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自己紹介 〜原田篤史と申します〜

はじめましての方も、お久しぶりの方も含めて、こんにちは!!

2024年3月末に長期に渡るサラリーマン人生を終え、フリーになる事を切っ掛けに自分自身の自己紹介を見直してみました。

30年弱の勤め人人生でしたが、改めて振り返ると、こんなメチャクチャな性格なのにサラリーマンを続けてこれたのは、自分の努力ではなく、周りのサポートがあったからこそ。と感謝の気持ちでいっぱいです。

そんな感謝の意味も込めて、自分自身の振り返りを行います。

何してきた人なんですか?

20年以上、水処理プラント(主に工場排水処理プラント)の計画・設計を行ってきました。あらゆる工場排水を見てきた自負が有り、「工場を有している製造業は全て御客様」と思ってます。

また、社内の異動により、海外赴任、新規事業開発、組織風土改革、情報システム、組織開発など色々やってきました。キャリアがとっちらかってますが、強引に纏めると、「中小中堅企業のバックオフィス業務全般に知識と経験がある」という感じです。

そしてプライベートでは様々なイベントやコミュニティに参加して、いつも最前列を陣取り、「自称プロ・オーディエンス」として、登壇者が気持ちよく話せるように、大きなアクションで反応したり、質疑応答で第一に手を上げたりしてます。

また、自分自身でもいくつかのコミュニティ運営をお手伝いしており、参加者が円滑に楽しめるような場作りをしています。
でも、コミュニティマネージャー的な主体的に空気を作るという感じではなく、一参加者として染まるでもなく、どちらかというと上手く場の空気を調整する役目「コミュニティ調律師」的な動きをしています。

どんな特性を持っている人なんですか?

ストレングスファインダーの結果を見ると、こんな感じです。

EQPIの診断結果と川原あずささんの解析結果はコチラです。(Voicyに出させて頂いた記念です。)

あと、エン・ジャパンさんの提供する適性検査によると、極端なセルフスタータータイプの人間です。


総じて、未来に向かって新しい事をするのは得意ですが、細かいことが非常に苦手です。

あとは新しいことに夢中になってしまい、人の気持ちを慮るという事が難しいです。とはいえ戦略性も高いので、頭脳型猪突猛進タイプという感じですね。

今、私に出来ること

自分自身が他の人に提供できることなんて限られると思うけど、こんな人生なんで、他の人よりも経験していることが多いです。
私が皆さんにGIVEできそうな項目を上げておきます。なんかあったら頼ってください。(お仕事もくださいw)

  • 水についての講演(ただし健康に良い、とか、美容に良いは除く)

  • 水処理プラントのアドバイス(新規も運用も、なんでも)

  • 中小中堅企業のIT企画アドバイザー

  • 経営者の壁打ち相手

  • 組織変革、風土変革の伴走者

  • イベントのモデレーター

  • イベントの盛り上げ役

  • 人と人をマッチングさせるビジネスお見合いおばちゃん業務

  • 水や組織に関するコラム執筆

  • 他、色々ご相談ください

既にこんなお仕事や活動してます。

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~ココからは自分語りです。興味ある方はお付き合いを~
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自由な10代 〜貧乏でも楽しんだもの勝ち〜

1973年(昭和48年)生まれです。気がついたら結構なオッサンです。でも、せっかくなので、幼少期からの振り返り。。。

ごくごく普通の家庭の生まれ、、、と、言いたいところですが、あまり平均的では無いかもしれませんネ。父親はタバコで高校中退しちゃうようなヤンチャな男だったようです。母親は逆に生徒会に入っちゃうような真面目系。。。そんな真反対の両親から生まれた三人兄弟の長男です。

親がほとんど勤め人をやったことがなく、新聞販売店の店主、地方への出稼ぎ、家電修理(個人事業主)、空調工事業、、、など会社を色々興しては潰していき、それに合わせて引っ越しする、、、といった転勤族とは異なる引っ越しばかりの幼少時代でした。(まあまあの貧乏家庭ですが、そのストーリーは個別にお話を。。。)

そんな家庭環境でしたが、私自身はグレることなく、結構真面目な人生を歩んできました。ちょっと他人と違う事と言ったら、「いたずら」が大好き!って事くらい。教室の表札を入れ替えたり、男子便所と女子便所の標識をこっそり入れ替えたりと。。。クダらないイタズラに精を出していました。

学業は自信がないどころか、中の下もしくは下の上くらい。高校までは普通に公立校、大学進学率が高い学校ではありませんでしたが、なんとかギリギリいわゆるFラン大学合格。ってな具合でした。ただ、大学で「学びの楽しさ」に気が付き、そこからは「学ぶこと」への欲求が上がってきたと思います。

勤勉な20代 〜24時間戦えますか?〜

大学を卒業して、新卒一括採用だったのは1996年(平成8年)、まさに就職氷河期元年。当時はエントリーシートなどと言うものはなく、かなりの数の履歴書と資料請求はがきを書きましたね。。。(今考えたら、なんて無駄で生産性のない作業だったのだろうか。。。)

なんとか入社できたのは、鹿島建設の水処理専門のグループ会社、学生時代は植物生理学を学んでいましたが、そんな専門性を活かせるわけもなく、配属されたのは工事部でした。(今にして思えば、この経験が色々と役に立ってはいますが、当時は嫌だった〜。)

