『タイガーズ・ワイフ』を読んで。私小説として未熟、説話として巧み、若い作家が小説を書くということについて。

しむちょーん、読んだよー。

『タイガーズ・ワイフ』 (新潮クレスト・ブックス) 単行本 – 2012/8/1
テア オブレヒト (著), T´ea Obreht (原著), 藤井 光 (翻訳)

Amazon内容紹介
「紛争の繰り返される土地で苦闘する若き女医のもとに、祖父が亡くなったという知らせが届く。やはり医師だった祖父は、病を隠して家を離れ、辺境の小さな町で人生を終えたのだという。祖父は何を求めて旅をしていたのか?答えを探す彼女の前に現れた二つの物語―自分は死なないと嘯き、祖父に賭けを挑んだ“不死身の男”の話、そして爆撃された動物園から抜け出したトラと心を通わせ、“トラの嫁”と呼ばれたろうあの少女の話。事実とも幻想ともつかない二つの物語は、語られることのなかった祖父の人生を浮き彫りにしていく―。史上最年少でオレンジ賞を受賞した若きセルビア系女性作家による、驚異のデビュー長篇。全米図書賞最終候補作。」

ここから僕の感想

もう五年近く前に買ったまま、読まずに置いてあったのだけれど、しむちょんが、「この小説の、主人公のお祖父さんがいつも持っていた『ジャングルブック』を読んだ」と、最近、書いていたのを読んで、ジャングルブックの方ではなく、こっちを「あ、読んでない」と思って手に取りました。セルビア生まれ、今はアメリカ在住の、すごく若い女性作家のデビュー作。カバーの脇の著者近影。あ、トラの娘だ、というトラっぽい美人さんなので、なるほどと納得。というか、小説も、そういう「若い作家のデビュー作」と知ってなるほどと思う。
 この小説、若い女医さんが主人公、語り手。かなり作家自身と重なる。若い女医さんの語りの部分は、世界共通、小説家を志す自分語りの文体、内容。この部分は未熟な小説。ところが、彼女のお祖父さんが語る「不死の男」の話と、おじいさんが多くは語らなかった「トラの嫁」の話を、村の様々な人に聞いて再構成する部分、というのが、素晴らしい。説話というかマジックリアリズムというか、自分のことではないストーリーを語らせると、素晴らしい腕前。
 未熟な私小説・家族小説と、卓越した説話部分がいったり来たりしながら、旧ユーゴの、戦争・紛争・内戦の時代を背景に、不思議な読後感の立体的な小説が編まれています。
 翻訳者も「若くて未熟」な人のようで、読みやすいかというと、かなり読みにくいのですが、この小説の中身と、この翻訳者は、なかなかに良い巡り合わせだったと思います。


とFacebookに投稿したところ、しむちょんが

「そうか、未熟さ。温めてたアイデアを全部ぶち込んだ感じの内容に、その未熟さと、読みにくさが、いい趣になっていたのかも。なるほど。
最後に執筆に協力してくれた人達へ著者からのお礼の文があったと思いますが、そこのところでグッと来たのを思い出します。」

とコメントをくれた。

この作者、私小説的に書きたいこと、説話的に面白い物語を作ること、そういうことを全体として、なんとかひとつの小説にまとめようとして、大学の先生や出版社の編集者や、友人たちなど、すごくたくさんの人に助けてもらいながら、この小説を書きあげたのだと思う。その思いが最後の謝辞にあふれていて、しむちょんはそこにグッときたんだなあ。

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