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NHKスペシャル「MEGAQUAKE 巨大地震 2021 〜震災10年 科学はどこまで迫れたか〜」を見て。個別研究は進んでいるが、地震学会とNHKのこの十年の歩み、一歩後退、腰引け気味なことを憂う。

「MEGAQUAKE 巨大地震 2021 〜震災10年 科学はどこまで迫れたか〜」

番組内容 NHKホームページから引用

あの日、東北沖であれほど巨大な地震と津波が起きることを想定できなかった科学者たち。深い悔恨と新たな決意を胸に、次こそは危機を事前に社会に伝えたいと、再び挑んできた。この10年で飛躍的に進歩した人工知能やスーパーコンピューター、宇宙からの観測などを駆使。巨大地震の「前触れ」をとらえ、「地震発生確率が高まっている地域」をあぶりだし、命を守ろうとする最前線を、宮城県出身の鈴木京香さんとともに見つめる。

 この番組について、ちょいと長文を書こうと思う。長くなると思う。

 この10年間の、NHKの番組作りスタンスの変化や、地震学会や政府の地震予知に関わる人たちの微妙な問題点と言うのが表れていると思うので。

 僕は、ご存じの通り、文系100%の人間で、科学研究的な意味での地震予知の中身については門外漢だ。地震については、子どもの頃、小松左京の「日本沈没」にショックを受けて以来、興味は生涯通じてずっと持ってきた。とはいえ知識「地震についてのNHK特集→NHKスペシャルは欠かさず見てきた」「地震予知に関する、学会から認められないけれど話題の研究機関をツイッターやFacebookグループでフォローしてこまめに情報収集している」という程度の門外漢、素人である。

 だから、科学的専門知識から何かを言おうというのが、この文章の主眼ではない。

 主に今回と過去の「NHKスペシャル」の範囲内での知識で、いろいろ思うことを書いていきたい。地震についてだけではなく、AIについても言及するが、これもNHKスペシャルがAIについて扱った番組内容を思い出しながら書くことにする。

 なぜ、今、これを書くかと言うと、どうも、新型コロナ対策の「専門家」「政府側の専門家」の問題と言うのが、地震の予知予測ということに関しても、相似形の問題を抱えているな、ということが、伝わってきてしまったからである。「政府側の専門家・学会の主流派」と「政府側ではない、若手の、やる気のある専門家」の微妙な関係があり、それに加えて「日本では学会主流から認められないアプローチでの研究が、海外で進展していること」。そうした全体の構図について、NHKの制作チームはよく把握しているのだが、政府から睨まれないために、「やる気と忖度のせめぎ合い」みたいなことが、NHKスペシャルチームに起きている。そんなことが、この番組から、伝わってきてしまったから。

 震災一年後の2012年から、2015年、2016年、2018年、何度か放送されたこのシリーズを、この一週間、NHKは深夜にまとめて再放送した。それを全部見たうえで、今日の放送を見た。

 2012年の第一回でも使用され、今回も冒頭に流された2011年10月の地震学会での、地震学者たちの悔悟の思いを、NHKも共有してスタートしたシリーズといっていいと思う。

 地震学会、壇上の発表者が、学会員、つまりは日本を代表する、日本中の地震学者に語りかける。「われわれがどこで間違えたかということは明確になっている」「いいかげんな概念の上にいいかげんな概念をもうひとつ積み重ねようということを今やっている」

 反省した地震学者、地震学会の震災後10年の成果と現在。その紆余曲折。

 2012年、15年の番組では、「兆候をつかんでいた」「予測にものすごく近づいていた」「危ないという論文を発表していた」という複数の学者たちが、それでもなぜ、あの地震を予測予知できなかったのか、というの後悔からの研究の進展を、研究の中身を科学解説のアプローチとして解説、取材する、というのが、番組の軸になっていた。

 年が進むにつれ、次第に「地震予測は、およそこのアプローチに集約」という学会と政府の流れができてきて、南海トラフ地震のリスクも高まる中で、地震学会、政府の専門家が登場し、地震予測の告知方法や、国民への注意喚起という方向に、番組も進んでいった。

