『KGBの男-冷戦史上最大の二重スパイ』 ベン・マッキンタイアー (著)を読み始めたら、プラハの春と、今回のウクライナ戦争の類似と、そのためにプーチンが大きなミスを犯したのではないかと思った件。備忘録。


『KGBの男-冷戦史上最大の二重スパイ』 ベン・マッキンタイアー (著), 小林 朋則 (翻訳)、という本を読んでいる。まだ読み始めたところなので、本としての感想は読み終わったら書くけれど。今回のウクライナ戦争と関係あることがあったので、忘れないうちに書いておくための投稿です。


Amazon内容紹介

「本書は、伝説のロシア人エージェント、オレーク・ゴルジエフスキーについて、 本人インタビューやMI6関係者証言から、 その至難の諜報人生を克明に辿った英国発の世界的ベストセラーである。
1938年生まれのソ連KGBエリート将校が、共産主義の現実に幻滅し、 1974年にイギリスMI6の二重スパイとなる。 以後、その暗躍が20世紀後半の冷戦構造を決定的に変えることになる。
現在ゴルジエフスキーは、イギリスで24時間体制の警護を受けながら、名前も身分も偽った二重生活を送っており、 「彼は、私が今まで会った中で最も勇敢でありながら、 最も孤独な人間のひとりである」と本書の著者は記す。」


ここから僕の感想意見


 という本なのだが。このオーレク・ゴルジエスキーは父も母も兄もKGB職員、父も兄もスパイというかエージェントという一家なのだね。
で、兄が、プラハの春を弾圧する役割で、そのタイミングでチェコスロバキアで活動していたわけ。


プラハの春と言うのは、念のため、本書から

「1968年1月、チェコスロバキア共産党第一書記で改革派のアレクサンドル・ドプチェクが、移動の制限の緩和と言論統制を緩和して、チェコの自由化とソ連のくびきからの解放に取り組み始めた。ドゥプチェクは「人間の顔をした社会主義」を掲げ、秘密警察の権限を制限し、西側との関係改善を進め、最終的には自由選挙を実現すると約束した。」

で、当然

「モスクワ本部ではKGBが、チェコの進める改革の実験を、共産主義そのものの存亡に関わる脅威とみなし、冷戦のバランスをソ連に不利に傾ける可能性があると考えていた。ソ連軍がチェコ国境に集結し始めた。」

で、主人公の兄はいろいろ工作をするわけ。

「彼らの任務は、チェコスロバキアで暴力的な反革命が今にも勃発するとの間違った印象を与えることを目的とする一連の「挑発作戦」を開始することだった。」
「ソヴィエト当局も、共産主義政府を転覆させて帝国主義の傀儡政府を樹立しようとする「アメリカの秘密の計画」を発見したと主張した。」

で、最終的に

「1968年8月20日の夜、ソ連軍を主体とするワルシャワ条約機構の戦車2000両と兵士20万人が、チェコスロバキア国境を越えて侵攻してきた。強力なソ連軍に対抗できる望みはなく、ドゥプチェクは国民に抵抗しないよう呼びかけた。」


 僕が注目したのが、今回、初めにキエフ制圧を狙って侵攻した、ロシアの戦車の数と兵力が、この「戦車2000両と兵力20万人」と、ほぼ同規模だったことなのね。

 で、その中身について言うと、ロシアの最新戦車T14型が全く投入されていないの。弱っちいT72型がメイン。で「兵力20万」も、大半が、戦闘経験がない、本来は戦闘には投入しない、若い未経験な徴集兵だったこと。つまり「見せるための戦車と兵士」であって、キエフに向かう戦車と兵士が激しい戦闘をするということを想定していなかったのだと思う。


 何が言いたいかと言うと、プーチンや軍部のイメージには、プラハの春のときと同じように「強力なソ連軍に対抗できる望みはなく、ドゥプチェクは国民に抵抗しないよう呼びかけた。」と同じように、「強力なロシア軍に対抗できる望みはなく、ゼレンスキーは国民に抵抗しないよう呼びかけた」となることを想定していたんじゃないかと思うのだよね。


