用があり、敵と認定したものを人間とは思わなくする、攻撃性をとことん高めてしまうという話。これは戦争がなくならないことの生物学的な基盤についての最新研究であるわけだが、これを見て「ああ、カール・シュミットの論というのは生物学的な基盤を持つのだなあ」と思った。

 カールシュミットはドイツの政治学者で、ナチスドイツの理論を先導したと言われているのだが、代表的著作『政治的なものの概念』の中で、政治的なものの本質を「友敵関係」=「味方と敵の区別」に見出す。この政治的な「友と敵」の概念は、道徳とも美的価値とも経済的価値とも異なるものなので、戦争は、道徳でも芸術でも経済的関係でも止めることが出来ないと説く。そして、最終的に相手の存在自体を否定するところまで行くと説く。

 米国と中国は現在経済的に相互に深く依存しあっているから、どんなに対立しているように見えても戦争はしない、という人がいるが、どうだろう。第二次世界大戦直前のドイツとアメリカは、今の中国とアメリカ同様、深く依存しあっていた。ドイツ国軍の軍用車を、フォードは製造輸出していた。デュポンなどの化学工業もそうである。経済的な相互依存では、それとは全く別の価値と行動原理で起きる「友と敵」「敵を最終的に完全否定しようとする」政治的なものの究極の形として現れる戦争を止める力にはならないのである。

 ブリンケン国務長官の訪中、習近平との会談も成功し、米中の緊張緩和へのきっかけを掴んだかと思ったのに、バイデンが習近平のことを「独裁者」と呼んで(支持者向けの資金集めパーティでの演説だという)、中国が激しくこれを非難。せっかくのブリンケン訪中成果を、一言で吹っ飛ばした。それくらい米中関係は危うい状況にある。(それにしても、原稿にないことをはずみでぺらぺらとしゃべるバイデンは、どう見ても、老化でおつむのほうが、もう大統領の任を果たせる状態に無い。他国の大統領だから日本人にはなんともしようがないが、「バイデンにする、トランプにする」という二択はあんまりである。)

 「なぜ人間は戦争を止められないか」というNHKスペシャルの素直で根源的な問いかけ、原因の分析はだいたい正しいと思うが、どうしたら止められるかの答えは、まったく手がかりもないのである。

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