 そして昨夜の番組。ポイントは二つ。

 ポイント1 「学会主流派お墨付き」研究と、「学会主流派からはじかれたために、海外で研究が本格化しているアプローチ」のコントラストが、昨夜の番組では、鮮明に出てしまっている。

ポイント2  2016~2018に、「学会の責任者が、地震予知の現状について、テレビを通して、国民に直接語りかけよう」としてきた姿勢が、なぜか、今回、失われてしまった。国民への責任を回避しようとしているように見えた。(個別の研究者はそれぞれ必死に研究しているのに)、学会全体として、腰が引けてしまったようだ。残念である。

番組から見える、地震学会主流派の地震予知へのアプローチとはどういうものか。

 学会の主流は、①プレート理論の精緻化が主流であることがわかる。このアプローチが、いちばん学問的に正統なので、受けがいいのだと思う。予測に対して有効度が高いからではなく、学問的に、科学的に正統だから、なんだと思う。

 学問的に正統と言うのはどういうことか。

 どの様に地震が起きるのか、についての「仮説」がはっきりとあって、「それを観測で検証する」ことがまず優先される。予知予測優先ではなく、地震が起きるメカニズムの正しい理解がまず優先されるのである。「地震学会」だから。

 地震が起きるメカニズムについての正しい理解の延長で、「予測・予知」の研究がある。「予測・予知」が主目的ではないのである。

 しかし、結局、プレート境界における癒着部「アスペリティ」が、いつ限界を迎えてズレ動くかは、時期まで予測するのは難しい。今回番組でも、前兆となる小規模地震とスロースリップが起きれば予測はできる、と言っているが、「スロースリップや前兆地震がなくて突然巨大地震が起きる事もある」と研究者・海洋研究開発機構の堀高峰氏も認めてしまっているので、「予知予測手法」としては不完全なのは明らか。

 そういう、予測手法としては不完全なものが、残念ながら、地震学会いちおし理論な、推奨アプローチなのである。

②プレート境界型巨大地震ではない、内陸型地震については、GPSでの歪み蓄積が活断層付近でどうなっているのか。活断層研究とGPSの組み合わせ。プレート境界ではない内陸型の地震は、今まで「活断層のズレ動き」で説明した来たわけだが、何度目かの登場になる京都大学防災研究所の西村卓也准教授の、GPS観測による理論化が進んでいる。

 活断層の存在が確認できていない場所でも、GPSで歪みの蓄積が大きい場所では地震の可能性が大きいとして、西日本での地震リスク地図を発表している。これは政府発表の「活断層地図による地震リスク予測」よりも一歩進んだものだと紹介している。

 「学会お墨付きで、政府の現段階の予測より一歩進んだ最先端のもの」として紹介されたのだと思う。

 ちょいと余談だが、地震学会から異端として排除された学説に「活断層は地震の原因ではなく、地震の結果、生まれたものである。地震の原因は地殻深くに浸透した水の解離ガス爆発による」というのがある。「活断層が地図にないところでも地震リスクが大きくなっている」ていうのまでは地震学会は認めたのだが、「活断層がまだ見つかっていないから」という公式見解で整合性を取っている。「いやいや活断層は地震の結果生まれるのであり、因果関係が逆」という異端学説は排除されたままである。

 ここまでのふたつが、日本の地震学会、地震予知の主流派で、「地震が起きるメカニズムの正しい理解研究」が先行し、その理解が正しいことにより、従属的に「予知・予測がある程度可能になる」というアプローチである。

 一方、地震学会では、地震の起きるメカニズムについてではなく、「地震が起きる際の付随現象に注目して、地震を予知する」というアプローチは、傍流であり、不人気である。「メカニズムもわからないのに、予知、予測ができるなんていうのは、邪道」という気持ちが強いのだと思う。

 日本で不人気な中で、海外で先行してしまったのが「電離層の乱れ」アプローチと、「AI」による予測である。

日本の学会で冷遇されているアプローチが、海外で本格的に取り組まれ、成果を出しそう、という二つの事例。「電離層の乱れ」と「AI活用」。

 

