原 正樹
吉野家事件についての補足とつづき。ブランドの視点から。

吉野家事件についての補足とつづき。ブランドの視点から。

原 正樹


  もう書かない、といったのだけれど、予想外に、ものすごくたくさんの人に吉野家事件の件についての投稿がシェアされて読まれて広まってしまい、ちょっといろいろ補足しておいたほうがいいかなあと思い、書いています。

 まず、初めに「P&Gマフィア」スゲー悪者、みたいに受け取った人がいると思うのだけれど、その点について。

この方が書いてくださった通り

「Mizuno みんみん Michiko 2022/4/20(水) 15:10追記
P&Gでの勤務経験のある友人から
「P&Gマフィアと呼ばれる人たちは、そんな人ばかりではないので、一括りにまとめて欲しくない」とメッセージが来ました。たしかに、シェアした元の文の原さんも「いわゆる、P&Gでバリバリやって、外に出て成功した人には、良い人も、そうでない人もいた」との感想ですしね」

と書いてくれた通り。僕の付き合ったP&Gマフィアにも、すごく気持ちのいい人も、何人もいたっていうことは今一度、確認をしておきたいと思います。

 「吉野家のプロパーの人、味にこだわるいい人」との対比で、「P&Gマフィア、マフィアっていうくらいだからスゲー悪い人、売らんかなでいろいろ無茶する人」ってイメージしちゃう人も多かったんじゃないかと思うのですが。

あの役員さんの人となりは知らないのですが、僕の知っているP&Gマフィアの人たちは、いい人がやや多かった。いや、もちろん、ものすごーく嫌な人いましたけどね。

あと、PGマフィアの人たちの方法論と言うのは、それはすごく科学的で合理的で、彼らが大活躍をするのも、それは理由のあることではある、ということも言っておこうと思います。彼らがマーケティングのプロであることは確かです。

で、どういう立場から私が彼らを論評するのか、原にそんなことを言う資格があるのかよ、というツッコミが入るかと思うので、改めて自己紹介。昔からの友人には分かり切ったことではあるけれど。ちょいと書いておきます。

「マーケティングやブランドやから足を洗った」と書きましたが、そもそもマーケティングやブランドにどんなふうに関わってきて、そしてどんなふうに足を洗ったかについて。

 私、昨年11月に出版されたこの『ブランド戦略ケースブック2.0』田中洋著 という本の中で、「『ブランド戦略論』を読む」という一章を書かせてもらったのですね。書いた文章が本になるなんていうのは、人生で最初で、おそらく最後のこととして。

ブランド戦略論 田中 洋 (著)

ブランド戦略ケースブック2.0 ―13の成功ストーリー― 単行本(ソフトカバー) – 2021/11/1 田中 洋 (著)

田中洋先生は、マーケティング学会会長、日本ブランド学会会長を歴任された大家の方で、その主著の『ブランド戦略論』を、実用書としてではなく、人文知の本として読みとく、という書評を書いたんです。それは、『マーケティング』とか『ブランド論』というのが、単なる金もうけだけの実学ではなくて、世界を読み解く、世界と関わるひとつのアプローチなんだ、ということを明らかにしたいと思ったから。

 私は学者でも研究者でもなく、単なる実務家として35年くらい働いてきたわけですが、それでも、こういう文章を書きなさいとマーケティング学会会長さんに言ってもらえる程度には、ものすごくたくさんの日本のトップ企業のマーケティングやブランド戦略に関わってきました。各分野で日本を代表するトップブランド、ロングセラーのマーケティング戦略を10年20年の長きにわたって担当した。そういう「人生の長さで関わったライフワーク」のような仕事が異ジャンルで3つあります。(もちろん別に僕が主役なわけではなく、メーカー企業の方と広告代理店の人の間に立って、うろちょろ通訳みたいなことをする仕事だったわけですが、)それ以外にもおよそありとあらゆる業種カテゴリーのトップ3に入る企業や商品のコミュニケーション戦略やブランド戦略や商品開発ということについては、生涯で100社300プロジェクトくらい関わってきました。