 民主化運動には。民衆が暴動を起こして、それを「警察(機動隊)が鎮圧する」という段階と「軍隊が出動する」という段階があって、これは全く違う様相なわけ。学生や市民が、「素人なりの武装」で抵抗運動をして、それを「警察機動隊が暴力的に制圧しようとする」という闘争と言うのは、けっこう、市民学生側が勝つことがある。しかし、軍隊が出てくると、それはもうあっという間に制圧される。そうなったら市民学生は抵抗をやめる。軍隊が出てきそうになると、そこで運動は終結する。


 例えば、近い所では、香港の民主化運動。あれが抑圧された一昨年に起きたのは、人民解放軍が、香港と深圳の国境地帯に集結して、これ以上続けると人民解放軍が香港に入ってくる、という状況になったところで、その「人民解放軍」圧力を背景に香港警察が弾圧を強めて、抵抗運動が鎮圧されてしまったのだよね。


 天安門事件もそうだよね

 日本では、三島由紀夫は、全共闘の新宿騒乱を見て、このままいけば、自衛隊が治安出動すると考え、そのタイミングで自衛隊を国軍化するクーデターをしようと期待していた。ところが、機動隊で抑圧できてしまった。もうクーデターも自衛隊国軍化も、起こすことはできなくなった。と絶望して、クーデターを呼び掛けて自決したわけだ。ものすごくあらっぽくまとめると。ここでも「警察で鎮圧できるか」「軍が出動するか」で、事の重大さが根本的に異なる、という基本認識があることがわかるよね。


 もう八年間も戦争を続けていたドンバス地方は戦争だけれど、キエフで平和な生活をしていた人たちは、戦車が大量に押しかけたら、抵抗しないで従うだろう、というのがプーチンの読みだったのだと思う。「戦ったら勝てるだろう」ではなくて、「プラハの春のときみたいに、戦闘にならず首都制圧できるだろう」と考えたのだと思う。


 話がちょっとズレるけれど、国土防衛をどうするかマニュアルをスイスは全国民に『民間防衛』という本にして配っているのだが、その中でも、徹底抗戦する方法と心構えを呼びかけつつ、圧倒的な戦力により占領されたときには、散発的で勝手な抵抗は占領軍の暴力を誘発するので、市民はできるだけ接触せず、組織化された専門家による粘り強い抵抗を支援せよ、という方法を細かく指示している。


 ミャンマーの軍部クーデターと、それへの市民・学生の抵抗と言うのも、この『民間防衛』通りに進んでいるよなあ。同じようなプロセス「警察レベルの弾圧にはデモなどで積極的に抵抗するが、弾圧がエスカレートして本格的な軍が弾圧に来た時には、ひとまずおとなしくするふりをして、より組織化された抵抗を企てる」という過程をたどっている。


 というわけで、橋下徹氏が戦争の初めの頃、ウクライナ、キエフの市民に「降伏」を勧めた時に、批判する人がたくさん出たけれど、「プラハの春」のイメージが、プーチンの頭にも、橋下徹氏の頭にも、実は僕の頭にも浮かんで、そういう展開になるんではないかなあ、と思ったのだと思うのだよね。橋下氏も僕も、別に「ロシアの味方、応援する立場で」そう思ったわけでもなんでもなく、歴史的・政治的過去の知識とイメージから、「軍が出てきたら、文化度の高いキエフ市民はおとなしくいったん降伏する。キエフの街を戦場にはしないだろう」とそう考えてしまった、ということだと思う。
 ウクライナ軍の抵抗というか意識と戦闘力が予想外に強くて、全然違う展開になった、のだけれど。


 でも、この本のプラハの春からその弾圧に至るまでの流れ、かなりウクライナのオレンジ革命→マイダン革命→ドンバス戦争→今回の戦争に、似ているところがあるから、KGBの優等生エリートだったプーチンにはこのイメージがあったと思う。チェチェンとかグルジアとかは、「欧州というよりコーカサスの、どちらかというと中央アジア的な民族」では、すぐに戦争戦闘になるけれど、ウクライナ人、キエフの人は欧州人的に、チェコの、プラハの人と同じように、「警察にはデモで抵抗するけれど、軍隊、戦車には抵抗せずに降伏する」イメージだったのだと思う。プーチンはチェチェン戦争をしかけてた張本人だから、「チェチェン、グロズヌイ殲滅」のことはやった本人として誰よりも理解しているが、ウクライナの戦争がああいうことになるイメージが当初、無かったのだと思う。


 ここの「プーチンの思い違い」というのが、この戦争の展開を理解するうえで大事なのだと思う。

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