 まず、「電離層の乱れ」アプローチについて。

 電磁波による地震予知は、そもそも学会外のアマチュア天文家、串田嘉男氏が、たまたま発見し、いくつかの地震で予知の実績を上げた。串田氏は学会で認められようなどと言う気持ちは無く、、独自で研究しては希望者に対してだけ予知情報を出していた。が、面子を潰されたと感じた学会が、総出で串田氏を叩く、ということが起きた。

Wikipediaから引用しよう。

FM電波を用いた流星エコーによる地震予知研究いわゆる串田法により地震予知を行っている。上空電離層の異常によりFM電波が異常伝播することが地震の前兆現象として地震予知に利用できる可能性を示唆したことは最大の発見であり功績であるが、実際の地震予知的中率は低かった。
気象庁が調べた2001年から2003年のM6以上の地震では、52件中3件の的中であり、防災情報としては役に立つレベルではないとされた[2]。これは使用する機器がFM受信機という正規の測定機器ではなかったことが最大の原因と考えられ、そのために観測結果が定量的な測定記録として利用できないことが問題であった。
現在では電界強度計などを用いたダイナミックレンジの広い測定方法により上空電離層異常と地震との相関が研究されており、早川正士[3]電通大名誉教授をはじめとして複数の有力な地震予知研究が行われている。

Wikipediaはこう書くが、学会主流派による串田氏叩きは、本当に酷かった記憶があるがなあ。 

 2012年の番組では電離層アプローチの予知について、日置幸介北大教授がかなり詳しく紹介されていた。が、その後、追加情報はなかった。

 と思ったら、昨夜の番組では、中国が、この「地震における電離層の乱れ」観測のための衛星まで打ち上げて、メキシコでの大地震時の、電離層の乱れを観測した事例が紹介されていた。番組コメントでは「科学者の間では議論が続いています」と紹介しているところからも、日本の地震学会的には、電離層アプローチを認めまいとする一派がまだいるのだろうということが分かった。意固地になっていると、中国に後れを取ると思うんだけどな。

この「電離層乱れ」アブローチよりも、AI研究の遅れの方が、より深刻だと思う。

 この番組を通してみると。日本の地震研究では、「京」がよく登場して、「スーパーコンピュータ」シミュレーションは多用されているが、「AI」の活用事例は、海外のほうが研究が進んている。日本ではあくまでメカニズム仮説が明らかなものに対して、スパコンでシミュレーションするというのが正しいアプローチで、AI的アプローチは「邪道、オカルト」と思っているのだと思う。

 地震ではない例で、AIによる「予知予測」というものがどういうものか、説明したい。手法は、

①「関係ありそうな、周辺の情報・データについてAIに大量に学習をさせると」

②人間の予測をはるかに上回る精度で、予測することができる。

③ただし、どういうアルゴリズムで予測しているのかを、人間は知ることができない。

つまり「相関関係がありそうな大量データを学習させると、因果関係・メカニズムは分からないのだが、人知を超えた正確さで予測ができてしまう、というのが、AI予測の特徴なのだ。

 過去の、AIについてのNHKスペシャルで紹介された事例で言えば、ベテランドライバーよりもはるかに正確にタクシーの客が、どこで多くつかまるかを予測するAIとか。狭い範囲、短い時間での降雨量を正確に予測する民間天気予測会社のAIなど。「予測論理やメカニズムは不明だが、きわめて正確」なのである。人知を超えている。別のところで僕が書いたの、引用しよう。

降雨予測の精度というのは、AIの進化によって恐ろしく向上していて、それは「気象庁」という公的機関以上に、「降雨予測を売る民間会社」の方が進んでいると言ってよい。気象庁が、(地震学会と同じように)メカニズムの分かっているデータとシミュレーションによる予測をするのに対して、民間会社の降雨予測は、そうしたメカニズムが分かっている以外の「関係ありそうな、しかし因果関係・メカニズムは分からない」データも大量にAIに学習させることで、非常に狭い範囲の、非常に短い時間単位での降雨予測を実現している。
 また別の話をすれば、AIを活用したタクシーの客出現予想を売るサービスというのも、登場している。タクシーの客の発生に関係しそうな(あるいは一見関係なさそうな多様なデータをAIに学習させることで、どのあたりを流すと客がいる確率が高いかを、運転手に知らせる、というサービスである。どういう論理思考回路でその予測が出てくるのかは、人間には分からない。この「理由が人間には分からない」というのが、AIの面白いところである。