 で、私は、もうすぐ還暦になるので、マーケティングや広告の世界にとどまって後輩のお邪魔をしないように、しっかり完全隠居して、文学や政治や哲学を考えることにしたんです。ただし、長いこと関わったマーケティングやブランド戦略家としてのものの見方というのが、どうしても自然に出てくるだろう。そういう立場から、文学や政治を考えていく。さきほど本に書いたのも、そういうこれからの私の生き方の宣言文の意味もあったのです。

 自分の会社を畳んで二年ちょいになるのですが、そういうことをやっているわけです。

 で、ここまでが長い前置きで、ここからが今回の投稿でいちばん書きたいこと。

 なんで、この前の私の投稿が、あれほどたくさんの人に読まれてシェアされたのか、ということについて考えたんですね。

 理由は「人は、自分が読みたいと思っていたことが書かれたものを、喜んで読むから」です。

 今回、「生娘しゃぶ漬け戦略」って、ものすごく、人の頭の中にある「吉野家らしさ」「吉野家の企業人格」にふさわしくないなあってみんな、思ったに違いない。吉野家は、不器用だけれど誠実な企業のはず。社員やバイトのことは、ちょっときつくこき使うかもしれないけれど、それは「儲けよう」というよりは「味と品質と安さ」にこだわる、頑固な老舗企業だから。すき屋や松屋より不器用で時代に乗り遅れちゃったところはあるけれど、そういう頑固一徹なところは吉野家のいい所じゃないか。

 そう思っていた吉野家の役員が、デジタルのマーケティングのセミナーで、というところがまず「らしくない、似合わない」感じがしたのに、そこで「生娘しゃぶ漬け」って、えええ。ひどいな。

 これを、みんなが「老害ゆえの時代錯誤の失言」と初めに誤解したのも、吉野家の企業人格が「年老いた男性、頑固で時代遅れ」なものだったからです。五輪のときの森喜朗会長の女性差別発言と同じタイプの失言だって、みんな思ったわけです。

 しかし、そうであるにせよ、お客様を見下した感じと、自社の牛丼を「しゃぶ漬け」、習慣性中毒性はあるが体に悪そうなものに例えるというのも、なんだか全然、吉野家らしくないな。そう思ったはずです。

 しかし、あまりに悪質だな、お灸をすえるためにも、ボイコット、不買運動、しばらくはしてやろうか、そう思った人もいたのだと思います。

 そこに、私が「あれを言ったのはP&Gマフィアですよ」「外資で成功して、伝統的企業を無理やり改革して短期的成功を追及する、外から来た人の発言ですよ」「きっとプロパーの人は心外なはずですよ」と言ったものだから

「そうだよね」「吉野家らしくないと思ったんだよね」「きっと伝統を守る人はいやだと思ったよね」「自社の牛丼のことをしゃぶなんて言うわけがないよね」と、読んだみなさんは、いろいろすごく納得したわけです。

だって、吉野家というのは、ちょっと古くさくても、誠実で、味と品質には妥協をせず、バイトの人まで、おいしさにこだわる企業だってイメージしていたから。僕の「P&Gマフィア」情報で、みなさん、すごくほっとしたんだと思います。そういうことを聞きたかった。そう思ったために、単にイイネするだけじゃなく、シェアしてくれたのだと思います。

 もうひとつ、私が学生時代の、貧乏学生で五円玉一円玉を集めて朝定食を食べた思い出にも反応した人が多かった。「貧乏だったり、仕事で疲れたりしたときに、吉野家は、安くておいしくてちゃんとした品質の牛丼を、いつでも提供してくれた。」という、読んだ人それぞれの、「吉野家と私」の思い出、物語を思い出したんだと思います。