まだバブル時代の「気合と根性」の精神が残っていた時代、仕事の仕方もアホみたいなやり方でした。結構会社に泊まり込んで作業をしていましたが、内容としては、客先に提出する完成図面をキレイにファイリングすること。なんともアナログな仕事でしたね。

ただ、人一倍負けん気だけは強かったんで、工事部で仕事をしながら、他部署のお手伝いを買って出て、色々と経験だけは積みました。そしたら、次々と兼務の肩書が、、、工事、分析、試運転、システム開発、営業、アフターフォロー、土壌汚染調査etc... まあ、根性だけで業務範囲を広げていきましたね。(飽きっぽいだけかも、、、笑)

怒涛の30代 〜結婚と転職と心強さと〜

そんな無茶苦茶な仕事の仕方をしてましたが、今の人に決して誇れるような業務スタイルではないですね。反省です。

会社に対して無理して滅私奉公したとしても、その会社の方は、未来永劫存在するモノでは無いんですよね〜。最初に入った会社も、なんだか経営状態が傾き始めてました。

鹿島建設のグループ会社と言っても社員数は100名以下、社内の良からぬ噂はすぐに広がりますし、会社の経営状態なんて資料を漁れば見えてきます。「あ、この会社やばいかな?」と思い始めた時期に、奥さんと知り合い、結婚することになるのですが、そのおかげか「沈みゆく泥舟に乗っていてはヤバい!」と気がつくことになり、早々に転職しました。(そして、いまはその会社は鹿島建設グループの他の会社に吸収されています。)

最初に転職したのはクボタの関連会社、こちらも水処理の専門会社でしたが、メインは官需。新しい技術よりも、決められたルールに則り、いかに効率的に業務をこなしていくか?という社風だったために、転職後1年半でまたしても転職を決めちゃいました。(仕事も楽だが、給料も安かったのもあって、、、)

このときに「会社の経営」と「会社のビジョン」に対して興味を持ち始めたのかも知れません。

さて、2回目の転職で入社したのが、現在のオルガノ株式会社。知る人は知っているけど、知らない人は知らない(当たり前!)的な隠れたニッチ企業だったりします。

ここでは、自分自身の核となっている「水処理エンジニア」の経験が多く積むことができましたし、難関試験の技術士(衛生工学部門)に合格することができました。まさに、核を作り出した30代でした。

不惑の40代 〜あ、自分のままでいいんだ!〜

40代のスタートは、海外赴任からでした。しかもベトナム長期出張中からの横スライドでのタイランドへの赴任!

あ、ちなみにTOEICの点数は350点でした。(帰ってきて受けても400点www)それでもコミュニケーションって取れるんですよね〜。不思議なもので、Barで一緒に飲んでいると、国籍や言語なんて関係なく仲良くなれちゃうんです。頭で考えずに心で考える、こっちのほうが異文化を理解しやすい、と体感しました。

4年半の駐在生活が終わって、日本に帰ってきたら、今までの水処理エンジニアとは全く異なる「新規事業担当」しかも、その担当も1年で外されて、次は社内の風土改革を含めた「業務プロセス改革担当」、その業務も途中でコロナ禍に入り、気がついたら「情報システム部門長」。。。

ほんと怒涛のような部署異動でしたが、時代の流れにそって色んな業務ができたと思います。(自画自賛)
こんな怒涛の40代ですが、色々経験した中でわかったことは、、、

他人の評価なんかより、自分自身が何をしているか?の方が自分にとっての幸せバロメーターと相関がある」です。

このnoteを見ている人は既に知っている人が多いでしょうけど、私は海外赴任から帰ってきてから、会社以外にも色々なコミュニティに参加し、会社と自宅以外の居場所、様々な「サードプレイス」を見つけることができました。

色んなコミュニティに参加して感じたのは、みんな自分の価値観で動いているんだな〜という事。会社の中だけでは狭い世界であることを肌で知ることができました。まさに「井の中の蛙大海を知らず」ですね。社外の人と知り合うことで、客観的に会社を見直すことができたような気がします。

さぁ50代スタート 〜天命は見つけたか?〜

50歳になって、2024年3月31日。なんと長い長いサラリーマン人生を終えて、いよいよ次のステージに旅立ちます!

とはいえ、今のところ定職が決まっているわけではなく、いくつかの組織のお手伝いをしながら次のステージは「何が人類に貢献できるのか?」の軸で考えていきたいなぁ〜と思います。

不思議なもので、50歳になってから「自分がどうなりたい」よりも「人類を幸せにしたい」という考え方に変わってきますね。

そして、これからの野望

これからやってみたいこと、どんどん増えると思うけど、取り急ぎ列記してみます。

自分のリフォーム感想をnoteに書く(0LDKに家族4人で住んでみた)
・物欲だけで買っちゃったガジェット達の利用レポート
・本当の意味でのDXをサポートする。
起業をする。もしくは小さな会社を買ってみる
・一日一回、誰かを笑顔にする。

最後に

最後までお読みくださり、ありがとうございます。こちらの自己紹介は不定期で更新します。内容変わっていても怒らないでね♪


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