 ここまで読んできた人にはわかると思うが、「メカニズムが分からない、因果関係が説明できないけれど、人間より正確に予測できてしまう」というの、いかにも地震学会の人が「気に入らない」「認められない」と感じがちだなあ、と思うでしょう。

 カナダの西海岸バンクーバーでの巨大地震予測をしようとしている、アメリカろロスアラモス研究所のチーム。巨大地震前に、近くがわずかに岩盤が崩れて出すノイズを大量にAIに読み込ませることで、地震発生までの時間を正確に予測しようというアプローチ。人間にはただのノイズにしか聞こえないものが、AIにはなぜか正確に予測できてしまう。

 これなんかは、地震が起きるメカニズムについては、素直なプレート理論なのだから、スロースリップも関係したりしているのだから、日本も躊躇せず、どんどんやればいいと思うんだがな。

 日本の地震学会の保守性、「正しい地震発生についてのメカニズム理解に基づかない、付随現象にだけ注目した地震予測は傍流・邪道」という体質が、かなりはっきり表れた番組だったと思うのである。

学会重鎮や、政府ブレーンが出てこない、というのは、番組制作的に後退なのではないか。

 このシリーズ、過去には地震学会の会長だったり、学会の第一人者だったり、政府予知チームの委員だったりという、えらい人が登場して、わりと率直にいろいろなことを語ってくれていた。

 今回は、そういう方の出演はなし。どうしたのだろう。

 2016年9月11日に放送した『巨大危機MEGA CRISIS 脅威と闘うものたち』では、アメリカでの、予知への取り組みを紹介した事例VTRを見た後に、有働由美子アナが日本地震学会会長 山岡耕春氏に、「なぜ、こういうふうに、日本も天気予報のように、公開することはできないのか、」と迫った。

 次の、2018年9月1日に放送された「南海トラフ巨大地震 迫りくる“Xデー”に備えろ」では、東京大学地震研究所 小原一成所長 と名古屋大学減災連携研究センター 国の南海トラフ防災検討会主査 福和伸夫センター長が出演して、なんらかの予知予報が国から出された時の国民のとるべき行動を詳しく丁寧に伝えた。(小原氏は、たたずまい喋り方が尾身さん的なかんじだった。余談、個人の感想だが。)

 この二回は、「有働さんが、台本にない、本音のツッコミをしてしまい、山岡会長がタジタジとなるところが放送されてしまった」
 これに対して地震学会的にも、答えを出すぞと意気込んで、予報の出し方を国と共に進めてきて、それを国民に伝える機会として2018年の番組に、学会の権威、第一人者を送り込んだ、
 という流れだったのではないかと思う。なかなか建設的な取り組みだったと思う。地震学会としても、NHKとしても。

 それが、今回は、NHK側にも有働さんのように、理知的筋論で専門家に迫る人が不在で、そのかわり、ふんわりと情緒的感想を言う鈴木京香さん。

 専門家も、若手の個別の研究をする人はいても、学会や政府を代表して、責任をもって「予測の社会的影響と、命を守ることのバランスの中で、学会として、どういうスタンスか」を語る人がいなかった。

番組の最後が、なんとも無責任。

 番組の最後は、津波からの避難について、「防災小説」を書いて考える高知の女子中学生を紹介する。科学はまだ地震予知には無力に近いから、地震で生き残るには。「自助」、わたしたち一人一人の、日頃からの心構えが大事、みたいな話である。

 地震の予知の最新研究については「スメクタイト」という、地震巨大化に関係する物質の発見という、「予測」ではなく「地震メカニズム理解」の一歩前進を伝えて、おしまい。東北大学で震災経験した若者たちが学び始めていますよ、と紹介して「未来に続く」「学問的に、メカニズム研究をこつこつとやる」みたいな話で締めになっているのは、どうなんだ。

最近のNHKスペシャル。最後の締めのふんわり無責任具合が、ちょっとひどすぎないだろうか。 


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