 それを壊そうとする悪者P&Gマフィア、という物語も、なんだかすっと腑に落ちたんだと思うのですね。

 ブランドというのは、記憶の連鎖です。文脈の束です。商品だけではなく、消費者である「私」と、お店と商品、そういうものの記憶の束で、ブランドは出来上がっています。ブランドはどこにあるか。お客様の頭の中にあるのです。

 ブランドの記憶について、大切なルールがあります。記憶は「蓄積モデル」であって「置き換えモデル」ではない、ということです。広告屋が、新しいイメージの広告を発信したとしても、商品開発屋が新商品を発売したとしても、ブランドのイメージは「置き換え」されることはありません。今までの記憶の束にくっついて、「積み重なる」のです。

 だから、今回の事件があったとしても、吉野家のイメージが全部ぶち壊しになることはありません。失敗イメージが加わっても、今までのたくさんの良い記憶は無くならないのです。すごくたくさんのいい思い出の上に、最新、失敗が乗っかった状態。私の文章を読んで、皆さんの心の中、頭の中に「でっかいいい思い出+今回の失敗」が思いうかんだ。今回の失敗はひどいけれど、頭の中心の中には、いい思い出の方がたくさんあるな。そう思って「不買運動やボイコットやいやがらせなんてしちゃダメだ」と、読んだ皆さんは思ってくれた。

吉野家は、これを機会に、まずは反省した上で、お客様との間に、新しい良い記憶を、積み重ねていくことが大切です。

 件の役員が、今回、「親子丼」を新メニューとして追加することにしたそうですね。本当は発表会をする予定が、中止になったらしいですが、それでも親子丼は加わるのでしょう。

 マーケティング屋として、私の意見を言うと、親子丼を追加するときに一番大切なことは「親子丼がどれだけ美味いか」ではないと思います。いちばん大事なのは「親子丼が追加されても、牛丼の味もサービス(提供まで時間とか、盛り方のクオリティとか)が、一切、変わらない。牛丼の質が低下しない」ということです。そのことに、どれだけ工夫をしたか。オペレーションの工夫と徹底、そのことを、親子丼についての情報より多く、発信すべきだと思います。

 親子丼はもし売れなければ、やめてしまってもいい。しかし、親子丼を発売することで、牛丼の質が落ちたら、顧客は許さないと思う。そこのところを、退任した役員が、どこまできちんとやっていったか。それはみなさん、確認をしに行って、親子丼じゃなく、牛丼を注文してみるのがいいと思うのだよね。

 そこがきちんとできていたら、「あの役員さん、ひどい失言はしたけれど、P&Gマフィアというのは、さすがにマーケティングのプロなんだな」と、評価してあげるべきだと思う。

 失言をして失敗しても、あの役員さんの人生は続くし、ご家族もいるのじゃあないだろうか。失敗しても、反省して、自分を変えて、そして再起できる。失敗した人にも、悔い改めて、再起のチャンスきちんとあるのがいいなあと。

 なんか、昨日から、ものすごい数のイイネとシェアをいただいている間に、そんなことを考えました。おしまい。

意見をくれた方への返信

広告業界先輩友人から「原、文章が長い」といつも言われています。長過ぎる投稿を読んでくださってありがとうございます。マーケティングも広告も、消費者生活者を企業が意図したようになんとか動かそうという営みなわけで、その本質にどこか「上から目線」だったり、尊大なところがある、という自己批判、反省というのは、常に心の中で持つ必要がある。そして、それを、語るときには言葉の選び方も大切だし、言葉だけでなく、心の底から「企業の都合を押しつけていないか、本当に消費者のためになるか」と問い続ける必要があると、今回、改めて思いました。


これの前に書いたのはこちら。


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原 正樹
引退間近のマーケティング屋。読書と思索とギター弾きと世界のスポーツ観戦だけのリタイア生活に移行計画中。 2019年は、ちゃんとものを書いていきます。の、つもり。